第5章 解放(4)
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昼食を済ませた一行は、テントが並ぶ地域を散策していた。
ゼーデとケイティの装備を整えなければならない。
ゼーデは逃亡の時丸腰だったし、ケイティはそもそも戦闘したことなどないので全くの無防備である。王城の装備もあるにはあったが、どれも冒険者向きとは言えず、鎧も重装用のものばかりだったため、ニルスで整えようということになったのだ。
そもそもゼーデの得物はいったい何なのだろうか。
そんなことを考えながら武器や防具の品ぞろえのあるテントをまわっていたが、不意にゼーデが立ち止まり、これでいい、と手に取ったものがあった。
それは、変わった形をした剣だった。私はこんな形の剣を見るのは初めてだった。
「ほう、ニホントウだな……」
ルシアスがそれを見て感嘆の声をあげる。
「切れ味は素晴らしいが、扱いがとても難しい剣だ。細身でやや反りがある刀身は敵を切断するのに長けている。東方の国で独自に発展した剣だな」
ゼーデはその剣を鞘から抜き放ってみた。青銀に光る刀身は美しいカーブを描いており、刃は片刃で、刀身には刃紋が浮いている。一目見て切れ味の素晴らしさが伝わってきた。
「これにする」
ゼーデは得物を決めたようだ。
アリアーデとケイティは触媒になりそうなものを探っていた。
触媒とは、魔素を集中させるための道具のことで、特に形は決まっているわけではない。現代においては、魔法使いと言えば「杖」を想起するが、この時代においては、魔法士自体が世の中にいない為、そのような「杖」は装備屋にはおいていないし、魔法具を扱う店も当然ない。
仕方がなくうろうろとあたりを回っているとき、あるものが目に留まった。
「主人、これは何に使う道具なの?」
アリアーデが店の主人に尋ねる。
そこは、楽器店だった。琴や太鼓、シンバル、様々な吹奏楽器などが並んでいたその棚に、片手で振れそうな短い棒を見つけたのだ。
「これは、指揮棒だよ。音楽隊の指揮者が調子をとるために振る棒さ」
アリアーデは手に取って、Uの字を書くように振ってみた。
「これ、いい! ねえケイティ、これにしましょう!」
そう言ってケイティにその棒を渡す。
受け取ったケイティも同じようにUの字を書くように振ってみる。
ス――っと空中に半弧を描くと、そのラインに合わせて魔素の線が一瞬光った。
「――!」
アリアーデとケイティは互いに顔を見合わせて、
「いま、ひかった? わよね?」
アリアーデが小声でケイティにささやく。
「……は、はい、ひかり、ましたね……」
ケイティも併せて囁く。
幸い、店の主人には見えなかったようで、いぶかしげにこちらを伺っている。
「「これ、ください!」」
二人同時に叫んでいた。
そのあと、ケイティ用に革の胸当てと編み上げブーツ、ゼーデ用に片胸当てと皮グローブなどを購入した一行は、今日の宿に入った。
出航は明朝なので、今夜はここで逗留することになる。
日が落ちても、街の喧騒は相変わらず衰えを見せなかったが、さすがに夜も更けてくるとだんだんと落ち着いてくる。
宿の2階の部屋から見えていた、通りの明かりも徐々に減ってきた。
「アル、風呂行くぞ?」
レイノルドが声をかけてくる。
ニルスの港町には実はもう一つ売りがある。「温泉」と呼ばれるものだ。聞いて字のごとく、温かい泉、つまり、お湯が沸き出るのである。この街の宿はこれを引いてきて大きなプールにためて、入浴施設を作っている。
このお湯のプールにゆっくりとつかると、体がほぐれ、血行が良くなり、疲労回復に覿面の効果を見せるのだ。
旅の休息には効果絶大である。
「ああ、わかった行こうか」
と返しておいてレイノルドの後を追った。
――――――
「ん、ん~、あ~。きっもちいいなぁ~。やっぱここに来たらこれに入らないと一日が終わらねぇってもんだ、なあアル」
レイノルドはほんとによくしゃべる。
「だな。疲れが癒されていくのをじわじわ感じるよ」
私が応じると、
「あ、そういや聞きたかったんだけどな。お前昨日、女の子と一緒にいたろ? いつの間にそんないい子ができたんだよ?」
レイノルドが唐突に聞いてきた。
私はさすがに驚いて、
「な!? どこで見てたんだよ!? あいつは違うんだ、そういうのじゃない!」
と思わず、口に出してしまった。
「ええ――! まじかよ!? カマかけただけだったのに、ホントにそうだったのかよ!?」
レイノルドの方が驚きの声をあげた。
「おい、アル! 詳しく話せ?」
そう言って、ニヤニヤ顔で近づいてくる。
「な、なんでもない! とにかく、そういうんじゃない!」
まんまとはめられた私は、それ以上話すのはさすがにやばいと思い、口を閉ざした。
6
翌朝一行は、デリュリウス監視塔へ向かう定期便に乗船し、海上に出た。
レイノルドは久々の船にテンションが上がっている。
やっぱ、海はいいなぁ、潮の香りがたまらねぇ、潮風が気持ちいいなぁ、などと言いながら甲板上をうろうろしている。
ポート・アルト出身のこの若者は幼いころから海と一緒に生活してきた。青年になって王都に移住してからは少し海から遠ざかってしまい、船に乗ることの方が少なくなってしまった。そういう意味で、故郷や幼き頃に乗った船のことを懐かしんでいるのだろう。
私もこのような大きな船に乗るのは初めてだ。
定期便の船は、2本マスト、2層建ての中型帆船で、レイノルドによると、「スクーナー」という形態らしい。
一見、ヨットのような縦型の帆が特徴である。
縦型の帆は、風向きに対しての切り上がり性能がよく、向かい風の際にも、ある程度前に進むことができ、風向きに影響を受けにくいとのことだ。
対して横向きの帆の船は速度は出るが向かい風や無風状態では速度が出なかったり、すすめなかったりと風向きの影響が大きいらしい。
それほど長距離でなく、定期便として利用するには、風向きの影響が少ない方が効率がいいのだそうだ。
船は、波を切って海上をすべるように奔ってゆく。
それなりに揺れるが馬車のように小刻みに揺れるのではなく、ゆっくりと大きく揺れているので、体に負担を感じることはない。が、頭がふわふわとして足元もおぼつかない、軽く酒に酔ったような状態になる。
この状態が丸一日続くとなると……。初めて船に乗るケイティの様子が少々気にかかるところだ。
竜人族の二人はどうだろうか? そう思ってそちらに目をみけてみると、ゼーデは相変わらず黙してたたずんでおり、まったく問題ないように思える。
アリアーデはというと、相変わらずケイティにべったりだ。
最近ちょっと思うのだが、アリアーデのケイティのかわいがりようは異常ではないかとも思える。まあこれまで男ばかりの集団だったので、女の子が入ってくれたことが素直にうれしいのだろう。
年の差150歳以上というものは、この二人には全く無関係なようだ。
竜人族というのは長いものは800年ほど生きるというから、170歳と言えば人族で言えば17歳程度ということにもなるのかな? そうだとしたら、ケイティとアリアーデは姉妹ぐらいと言えるのか? などとよくわからない計算に納得しながら、二人を眺める。
ルシアスは、定期便の乗務員のひとり―おそらく船長だろう―と、なにやら二人で話し込んでいる。
船尾の方から海面の先の方を見やると、先ほど出港したニルスの港町が徐々に小さくなっていくのが見えた。その先には白銀の塔、王都の王城の塔もうっすらと見える。
たしかに気持ちがいい。
空は快晴で夏の終わりにいましばらく待ったをかけるように、ミディアムブルーが広がっていた。
――――――
船上で丸一日を過ごした一行は、翌日の朝、デリュリウス監視塔の桟橋に降り立った。
目の前に高くそびえるのがデリュリウス監視塔だ。
一日ぶりに踏みしめる大地はまだふわふわとして足元がおぼつかなかったが、やはり、農夫であった私には、土の香りの方が性に合っている。
周囲から流れてくる草木の香りを胸いっぱいに吸い込んで大地の息吹を感じとる。
「やっぱり、地上がいい……」
そう思わずこぼしたのを、ケイティが聞き逃さなかった。
「ですね。わたしも大聖堂の周りの森の香りが大好きでした。ここもいい香りがします」
と応じた。
デリュリウス監視塔は、太古の遺跡を改修して、現在はこの海峡の監視のために王国軍が駐屯している塔だが、周囲はそれほど背の高くない木々が繁茂していて、小さな森を形成していた。
まずはこの塔の監視隊隊長や、火を目撃した監視隊員などに話を聞かなければならないだろう。
その後、問題の小島へと船かボートで渡ることになる。
一行は、到着を待っていた衛士の案内で、塔内へと足を進めた。




