第4章 邂逅(8)
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ずっと考えていたんだけど、とアリアーデが切り出した。
「ケイティ、だったわね? この子の解呪に関してだけど、当然、解呪するだけでは命の保証がないことは知っているのよね? そうだとしたら、耐えるための訓練が必要だけど、あなた、魔法はどのぐらい使えるの?」
「え……? いえ、わたし、魔法はまだ発動させたことはありません……。魔素も見えません……」
ケイティは申し訳なさそうに目を伏せた。
「やっぱりね……。でも、心配しなくてもいいわよ」
ここにいるアルも、ついひと月ほど前まで魔法が使えなかったのよ、でも今は、おそらくこの国で2番の魔法士になっているわ。大聖堂の大司祭を越えてねと言った。
「というわけで、ゼーデ。この子は私が預かるわ。どうせアルの訓練もやっていくつもりだったから、ついでと言っては何だけど、あなたも手が省けるでしょう? これであなたたち二人は私の兄妹弟子ということね。よろしくね、ケイティ」
「ってぇことは、ルシアス一家に新しい仲間が加わった……ってことだよな? 嬢ちゃん、歓迎するぜ? ほら、何してるアル、みんなも。めでてぇことじゃないか、グラスを持て、ジョッキをもて……」
レイノルドはそう言って、各人に乾杯の準備を促す。
「えーそれでは、僭越ながら、新しい仲間の加入を歓迎して乾杯の音頭を取らせていただきたいと思います。皆様、ご準備はよろしいでしょうか」
そして、エールジョッキを掲げて、
「では、ルシアス一家の新メンバー、ケイティの加入を祝って、かんぱ――い!」
「かんぱーい!」
そう言って各々グラスやら、ジョッキやらを打ち鳴らした。
私はやっぱり、彼のこういうところがいい奴だ、と改めて思う。
ケイティは少し戸惑っていたが、ミハイルがこちらの状況に満面の笑みを浮かべているのを見て、なんだか少し安心した。
(ミハイルが喜んでいるのなら、これでいいってことよね……?)
そう、自身に言い聞かせていた。
16
翌朝エルシリアを発った一行は、その日の夕刻王都シルヴェリアに戻った。
帰り道は下りということもあって、行きより時間が短くて済んだ。
あいかわらず、馬車は揺れたが、馬車に慣れていないであろうケイティも、弱音をはかず懸命にこらえていた。
到着後、即刻ガルシア王との謁見の儀となった。
王都には昨日のうちに早便を走らせて、会談内容の概要を知らせてある。
非公式とはいえ、竜族の長と人族の代表ともいえるガルシア王の会談である。
一行は王城の広間に通され、そこで、ガルシア王と対面した。
レイノルドはガルシア王をみるのは初めてではないだろうが、実は私はこの時初めてこの国の王を見ることになる。そして、ケイティもそうだった。
初めて王城に足を踏み入れたが、やはり王城というのは圧巻だ。建物に凝らされた意匠、通路の壁面にかけられた絵画、通路の脇にたたずむ彫像……。どれもこれも、王国のなかでも特に腕のいい職人の仕事であろう。みるからに芸術性にあふれており、なんとも雅である。
私もケイティも思わずきょろきょろとせわしげに首を振ってしまった。
広間はそれほど広くはなく、中央に大きなテーブルと人数分プラス1の椅子が並べられていた。並びは、テーブルの向こうに1つ、こちら側に6つだ。
テーブルの上には、花盆が2つ置かれていた。
やがて、広間の入り口が開かれた。
一同は起立し、その人物を待つ。
入口からはひときわ威風を備える男と、そのあとに小柄な襟付きローブをまとった女性が入ってきた。この男こそ、この国の王フェルト・ウェア・ガルシア2世だ。そしてそれに付き従うローブの女性は王国参謀イレーナ・ルイセーズだろう。
やがて、ガルシア王は自身の席の隣で立ち止まり、イレーナはその脇に少し控えて立ち止まった。
「まずは、長旅ご苦労であった。さあ、座ってくれ」
そう言って自身も席に着いた。
王との面談というのはもっとこう、儀式ばったものなのかと思っていただけに、案外拍子抜けしたが、非公式とはこの程度なのかもしれない。
一同も促されたとおりに席に着く。中央から右にゼーデ、アリアーデ、ケイティの順。中央から左にルシアス、私、レイノルドの順だ。
「ゼーデよ、しばらくぶりであった。あの後、そなたが竜族の長を正式に受け継いだということは報告にあった。そして、今、まさに世界の危機を迎えているということもルシアスの文で聞いている」
ガルシア王は、落ち着いた、しかしながら、非常に重々しい声色で切り出した。
そこから会談ははじまった。ゼーデとルシアスが主に質問に答えるという形で進行された。
「――なるほど。これは確かに、厄介なことになっているな……」
ガルシア王は一通り話を聞いた後そう言った。
「で、ルシアス。この後どうするつもりだ」
「今俺たちにできることは結構限られている。まずは、国中の魔素案件をさがす。そしてこれにゼーデとともにあたる。竜族の世界に現れたやつらとこちらに現れたやつらが同一のものかどうか確かめる必要があるからだ」
そう言ってさらに続ける。
十中八九間違いないだろうが、確定させる必要はある。
その後、ゼーデには自身の魔素回復に努めてもらう。次元門の魔法を使えるのはアリアーデもだが念には念を入れる必要がある。数が減っているとはいえ強靭な竜族を押し込むだけの力をもっているやつらだ、宝珠の確保の際に何が起きるか予想はできん。戦力は多い方がいい。
つぎに、各国への通達だが、これはいましばらく待ってくれ。いま言っても各国の反応は様々だろうし、意見もすぐにはまとまらない。ある程度確証が必要になる。それに、いまの人族では、もし仮に宝珠の確保が失敗した場合、もう手立てはない。かといって、大量に軍勢を送り込んだとしても、その戦力差は歴然だ。まず間違いなく全滅するだろう。
だから、できる限り秘密裏に行動を起こす必要がある。作戦はあくまでも宝珠の確保とこちらへの輸送だ。やつらの軍勢と戦うことではない。その場合、少数精鋭で行うべきだ。
「俺たちがやるさ」
と言って言葉を切った。
「――で、あるか。確かにな……。私としても各国に働きかけて今の話を信じさせるのは不可能に思える。なんせ、魔法や魔素の存在すら知らないのだからな」
ガルシア国王はそういってルシアスの意見を容れるとの決断に至った。
「ところでルシアス、こちらのものたちを紹介してはくれまいか」
ルシアスは、やはりそうきたか、と若干身構えたようにも見えたが、
「左の二人は俺のもともとの従者だ、いつも魔素案件でともに調査にあたっている、アルバート・ロックスとレイノルド・フレイジャだ。そしてアリアーデの向こうがケイティス・リファレントだ、彼女はわけあって今回から同行することになった」
私は自身の名前が伏せられたことに若干戸惑ったが、ルシアスがそう言うのだから何か考えがあるのだろうとその場はそれに従うことにした。
「ふむ、アリアーデは過去に私の部屋に侵入したときのままだったからすぐにわかったよ。まさかルシアスに同行していたとはな。いつからなんだルシアス、お前一言も言わなかったではないか」
そう言ってややルシアスを皮肉ったが、
「まあよい。竜と人とはいえ男女のことだ、それを詮索するというのも野暮なことだろう」
そう言って、豪快に笑って見せた。
腹心が自身に隠し事があったにもかかわらずこのおおらかさである。私は、我が国の王の胆力が計り知れないものだという認識を持つに至った。




