第4章 邂逅(7)後編
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一行は会談の後すぐに大聖堂を発つことになった。
ケイティはエリシア神像に最後のお別れの祈りをささげてから、大聖堂の扉を出た。必ずここへ戻ってくる。そうして、次は聖堂巫女へ、そのあとは司祭になるのだと、心に固く決心した。
大聖堂の扉の前には馬車が一台準備をしていた。
とうに日は高く昇っており、ここから一日では王都まで走ることはできない。途中で日が暮れてしまうであろう。そうなると、途中で宿をとる場所がない。
一行は、今晩はエルシリアで停泊し、明日の朝王都へ向けて出発することになった。
「ルシアス、ケイティを宜しくお願いしますね。それから、あなたたちにエリシア神のご加護を。私たち大聖堂のものたちも必要とあれば、いつでも言ってください。出来得る限りの助力をいたします」
アナスタシアはそうルシアスに別れを告げた。そうして、
「アル、といったわね、あなたのお母様は私が尊敬する大魔法士でした。私は彼女を追って魔法の修練に励みましたが、その差は開くばかりで、いっこうに背中すら見えませんでした。その後王都から急に消息を絶ってしまわれましたが、今はただ、無事でいてくれたことをうれしく思います。そして、あなたのような立派なご子息までお産みになって。とても幸せなご家庭であったことでしょう。心から祝福を申し上げます」
そして、この先もどうかお元気で、といって見送ってくれた。
大聖堂の大司祭と副司祭をはじめ、聖堂巫女たちが見送る中、馬車はゆっくりと動き始めた。
どんどん遠ざかる大聖堂が木々に隠れて見えなくなるまで、大聖堂の方を眺めながら、ケイティは溢れるものをこらえていた。
一行はエルシリアに到着し、今朝発ったミハイルの宿屋へと戻った。
エルシリアはかつてはエリシア大聖堂の門前町として栄えていたが、近年はその勢いも失い、訪問客もまばらだ。
日はとうに頂点を過ぎすでに傾きかけている。
このまま王都を目指して走れば、途中で日が暮れて進めなくなるだろう。その場合、途中でとる宿がシルヴェリアには存在しない。ヘクトル監視塔の中継所はあるが、そこには厩の世話人が滞在する宿舎はあるが、旅人の宿はないのだ。よって、一旦エルシリアに宿を取り、明朝王都へと出発することになった。
「ゼーデ。体の具合はどうなの?」
アリアーデが心配そうに声をかける。
一行は夕食をとるために、ミハイルの宿屋のバーのテーブルを囲んでいた。テーブルの上には、ヘン鳥のもも肉のから揚げ、ランデル肉のロースト、トマトのサラダ、地元野菜のポトフ、キノコのキッシュなど色とりどりの料理と人数分の飲み物が並んでいる。
どれも、ケイティとの一時の別れを聞いたミハイルが、腕によりをかけて用意したものだ。
「ああ、動けるまでには回復している。が、姉上から見てもわかる通り、魔素の消耗はとてつもないものだった。魔法を発動させるほどの魔素はまだ戻ってきてはいない、ケイティの封印を解くと約束したが、それまでにはかなりの時間がかかるだろう」
と、ゼーデが答える。
この青年、色白で肌も白く銀髪、見た目的には20代後半ぐらいにしか見えないが幾つぐらいなのだろう。アリアーデも見た目は20代後半ぐらいに見えるのに、すでに170歳を越えているというから、ゼーデもそのくらいなのだろうか……などと考えながら、私は話に耳を傾ける。
バーには私たち以外は誰もいない為、きがねなく話ができる。
「竜族の世界へ戻るためには次元門を発動するしかないのだが、私の今の魔素量ではそれも不可能だ。仮に、次元門を発動できたとして、奴らに対抗するほどの魔素まで戻すにはまだ時間がかかる」
幸い、時間の猶予はまだある、それまでにやつらに対抗しうる魔素の回復とケイティの封印の解呪を済ませるさ、とつづけたところで、から揚げを口にほおばった。
「そのことだが、時間に猶予があると確信できるのはなぜなのだ?」
とルシアス。
「竜結界術式……ね」
答えたのはアリアーデだった。
ゼーデはこれに対し、
「……ああ、父竜ゲルガはやつらの攻勢に抗いきれないと悟ったとき、私にこう言った。いずれにせよ私はそう遠くないうちに死ぬだろう、ならばせめて……」
お前の助けになること、私にできることを為すべきであると考える。私はこれより『柱』の在処で竜結界術式を張ることにする。数名の傷ついた有志がこれに加わってくれると賛同してくれている。その間にこの先の対処法を何としてでも考えるのだ。と。
「竜結界とは、なんだ?」
とルシアス。
アリアーデが応対する、
「竜族には『柱』守護の使命がエリシア神から与えられたことは話したわね。その際、もう一つ与えられたものがあるの。それが竜結界。竜族はその豊富な魔素をみこまれて柱の守護者に選ばれた。それはその豊富な魔素を凝縮して結界を生み出す術式を使用するのに適しているという理由もあったのよ……」
その結界は、魔素の干渉を極限にまで防御することができるのだという。いかなる物理的、もしくは呪術的攻撃も跳ね返し、魔素による干渉も極限まで抑えることにより対象地域への侵入を妨害できるというものだ。
しかし、完全無欠というわけではない。結界の触媒たるものから魔素の供給が切れてしまえば結界は消失するし、外的攻撃によっても結界の防御力は少しずつではあるが減少する。そしていつか、破壊されるだろう。
「それまでの期間が約1年ということだ」
ゼーデが後を受けて言った。
「ということは、父君の余命があと1年ということにもなりますね?」
横で聞いていた私が思わず口をはさんだ。
「そうだ……。竜結界は魔素を凝縮してなすものであるから、その分魔素の消耗の速度も速くなる。傍目には眠っているようにしか見えないのだがな。そしてそのまま命を閉じることになる……」
ゼーデが唇をかんだ。
「そんな……。早く助けないと……。何かほかに方法はないのですか?」
口をはさんだのはケイティだ。
残念だけどないわ、とアリアーデが答える。




