一章 侵略神(13)
数分後、天門町の住宅地より外れた坂の上に一際大きな洋館が姿を現した。白い鳥が翼を広げた様にも見える。
車が正門の前に到達すると、高さ三メートル幅一〇メートル程の門は中央から左右に分かれ、門柱の陰から時春と同じく黒の三つ揃いを着こなした三十歳頃の男女が車を挟み込む様に歩み寄ってきた。
「時春様。冴夏様が応接間まで冬峰と千秋様を案内するようにと」
「うむ、朱羅木と青桐は屋敷の周辺を見回って、何者かに見張られていないか調べておくように」
一礼する二人組をおいて、スバル360は敷地内に入り込んだ。車の左右を流れる花壇には整然と花が植えられており、日頃の手入れの良さを物語っていた。
三分程走った後、時春は表面に無数の文字が彫刻されたドアの前に車を停めた。
「私は車を置いてきますので、お二人は先に応接間へとお進み下さい」
時春がスバル360のドアを開け、二人を屋内へ促した。
千秋は暫く黙って玄関を見つめていたが、車から降りると躊躇なく玄関を抜け、屋内へあがり込んだ。
それもそうだろう。彼女は二年前はここに住んでいたのだ。
冬峰も軽く一礼すると屋内へ足を踏み入れた。
大人が三人ぐらい並んで歩ける幅の廊下の壁には、ピエロの格好をしたややデフォルメされた女性が物憂げな微笑を浮かべている絵が飾られていた。
千秋は廊下に入った一番手前のドアを二、三度ノックして返事を待ったが、何も返事が無かったのでドアを開け勝手に部屋に入っていった。
部屋は十二畳ほどの広さの洋間であり、緑色の絨毯にこげ茶色の木製のテーブルが草原の中のお茶会場所という落ち着いた雰囲気をかもし出していた。置かれている家具や小物も地味なものが多いことから、この家の主人の性格を物語っている。
千秋はテーブルと同色のソファアの中央に腰掛けた。
それはレンガ色の一人がけ様のソファアの正面に置かれており、冬峰にはそこがこの部屋での彼女の定位置だと、何となくそう思った。
「家出娘の帰還か」
千秋は呟くと、唇の端を歪め自嘲するように笑みを浮かべる。
「危なくなると助けを求めるって、まるで一人じゃ何も出来ないヒヨッコですって言ってるみたい。」
「仕方ないよ。実際僕等は何も出来ない学生なんだし」
冬峰は慰めているのか、けなしているのかどちらとも取れない眠そうな口調で言った。
何も出来ないと口では言っていたが、彼が千秋を助けたことは事実だ。
「分かっているわよ、そんな事」
千秋は前を向いたまま答えた。
彼女としては、これから実の母親と会う。その事が面白くないのであろう。家出に近い形で一人暮らしを始めた手前、久し振りに会う母親に対してどんな態度を取れば好いのか解らず、戸惑っているいるのかも知れない。
ふと冬峰がドアへ視線を向けるのと、ドアから短く二度ノック音が響くタイミングはほぼ同時であった。
ガチャリと意外に重い音を立ててドアノブが回転し、ドアを開けてベージュのスーツを着た一見やり手の女社長、ひっつめ髪で細い眼鏡を掛けた女性が二人の前に現れた。
どことなくキビキビした所作と切れ長の目が千秋と似ている事から、彼女が千秋の母親でこの洋館の主人である御門冴夏であることは間違い無いであろう。
「久し振りね、冬峰、千秋」
千秋の正面に置かれたレンガ色のソファアに腰掛けて二人に微笑んだが、千秋は目をあわそうとはせず横を向いたままであった。
「まず、何があったのか説明してくれないかしら。時春は連続誘拐犯に襲われたと報告してきたのだけど」
冴夏の問い掛けに冬峰は眠そうにしながらも、これまでの経緯を学校の校門前での出来事からフェランとの邂逅まで、つつみ隠さず報告した。冴夏も途中、仮面の大男に関しては眉をひそめ何か言いたげにしていたが、それ以外は目を閉じてじっと耳を傾けている。
「なるほどね、彼らは【門】を開く事が目的と、そう言ったのね、千秋」
「ええ、間違い無く【門】を開くって、そう言っていたわ」
千秋の言葉に、冴夏は形の良い眉を顰めた。
「【門】を開くことが目的だとすると、御門本家も狙われている可能性が高いわね」
「春奈さんに訊いたが、別に変わったことは無いと言っていた。単に気付いていないだけかも知れないが」
「そうね、春奈は私達よりおっとりしているから」
冴夏は冬峰の意見に頷いて携帯電話を取り出し、一言二言話した後、安心したように息を吐いた。
「本家の警護についている者に連絡を取ったけど、怪しい者は見当たらなかったそうよ」
「すると大切にされている本家の者より、私の様な分家が狙い易かったということね」
千秋がいかにも迷惑そうに呟いた。
半ば投げやりな口調に、冬峰は何故かいたいげな表情を浮かべた。冴夏も娘を叱り付ける様な厳しい顔つきになり口を開いたが、偶然響いたノックの音にタイミングをずらされる。
「何です」
「失礼します。お茶をお持ちしました」
落ち着いた声音で時春がティーカップとポットを載せたトレイを片手に入室してきた。手馴れた様子でテーブルに置かれたカップに紅茶を注ぐ。
「国産の出雲地方で取れました紅茶で御座います。無農薬栽培された高品質の葉で、渋みも少なく飲みやすいのが特徴です」
部屋に紅茶独特の華やいだ香りが立ち込める。心なしか先程までの重い雰囲気も幾分か和らいだようだ。
「しかし冴夏様、【門】を開く巫女の存在は口伝でのみ一族の者に伝えられます。更に分家で資格を持つ者の存在を知る者となると、ほんの一握りとなるでしょう」
どうやら室内の会話が耳に入ったらしく、時春は一礼して意見を述べた。
応接間のドアは厚さ30ミリあり、室内の会話は殆ど聞こえないはずだが、この初老の執事も只者ではないらしい。
「そうね、身内を疑う事になるでしょう。それに関しては私の方で手を打ちます。問題は彼等【K】の目的は何か。【門】を開いて何を行うか」
冴夏は一息ついた後、時春の淹れた紅茶で唇を湿らせた。
「私も彼等【K】について耳にしたことがあります。日本でも夜刀浦という古い漁村で活動していた事実があり、彼等は九頭竜とよばれる神を信仰していたわ。その事件の後始末には陰陽寮、宮内庁、防衛庁が出動しました」




