第5章 解放(2)
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イレーナと2人の護衛とともに王城を出たケイティは、東側にある王城東門をくぐって、王城内壁と王城外壁に挟まれた区域に入った。
この区域には外交官の屋敷や王城の内務官の屋敷、衛兵宿舎、武器庫、食糧庫など、王城に関する施設が並んでいる。
その一角に、イレーナの屋敷が建っている。代々の王国参謀が控える屋敷であるので、正確にはイレーナの所有物ではない。
通常、王国参謀が業務を終えた後、夜休む屋敷として王から与えられているものであるが、基本的に王城内の参謀執務室で休むイレーナは、この屋敷をほとんど利用していない。
参謀執務室には自室と浴室など一通りそろっているため、常に王城に居たいイレーナには、特にこの屋敷を利用する意味が見当たらないのだ。
そんな屋敷であるが、久しぶりの屋敷の主の帰還にも、慌てることなく自然にふるまう使用人たちには、いつもながら感心して感謝の気持ちをかみしめるイレーナであった。
「イレーナ様、おかえりなさいませ」
扉を開けて迎えてくれた初老の紳士が声をかける。ピンと張ったジャケット、折り目のしっかりついたスラックスがこの人物の几帳面な性格を表している。
「エド、急なことでごめんなさい。こちらが、ケイティス・リファレント。エリシア大聖堂聖堂巫女です。私の姉妹弟子ということになりますね」
そう言って、ケイティを紹介した。
「なんと、あのアナスタシア様のお弟子さんということですね」
そう言ってケイティの方へ体の正面を向けると、軽く会釈をして、
「エドワルド・クインスラーと申します。こちらの屋敷の統括を任されております。必要な時はお気軽にお申し付けください」
と、微笑んで見せた。
「あ、ケイティス・リファレントです。お、お世話になります」
このような慇懃な応対に会ったことがないケイティは、やはり少し緊張気味に声が上ずっている。
エドはあたたかいまなざしで、
「ケイティス様、大丈夫ですよ。この屋敷はあなた様の家で、我らはあなた様のお世話役です。ここをご自身の家のようにご自由にくつろいでいただくよう努めるのが我々の目的なのです。さあ、お部屋をご案内いたしましょう」
そう言って二人を屋敷の中へいざなった。
――――――
翌朝、自室としてあてがわれた部屋のベッドの上で目を覚ましたケイティは、そそくさと身なりを整えた。朝日が窓から入ってくる。東向きの部屋の窓からは朝日が正面にみえて、新しい日の始まりを告げている。
明日はまた皆さんと合流してこれからの旅が始まるのね、と自身の不条理な運命に恨めしさをいだきつつも、なんだかそわそわしている自分もいた。
(あの人たちとの旅なら、やっていけるような気がする――)
実はケイティにとって、旅は初めてのことではない。
そういえば彼女の生い立ちについてこれまで触れてこなかったことに筆者は今更ながらに気づく。なんということか。あえて、触れなかったというのもそうなのだが、なかなかそのタイミングがつかめなかったというのも本当である。
ケイティス・リファレント――現在15歳。故郷は実はテルトー村である。といっても、彼女の両親はテルトー村の酪農家であるが、生みの親ではない。ある日、自分の牧場の片隅でケイティを発見した。まだ乳飲み子だったケイティを保護し、生みの親が現れるのを待っているうちに12歳まで成長した。子がなかったこの若い夫婦はケイティを我が子のように愛し育ててくれたため、ケイティには生みの親のことなど、今ではどうでもいいことである。
そんな時、テルトー村の司祭から運命の言葉を告げられる。
聖堂司祭の素養があるというのだ。
聖堂司祭が限られたものにしか就けない職であることはこの国の人民はよく知っている。なぜなら、聖堂司祭は聖堂司祭から推薦されたものしか就けない職業だからだ。素養のあるものは聖堂司祭の推薦状を持ってエリシア大聖堂へ赴き、そこで修練を重ね、やがて、自身の故郷や、各地の村へ派遣される。
ケイティの両親が知っている限り、テルトー村から聖堂司祭の素養があるものが生まれるのは初めてのことであった。現司祭も別の村の出身者である。
幼き頃から聖堂に通い、司祭とも懇意にしていたケイティが、聖堂司祭への道を選ぶのは実に自然なことであった。両親も自分の娘が自立して自分の道を歩き始めることに誇りを感じ、こころよく送り出してくれた。
そうして、13歳になる少し前にエリシア大聖堂へ入る。この時、テルトー村からエリシア大聖堂まで徒歩での旅を経験している。
そこから、約3年ほどたったのが現在ということになる。
なお、「捨て子」というのは実はこの世界のこの時代においては、それほど珍しいものではなかった。田舎町では生活に不自由がない程度の豊かな家庭だが子を為せない夫婦も結構いたし、逆に、子が多く生まれて、養いきれない夫婦もいた。
そんな時、例えば自身の集落ではない別の集落の家に置いてくるということがよくおこった。そういった子は、特にこの土地ではエリシア神からの授かりものということで、丁重に保護され慈しみ育てられた。
これもみな、エリシア神信仰が根付いている賜物の一つと言えるだろう。
――と、まあこれがケイティの出自である。
しかしながら、明日からの旅はその時のものとは全く異質のものとなるだろう。12歳のころの旅は、エリシア大聖堂という行くべき場所があり、目的も希望に満ちたものだった。
だが今回の旅は、明確な目的地も、希望に満ちてもいない。どちらかと言えば、出口もわからない洞窟の中をたいまつも持たずに彷徨い歩くようなものだ。
その先に待つものは、絶望か死か――。
事実、エリシア大聖堂を出ると決めた夜は不安で寝付けなかった。ゼーデ様についていくという以外何もかもが不明だったからだ。
でも、あの方たちとなら――。
その翌日に出会った王都からの使者たちの強い意志が宿る目、過酷な状況にあってもなお臆することのない逞しさ、そしてなにより、互いを信頼し合い新しい仲間を受け入れる寛容さ――。
(大聖堂のみんなと同じようなあたたかさがあのひとたちにはある――、そう思う。それになにより、ミハイルが安心した様子で笑っていた。絶対大丈夫よ)
そのような気持ちで、イレーナの屋敷での朝食と夕食、昼間にエドに案内してもらった王都の街並みとカフェでの昼食など、これまで見たこともない人の数に若干気おされながらも、旅の前日をゆったりと過ごすことができた。




