二章 学園闘争曲(5)
冬峰は雑木林沿いに歩みを進めながら放課後の過ごし方について相談をする二人の会話に耳を傾けていたが、ふと志保理が会話を唐突に止めて雑木林の奥へ顔を向けたのにつられ、彼も同じ方向へ視線を送った。
「どうした?」
根神も同じ方向を眺めて志保理に訊ねる。
志保理の表情はこの少女には珍しく何かを堪えるような思いつめた相を浮かべていた。
「雑木林の奥に人がいた」
「人? そりゃいるだろ。散歩する奴もいるだろうし」
志保理は根神を睨みつけ、区切るように「違う」と反論した。
「散歩を楽しんでいる感じじゃなかった。何か目的があるみたいに雑木林に入って行った」
冬峰と根神は顔を見合わせ、どうしようかと呟いた。
この雑木林は新聞部副部長で志保理の友人であった新藤恵美の凍死体が発見された場所なのだ。
「行こう、ハジメ、フユ。ひょっとしたら犯人かも知れないし、そうでなくても事件について何か知っているかもしれないよ」
二人の手首を掴み強引に雑木林の方へ引っ張る志保理にはいつもの快活さは見られず、それどころか泣き出す寸前のように唇をきつく結び、雑木林の奥を見つめている。
「フユだって中学校で顔を合わせたことがあるよね。恵美がいなくなって悔しくないの」
冬峰は志保理を黙って見返した。彼女にとって新藤恵美は友達だったが、自分にとってはただの顔見知りに過ぎない。
しかし冬峰は一連の誘拐事件とは、もう無関係とは言えない事情がある。千秋を誘拐事件の犯人と思しき組織から守り通さなければならないのだ。
もし志保理の見かけた人影が昨晩に千秋を襲った【K】の一員、もしくは関係者だった場合、この幼馴染二人組がこの件に係わることになる。それだけは避けたいのだが。
「分かった。行こう」
根神は諦めたように溜息をついた。こうなるとこの頑固な少女はてこでも動かないことを、幼馴染の少年はよく知っていた。
「ただし、危ないと分かったら直ぐ警察に電話して逃げるからな。冬峰もそれで良いか?」
「反対しても行くんだろ」
冬峰は仕方ないと肩を竦めた。
内心は本当に昨夜の連中が居た場合どうやって彼等二人を逃がすかだが、肩に掛けたボストンバッグの中には昨夜に本家で頼んだ道具が入っており不可能ではない。が、それを使って、後々この二人にどう説明するかが問題であった。
「行こうか」
志保理を守るように根神が先頭を、冬峰が志保理を挿んで最後尾を歩く。
雑木林の奥に続く道は一本道で凹凸も大きく歩き辛い。油断をすると地表に浮き出た木の根に足を取られ転倒しそうになる。さらにあまり手入れをされていない鬱蒼と生い茂った木々の為に視界が利かず、誰かが身を潜めていても気付きにくいだろう。
何かあった場合、逃げにくく待ち伏せされやすい地形であり、こちらがかなり不利だ。
「声が……」
志保理のつぶやきに根神が振り向いた。確かに風に乗って会話が聞こえてきた。一方は興奮しているらしく、どんどん大きくなっている。
「急ぐよ」
志保理は焦れたのか根神を追い抜き走り始めた。
「おい、待てよ」
根神は志保理の手首を捕まえ引き止めようとするが、一瞬遅く指先をすり抜ける。
間に合わない。
志保理がどれだけ急ごうが、墜ちて来る新藤恵美を受け止めることは出来ない。新藤恵美の物語はもう既に終っているのだから。
一瞬、何らかの影が光を遮り、志保理と根神の視界を薄暗くした。
「やばい!」
急に雑木林が開け、円形の広場になった入口で志保理と根神は隠れることも出来ず、広場の中央に居た男に注目された。暫く視線を交差させ沈黙する。
「……ここは危険ですよ」
そう切り出した男は背の高い茶色の髪に草臥れた茶色の背広を纏っており、やや日に焼けて浅黒いが日本人より薄い肌の色彩は、その男が別の国の人種であることを物語っていた。
「その制服はここら辺の学生だね。学校はどうしたのかな」
「私達はこの場所で亡くなった生徒の友人で、今日は彼女にお供えを持ってきたんです。あの、あなたも彼女のお知り合いですか」
志保理は半分本当のことを話し、男の反応を探った。
根神は志保理を庇う様に、男と志保理の間に長身を割り込ませる。男はそんな二人の警戒する様子に、安心させようとするようにどこか惚けたような笑みを浮かべた。
「僕の名前はアンドリュー・フェランで、フリーのジャーナリストをしています。この街には偶然観光で立ち寄りました」
「本当かよ。なら何でここが危険だと分かる」
「それは……日本でもよく言うじゃないですか。二人あるときは三人目もあるって」
「二度あることは三度あるでしょう、それ」
惚けたのか、それとも本気なのか、ピントのずれた答えを返したフェランに根神は突っ込んだ。
「まあ、僕もスクープが欲しいんでね。連続誘拐犯に関する情報を聴きたくて事件現場を回っているわけですよ」
ぬけぬけと言い放つ自称ジャーナリストへ、少女は怒りのこもった視線を浴びせた。
「人の不幸は生活の糧ですか。確かにジャーナリストですね」
フェランは志保理を顔を向けるが、その表情に先程までの惚けたような笑みは浮かんでいなかった。
「いいかい、君達にもここは危険だから二度と来ない方がいい。君の友達と同じ様な目に遭いたくなければね」
志保理はフェランの眼光の鋭さに気圧されながらも、反論しようと口を開こうとした。
「アンタは何を知っている。中途半端な脅しは余計な反発を招くぞ」
志保理に助け舟を出した根神はフェランを睨みつけたが、フェランは少しも怯まず言葉を続ける。
「人の手に負えないこともあるのさ。君達が係らなければ、少なくとも二人は助かるんだ。解らないことを解らないままにしておくのも上手く生きていく術だよ」
「二人って何よ。一人は助からないってこと?」
「君と彼だろう。他に誰がいる?」
「誰って……」
振り向いた志保理は根神の背後にいるべき幼馴染が、いつの間にか姿を消していることに気が付いた。
「ハジメ、フユはどこに行ったの?」
「えっ?」
どうやら根神も気が付かなかったらしく、背後を向いて硬直する二人を前にフェランは険しい顔つきのままつぶやいた。
「まさか、さらわれたのか。やはり【K】だけではないらしいな」
怒りに握り拳を振るわせる女子高生へ、フェランはこれで分かっただろうと、幾分か口調を和らげ言葉を続ける。
「ひょっとすると、君の友人は遠くに行ってしまったかも知れないな。だから、二度とここには来ないように。いいね」
そういい残し雑木林の林道へ足を進めるフェランだが、その気の毒なことになったかもしれない友人が、昨晩彼の首筋にボールペンを押し付けた少年だとは、さすがに気が付いていなかった。
「ハジメ、【K】って何」
「さあ。追いかけて訊いてみるか。話すとは思えないがな」
「私もそう思う。追っても無駄」
鈍い音が響き、志保理の蹴りを食らった木の幹が僅かに揺れる。
「あの昼行灯、きっと途中で面倒臭くなって引き返したに決まってる。学校に着いたらとっちめてやるから」
半ば八つ当たり気味に喚く志保理の背に、やれやれと肩をすくめて根神は後に続いた。学校に着いてからの一騒動を治めるには小夜子嬢の協力が必要になるだろう。




