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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
一章 侵略神
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一章 侵略神(12)

 冬峰(ふゆみね)千秋(ちあき)は小さくなっていく軽用乗車(ダイハツ・ミラ)のテールランプを暫く眺めた後、街までの足が無い為、冬峰の携帯電話で千秋の自宅に車の手配を頼んだ。

 千秋は渋ったが信用出来る人間かどうかもか分からないアンドルー・フェランに千秋の下宿先まで送ってもらう事など出来ず、タクシーなど二人の経済的事情から論外であろう。

 次に冬峰は自分の居候させてもらっている御門家本家へ電話を掛ける。

 暫く呼び出し音を響かせた後「は…」と誰かが応答したが、次の瞬間ガタガタと衝撃音と共に「あっあっあー」と声が響いた。

「……」

 冬峰は暫く携帯電話を耳に当て相手の出方を待っていたが、約一分程してからようやくゆったりとした女性の声で「もしもし」と応答があった。

「もしもし、もしもし聞こえていますか、聞こえていますよね。もしもし大丈夫ですか?」

 大丈夫ですかというのは、もしかして自分に向けられているのではないだろうか。

 もしそうなら彼女は電話の受話器が地面に落ちると通話者もダメージを受ける、そう思っているのだろうか。

 それとも受話器そのものに訊ねているのだろうか。

 冬峰はぼんやりと益体も無いことを考えてしまい返事するタイミングを逃してしまった。

「あのー、すみません。私の声、聞こえていますか。聞こえていたら右手を上げてください」

「聞こえているよ、春奈(はるな)さん」

 冬峰は彼女を落ち着かせるべく声を挿んだ。どうやって右手を上げたことを確認するのだろうか。

「あー、よかった。冬峰さんでしたかー。大丈夫ですか?」

「オレは大丈夫です。大丈夫かどうかは受話器です」

「は、はい、そうですね。すみません」

 幾分か気落ちした様に声がトーンダウンする。受話器の向こうで彼女は、しゅん、とうなだれているに違いない。

 冬峰は、大丈夫ですかの意味は彼女の身にも連続誘拐犯のアプローチがあり、それで心配しているのではないか。ふとそんな気がした。

「春奈さん。今日大学の帰りに何かあった?」

 冬峰は声を低くして訊ねる。千秋が誘拐の対象となるなら、本家の彼女も対象となってもおかしくは無い。

 天門町と信州大学の通学時間は約一時間半。いくらでも襲うチャンスはある。

「はい、珍しく太郎屋の抹茶シュークリームが売り切れてなかったので、買わせて頂きました。本当はお一人様二個までだったんですが、通りがかりの親切な方に手伝ってもらいまして、すごいことに四個手に入ったんですよー。だから冬峰さんの分もありますよ」

「……はあ」

 酷くゆったりとした口調で平和な日常を語られた為、先程まで自分の体験した物事とのギャップに冬峰は溜息をついた。

 まあ、声を掛けてきた親切な人も、もしかすると【K】の者かも知れないが、多分彼女のペースに巻き込まれたのだろう。

「それで冬峰さんは何かあったのですか? 帰りが遅い様ですけど」

「いや、バイトが遅くなって千秋を送ってから帰ることにするよ。晩御飯は食べた?」

「いいえ、夏憐(かれん)はともかく、紅葉(くれは)はテーブルに突っ伏して空腹を堪えていますよ」

 クスクスと春奈の含み笑いに、彼女はどうやら居間のテーブルが見える位置に居るらしい。

 冬峰は腕時計を見た。暗闇でも反射しにくいようにマットブラックに表面が処理されたその時計の針は、午後八時四十六分。

 すまん紅葉と心の中で謝る。多分シュークリームも食後のデザートということでテーブルの真ん中にでも置かれたままなんだろう。

「悪い。もう少し時間がかかるから晩御飯は先に食べておいてくれないか」

 長女で二十歳、大学生の春奈。

 三女で小学六年生の紅葉。

 四女の小学四年生の夏憐。

 三人は両親を早くから亡くしているが、後見人の叔母の下、助け合って暮らしている。

 三年前から冬峰が下宿しており、意外と手先の器用な従弟は午後五晩飯の下拵えを終らせてから、アルバイトに出かけるようにしていた。

 最初の頃は見た目は二の次で、味もまあまあだったが、現在では休日にパスタを中心に、リゾット、サラダ等のコース料理まで作れるほど上達している。

「はい、解りました。気をつけて帰ってきて下さいね。あっ、千秋ちゃんにもよろしくって伝えて下さい。遊びに来てくれると嬉しいです」

「ああ、伝えておくよ」

 そう答えて冬峰は携帯電話を閉じた。苦笑を浮かべて「気をつけて、か」と呟く。既に気を付けてどうにかなる範疇を超えているように思われた。

「春奈さんが遊びに来いって」

 冬峰の言葉に、千秋はふうんと答えたのみで何も言わなかった。

 彼女は冬峰から目を逸らして暗い空を見上げた。どうやら春奈に対して話題にすることに抵抗があるらしく、気まずい雰囲気が二人の間に流れる。

 暫く二人が黙っていると、クラクションが二度短く鳴り響く音と共に、ライトの光が二人の姿を浮かび上がらせる。どうやら迎えが来たようだ。

「また動いていたか」

 迎えの車を見て冬峰は憮然と呟いた。

 スバル360、日本初の一般大衆向け国産自動車でてんとう虫と異名を取る白く小さな車体は、二人の前にのろくさと停車すると中から黒の三揃を着た背の高い初老の男を吐き出した。

「御久し振りです。お嬢様、冬峰様」

 慇懃に一礼する男へ冬峰は軽く手を上げ挨拶したが、千秋は目を合わそうとはせず「久しぶりね、時春(ときはる)」とだけ答えた。

 時春と呼ばれた男は、そんな態度を気にした様子も無く千秋に対してにこやかに笑いかけ、車の後部座席のドアを開けて二人を座らせる。

「いつもの車はどうしたんだ」

 確かベンツだったよなと思いながら冬峰は尋ねた。

 冬峰は少し窮屈らしく身体を前屈みに倒し、尻の下に掌を置いている。千秋も同様の姿勢をとっているのは後部座席のスプリングがへたっておりお尻が痛いからだ。

「ただいま車検中でして、今回は奥様のコレクションしか足はありませんので、少々乗り心地が悪いのは我慢してくださると助かります」

「でも一番古いのをわざわざ持ち出さなくても」

 千秋の抗議もどこ吹く風、時春はどこか嬉しそうにハンドルを操り、後部座席の二人を車の左右に押し付けた。

「楽しそうですね。」

 冬峰は千秋にもたれ掛からぬ様に足を踏んばらせながら訊ねる。どこか非難めいて聞こえるのは気のせいではないだろう。

「はい、昔、私もこの車を手にした事がありますので、つい若い頃のハンドル捌きが思い出されます。昔は、この【出目金】に乗って千川沿いにレースを行ったものですよ」

 よっつ、はっつ、とか掛け声を掛けながら千川沿いの道を猛スピードで、といっても時速六〇キロ程度だが下っていく老人へ、冬峰は何か言っておこうかと思ったが、何となく無駄になるような気がして口をつぐんだ。

「無事に着けたらいいや」

 そう誰に聞かせるでもなく呟いて、冬峰は目を閉じ座席にもたれかかった。

 目が覚めると、そこは天国だったというオチはつきませんようにと心の中で祈りながら。

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