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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
二章 学園闘争曲
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二章 学園闘争曲(3)

 あらかた三人の食事が終わり、冬峰(ふゆみね)が空になった食器を片付け始めた頃、廊下から何かを引き摺る様な音が響き、襖が少しずつ開かれていった。

 そこから細い女の手が居間に入り込み、ずずっと無理矢理身体を隙間に割り込ませる。

 それは髪の長い女であった。腰まで掛かる長い髪の毛は顔の前面を覆い隠し、畳を這い(つくば)って進む様子に冬峰はあるホラー映画を思い出す。

春奈(はるな)お姉ちゃん、怖い」

 夏憐(かれん)が冬峰の背中に隠れて、怯えた様に呟いた。

「……眠い……」

 力尽きたのか、上半身だけ居間に入り込んだ状態で動きを止めた長女の両脇に手を差し込み冬峰はテーブルの前まで運んだが、彼女はテーブルに突っ伏してぴくりとも動かない。

「やれやれ」

 冬峰は彼女を眠りの底から引っ張り上げる為、台所から手動式のミルと珈琲豆を取ってきて春奈の前で挽き始めた。深炒り豆がつぶされる香ばしい匂いが彼女に届いたのか、むくりと顔を上げる。

「ブラックでお願い~」

「はいはい」

 フレンチプレスまたはコーヒープレスと呼ばれる器具の中に挽いた豆を入れお湯を注ぐ。

 しばらく経って珈琲カップに注がれる珈琲を彼女はじっと見つめていたが、注ぎ終わると目を閉じ嬉しそうに微笑んだ。

「幸せの匂いですね」

 冬峰はその顔から目を逸らし、珈琲カップを春奈の手に押し付けた。

「そうかな」

「そうですよ~」

 一口飲んだ後、ふわっとした笑顔を浮かべて「優しい味ですね」と呟く。


 冬峰の淹れる珈琲はアルバイト先の【ラ・ベルラ】から豆を買っており、マスターの焙煎するケニア産のフレンチローストに煎られた豆は、【大異変】後に手に入り難くなったブラジル産に似たまろやかな味がする。

 珈琲を飲んで一息ついたのか春奈は朝食に取り掛かり始めた。玄米ご飯や玉子焼きを口にする度、ウンウンと頷いている仕草を冬峰は満足そうに見つめた。


 春奈は両親を亡くしてから御門家の当主を勤めており、成人後は御門本家の顔としてこの街に伝わる神事を取り仕切ると共に、分家の運営する旅行会社や地場産業の経営状態にも気を配らなくてはならない。

 現在二十歳である彼女は【御門の姫様】と呼ばれており、腰までかかる黒髪と年齢よりもやや大人びた目鼻立ちの整った左右対称のうりざね顔をしている。

 平日は学業、休日は御門家当主の勤めについて後継人である冴夏に学ぶ忙しい毎日を送っているはずだが、当の本人はおっとりとした雰囲気を崩さず、細い少し目じりの垂れた目といつも微笑んでいる口元から【和み光線発生装置】との異名をとっているが、御門本家の三女からは「のんびり過ぎて背中にゼンマイをつけたくなる」と辛らつな意見が出されている。


「春奈さん、冴夏(さえか)叔母さんからお願いがあって、最近物騒なんで千秋(ちあき)を下宿させてほしいって」

 今年大学三年生となった春奈は通学に一時間半掛けて大学に通っており、アルバイトをしている冬峰とは、日によっては朝食時のみ顔を合わせるだけの場合もある為、連絡事項については朝食を取りながら話すことが多い。

「物騒って、連続愉快犯?」

「一人暮らしだと、やっぱり心配なんだろうね。通学も一緒にお願いしますって……聴いてます?」

 春奈はテーブルに突っ伏して「えぐっつ、えぐっつ、従弟(いとこ)が冷たいよう」と泣き真似をしている。どうやら誘拐犯と愉快犯の引っ掛けを、冬峰がさりげなく無視したのが悲しかったらしい。

 連続愉快犯って何なんだろと心の中で呟きながら冬峰は話を続けた。

「アルバイトもしばらく休むことになるだろうからね。ひと段落つくまで千秋にはうちで息抜きをしてもらうよ」

「そうですね。千秋ちゃんは一人暮らしでいろいろ大変でしょうから、せめてここではゆっくりとくつろいでほしいですね」

 立ち直ったのか春奈は空になった朝食の器を、二人の妹と片付け始めた。

 冬峰が朝食を用意するようになってから後片付けは三姉妹が行うようになっており、その間冬峰は弁当用のサンドイッチを用意している。

「じゃあフユお兄ちゃんも早く帰ってこれるの」

 食器を背伸びしながら食器棚に収めた夏憐はおずおずと冬峰に尋ねた。

「と思うよ。そろそろ部活禁止令だのアルバイト禁止令だの学校側が騒ぎそうでね」

 冬峰としては出来れば久し振りに街中を散策したいところだが、千秋の警護を仰せつかっている以上そうもいかない。

「夏憐ちゃんには悪いけど、少しの間、暇にしている高校生の相手をお願いできるかな。もちろん手が空いていたらだけど」

「大丈夫だよ。うん」

 冬峰のお願いに、夏憐は両手の掌を胸前で握り締め、勢いよく頷いた。

 そんな夏憐の様子に春奈はそっと夏憐の髪の上に手を置いて優しく撫でた。

「夏憐は偉いね。私も早く帰りたいな」

 春奈に褒められた為か、夏憐の顔が見る見る赤くなる。

 夏憐はどうやら中身はともかく外見の綺麗な姉を尊敬しているようであり、髪を伸ばしているのも春奈に対する憧れかもしれない。

 そんな二人を見て紅葉(くれは)は冬峰の腰を肘で突付き、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あたしもフユの相手ならしてあげるけど」

「プロレス技禁止よ、紅葉」

「えーっ」

 快活な三女は冬峰が本家でのんびりと昼寝をしていると、大抵プロレス技、特に関節技を掛けてくる。おそらくこの快活な少年のような三女は他の姉妹が大人しいので暇をもてあますことが多く、どうしても冬峰を遊び相手に選ぶことが多い。

 特に格闘技には多少関心があるようでよく居間のテレビでプロレスの中継を見た後は、冬峰に技の相手をせがんで来る。

 春奈にしてみればもう少し女の子としての自覚を持ってほしいのだが、冬峰は別に今だけだろうと気にもしていない。

 おそらく二年もすれば頼んだって相手してくれなくなるに違いない。

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