一章 侵略神(14)
「それは大変だったね」
全然大変そうに聞こえないのんびりとした口調で冬峰は感想を述べた。
「彼等【K】は世界中に存在しており、彼らの祈りにより【大いなるK】は縛めから解き放たれ復活するとされています。ある意味私達、御門家に最も近い者達かもしれません」
冴夏は目を閉じ左右の組み合わせた手指を苛ただしく動かした。
「【大いなるK】が何かかは解りませんが、御門の悲願を達成する為にも本家、特に春奈は守り通さねばなりません。本家には朱羅木と青桐を警護に就けます。千秋」
千秋は母親に呼ばれて顔を上げた。メタルフレームの眼鏡の奥の目は、何故か憎しみを込めた光を放っているようであった。
「貴女は明日から本家で下宿すること。いいわね」
母親の命令に千秋は顔色を蒼くした後、立ち上がり母親に詰め寄る。
「どうして勝手に決めるのよ。本家になんか行かないわよ!」
本家なんかって、俺、居候しているんですけど。と冬峰はそう思ったが口には出さなかった。
「貴女も狙われている以上、警護の者を就けなければならないのは分かるでしょう。それなら最も警備の厳重な本家にひと纏めにしておいたほうが効率的なのよ」
冴夏は冷たく娘を突き放すように答えた。暫く娘と母親との睨み合いが続いたが、千秋は納得いかなそうに下唇を噛むと足音荒く応接間から出て行った。
暫く千秋の背を見送った後、冴夏は短く溜息を吐く。どうして分からないのかしら、と冴夏が呟くのを冬峰は聞き逃さなかった。
常に冷静であることをモットーにしている様な伯母でも、自分の娘だけは勝手が違うようだ。
「冬峰」
冴夏の呼び掛けに冬峰は視線で応じた。両足を前に投げ出し上体を深々とソファアに埋めた姿は、何となく面倒臭そうだ。
「あなたには学校内での千秋の警護を命じます。流石に朱羅木に学生服を着せるわけにもいかないでしょう」
冬峰は警護人の一人である朱羅木の学生服姿を思い浮かべ、確かに似合わないと呟く。普通三十過ぎの男がするべき服装ではないだろう。
「必要なものはこちらで揃えるわ。多少の破壊活動も認めます。あなたは千秋が彼等【K】の手中に入ることが無い様、あの子を守ること」
冴夏のその言葉は御門家当主を補佐する物としてか、それとも娘を案じる母親としての言葉か、冴夏の冷然とした表情からは何の感情も伺えなかった。
冬峰も別に気にした風も無く、眠そうに半眼となっている。どうでも良いのかも知れない。
「うーん、学校内で警護となるとあまり派手なことは出来ないよね。まあ、竿は取り回しやすい二尺程度がほしいね。短物はこっちで用意出来るとして、千秋用に花が一つと種が二百個あったらいいね」
「分かったわ。明日の朝、時春に届けさせます」
冬峰の注文を机の上に置かれたメモ用紙に書き取り、時春に手渡した。時春はその文面に目を通した後、ううむと眉間にしわを寄せ気難しそうに唸る。
「竿はともかく、花と種ともなると明日の朝までは、一寸難しいかもしれませんな」
「必要ないかもしれないけど、念の為」
会話の内容からすると、園芸でも共通の趣味とするのであろうか。
「じゃ、失礼します」
冬峰は立ち上がり背を伸ばした。ポキポキと背骨の音がして何となく爺むさい。
送ろうとする時春の申し出を断り徒歩で裏庭へ出た冬峰は、一つだけ置かれたベンチに眼をやり苦笑した。
「居るかと思ったが、そう都合良くはないか」
溜息をついてからベンチに背を向けて歩き出す。
「言われなくとも護らせて貰うさ。出来ればもう少し時間が欲しかったが仕方ないな」
その面持ちは何時もの茫洋とした雰囲気は無く、どこか愁いを秘めた年相応の少年のものであった。




