第5章 解放(3)後編
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一行がニルス港に着いたのは昼過ぎごろだった。
町は人があふれかえっている。さすがに交易港だ、色とりどりの商用テントが立ち並び、皆、自慢の品を商品棚に並べている。
野菜、果物、魚貝類、肉類などの食材や、鉱物、宝石類、スパイスなど、それに金物店のテントには鍋ややかんまで売っていた。
講売客の多くは、ここで仕入れて王都の自店で販売することが目的の各種商人たちだ。
ニルス港はいわば日本風に言うと「長崎の出島」のようなもので、隣国のベイリス王国からやってきた商人たちはこの街から外に出ることはできない。この街の中でのみ活動を許されている。これは、国内の物価が他国の影響を受けるのをできる限り防ぐためである。
街はぐるりと高い壁に囲まれており、そのため、街に入るには一つしかない大門をくぐるしかない。外からの人間はこの街の滞在証を付与されるだけで難なく街中に入れるのだが、出る時にその滞在証を返還しなければ外に出られない仕組みで、もし失くしてしまったりしたらちょっと面倒なことになる。
我々も一人一枚ずつ滞在証を受け取った。私たちは明日この港から出港するデリュリウス監視塔行きの定期便に乗る予定なので、その乗船の際に滞在証を返すことになる。
とりあえず昼食を、ということになり、私たち6人は明らかに異国情緒な雰囲気が漂う店に入った。店に入るとつんとかおる匂いが鼻をつく。臭いわけではないが、花の香りのようないい匂いでもない。
ゼーデとケイティは初めて嗅ぐ匂いだったようで、若干いぶかしげな表情をしている。
私も初めて来たときはそうだったなと懐かしく思い出したりしていた。
一行がテーブルについてしばらくすると、ここの名物料理が6つ、各人の前に並べられた。白い陶器のお皿で、楕円形のお椀のような形をしている。大きさは横幅が30センほど、縦が15センほどだ。器の中身はきれいに二つに分けられており、向かって左側にはご飯が盛られていて、右側には黄土色のスープがなみなみと入れられている。中央の上端のごはんとスープが接しているあたりに、赤い野菜の刻んだものが添えられていた。
「なんなんだ、これは? これは食い物なのか?」
ここまでほとんど口を開かなかったゼーデがたまらずアリアーデに問う。
「これはねー、カリイという料理よ。私この国で一番好きな食べ物はって聞かれたら絶対真っ先にカリイって答えるわね」
そういって、添えられてきたスプーンを取り上げ、スープとご飯をまとめてすくうと口の中へ運んだ。
「う~~ん、やっぱり、最っ高だわぁ。おいしい~」
アリアーデは満面の笑みで、ケイティの方を見て、
「さあ、物は試しよ。食べてみて」
と促す。
ケイティは恐る恐る、アリアーデがやってみせたのと同じようにスープとご飯をまとめてすくうとゆっくりと口の中へ運んだ――。
温かいスープは舌に触れると爽やかな甘さを感じさせる。ご飯の甘さと絡み合うスープの爽やかさが心地よく濃厚な味わいだ、鼻に抜ける爽やかな香りもすばらしい、
美味しい――と感じた瞬間だった。
突然口の中が火事のような熱さを帯びる、顔面が火照り、汗が噴き出すのがわかる、
「――!」
慌ててケイティは目の前にあったグラスに手を伸ばして、水を口に運んだ。
「――ん!ん~~~~!」
その様子を見ているゼーデは唖然として口が半開きになっている。
「――、これは、美味しい――!」
ケイティの口から出た言葉はゼーデの心をえぐった。
「お、美味しいのか? とてもそんなふうには見えなかったぞ?」
「美味しいです! うわあこんなにおいしいもの初めて食べました!」
ケイティはそう言って二口目を口へ運んだ。さすがに二口目は心の準備ができている、きっちりとその風味を味わって飲み込めた。
「ね、美味しいでしょ?」
アリアーデは勝ち誇ったような笑みをケイティに向ける。
そういったやり取りを、一通り眺めてから、私たち3人も口へ運ぶ。いつもながらこの味わいは病みつきになる。
ただ一人いまだに躊躇しているゼーデが、器とにらめっこをしているが、ほかの5人はもう目の前のカリイに夢中になっている。
さすがにゼーデも意を決して、スープとご飯をすくい目をつぶって口の中にほり込んだ。
「――!」
爽やかな香りと濃厚な味わいの後にくる衝撃的な刺激――!
ゼーデはむせ返るのを懸命にこらえながら、グラスの水に到達すると、それを口へ流し込んだ――。
体中から噴き出る汗の感覚、だが、もう一口食べてみたくなる衝動。
「美味い……」
ゼーデも思わず漏らしていた。
5人はそんなゼーデを横目で見て薄笑いを浮かべながら目の前のカリイに首ったけになっていた。




