一章 侵略神(11)
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冬峰と千秋、二人を助けた男の運転する軽乗用車ダイハツ・ミラは学校から千川沿いの道に出た後、町外れに向けて夜道を走っている。
千秋は後部座席に腰掛けて、先程の自分の身に起こったことを思い出していた。
誘拐組織らしき男達に連れ去られかけ、男達は営利誘拐ではなく私個人が目的らしく、【門】がどうとか言葉を交わしている。
そして従弟が助けに来たが、仮面を被った怪人に追い詰められて銃を持った男に助けられ、今、その男の運転する車で逃走中だ。
千秋は隣に腰掛けた冬峰を伺った。冬峰は先程から車の窓の外を眺めているようで、身じろぎひとつしない。
「それにしても、凄かったね」
運転席の男が前を向いたまま口を開いたので、千秋は男の後頭部へ視線を転じた。少しカタコトの様な日本語だったが聞き取れない事も無かった。
目の隅で冬峰が左右に首を振っているのが目に入る。どうやら眠っていたらしい。
「ええと、君は、そのブドーとかニンジュツとか使えるのかな。暫く見物させてもらったけど君のナイフ投げはなかなか素晴しい腕だよ」
この男が武道と口にすると果物の葡萄に聞こえるなと、千秋は思った。
確かに今日の冬峰は、普段の彼とは異なる驚くべき行動を見せた。
いつもは眠そうな半眼で、やる気無さげなゆっくりと前屈みの歩き方をする従弟とは少々違っており俊敏そのものだった。
千秋は冬峰の動きを目で追えなかったのだ。
「そう言うアンタは何者だ。一般人は銃身を短く切った散弾銃なんて所持して無いぞ」
冬峰は男の問い掛けに答えず、逆に質問で返した。
散弾銃は一度に複数の弾丸を発射出来る弾薬を使用する。銃身を短く切った場合、隠し持つ為でもあるが、弾丸が散らばりやすく近距離での殺傷力が増すといわれている。
かの銃器大国米国でさえ銃身を切り詰めた散弾銃を所持することは禁止されており、日本ならば確実に刑務所行きだ。
「それに、この先には夏休みしか開いていないキャンプ場があるだけだ。そこの住人だと言うわけでもないだろう」
いつの間にか冬峰は男の首筋にボールペンの先を押し当てていた。彼がアルバイト用として何時もカッターシャツの胸ポケットに差し込んでいるものだ。
「車を停めろ。目的を話すんだな」
男はふうっと一息ついて路肩に車を寄せた。
ハンドルから手を離した後、ボールペンが刺さらないよう注意しながら肩越しに後部座席を顧みる。
「いや、別に話すのは構わないけど、とりあえず、助けた礼ぐらいは言ってくれてもいいんじゃないかな」
「ありがとう。さあ話せ」
冬峰は眠たそうな、しかし目は鋭く男を見返して言った。
男は茶色のやや癖のある髪をした三十路前半ぐらいの白人で、どこか人懐っこい笑みを浮かべ青い目で千秋と冬峰を見つめた。
両手を二人を刺激しない程度の動きで肩まで上げ、敵意の無いことを示す。
「OK、解った。何故助けたか話すよ。別に隠す気も無いからね」
男はくたびれた茶色の背広上下に青色のシャツを着た人懐っこい記者のような外観だが、どこか力強い眼差しが年齢を解らないものにしていた。
「私の名はアンドルー・フェラン。日本へは、ある危険な組織を追ってやって来た。その組織は太古の昔から存在しており、彼等は自分達の崇める神を復活させ、この宇宙に混沌と破壊をもたらすことを目的とするんだ」
そこまで一息に語り、男、フェランは後部座席の二人を見た。
冬峰も千秋も彼の突飛すぎる話に馬鹿にした様な、もしくは精神異常者を見る様な怯えた眼差しを向けられるかと思ったのだが、二人の反応は他の人々と違っていた。
冬峰は宙を仰ぎ、千秋は額に手を当ててそれぞれが「神様か……」と呟く。
冬峰は視線をフェランに戻した。その目はどこか覚悟した者特有の色を帯びていた。
フェランはバックミラーに映った冬峰の目と、同じ光を放つ人々の眼を見たことがある。
特に多かったのは邪教集団の暗殺部隊だ。
「あいつ等は何の目的で何人も攫っているんだ。その目的と千秋を攫おうとした目的は一致するのか?」
冬峰は硬い声でフェランに訊ねた。フェランはボールペンが刺さらない様に器用に首を振る。
「いや、違うね。私の知る限り多くの行方不明者は、その組織【K】と言うのだがね、彼等の信じる神である【大いなるK】と、その神様の眷属の食料もしくは欲望の対象となっていると思う。私は【K】を追っていたのだが、君達の場合、彼等が人間の手で拉致しようとした事から何か別の目的の為だろう。何の目的かは解らないが」
「人身御供を要求する神様と信仰する邪教団体か。本当に彼等はその【おっきくなるK】だっけ、そんな奴を信じてるのか。存在しないものを信じ込ませて信者を操っているだけじゃないのか」
「本当のことさ。君は信じられないだろうが一九八五年の【大異変】。この世界的規模の大災害も【おおいなるK】の眷属によるものだ。大異変の発生地、アメリカ、ロサンゼルスには私も居たのでね」
冬峰と千秋の脳裏に学校の授業にて聞いた【大異変】の説明が浮かんだ。
大異変とはアメリカのサンフランシスコからメキシコのカルフォルニア半島までが地球上から消失し、オーストラリア、ニュージーランドが水没、南半球の島々が国際連合の指示で、渡航禁止となった事件で、未だにその処置は解除されていない。
その大異変の発生地に、この一見人懐っこい新聞記者のような男がいたとは冬峰には信じられなかった。よく助かったものだと感心する。
「それで私も君達に教えてほしいんだが、君達が何故彼等の標的になっているのか、心当たりはないのかな」
「無いな」
あっさりと冬峰は返答した。
「私もありません」
千秋も同意するのを、フェランは暫くバックミラーから探るように見つめていたが、不意に表情を緩め苦笑した。
「まあ、いいか。本人が何も知らない事もよくあるからね。で、これからどうする? 【K】はまた、君達を狙ってくるぞ。信用できないかも知れないけど、私なら彼等を少しは相手出来るんだが」
冬峰はフェランの首筋からボールペンをどけ、ミラの後部座席のドアを開ける。
「ああ、まだ信用出来ない。とりあえず帰って警察にでも相談するよ。連続誘拐事件に関係があるのなら、鼻先であしらわれたりしないだろ」
千秋を視線で促して車外へ出る冬峰を、フェランは一瞬厳しい表情顔つきで何かを呟いて見送った。甘いなとでも言いたかったのかもしれない。
「解ったよ。無理強いはしないよ。その代わり、これを持っていてほしい。この石を身につけている限り、【大いなるK】の下僕達は人間と眷属以外、君達に手出し出来なくなる。」
フェランの手から直径一〇センチ程の表面に星形、五芒星が刻み込まれた丸石を冬峰と千秋は受け取った。
「じゃあ、お礼だ。警察にはアンタのことは黙っておくよ」
「ありがたい」
軽乗用車のドアが閉じられ、フェランは後手に手を振って車を発進させる。




