第2章 エリシアの巫女(5)
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魔素の消失?
それって、つまり、私が死んでしまうということ?
ケイティは唐突なアナスタシアの宣告の内容に動揺を隠せなかった。
「どういうことですか、大司祭様!」
ケイティより先に言葉を発したのはレイリアだった。
「魔素が消失するって、それって、ケイティの命が危ないってことですか? そんな……。なぜ……?」
「それもそうなのですが、魔素の消失自体はすべての生き物の運命であり、老いれば徐々に減っていきそして最後には死に至ります」
そのことは聖堂巫女たちならごく当たり前の事実ということを知っている。
人の寿命が尽きるというのは、ある程度の年齢を重ねれば、個体差はあるが、徐々に魔素量が減少し、そしてやがて死に至る。つまり、老衰死がこれにあたる。
「魔素」について知らない一般の人々はこの事実を知らない。聖堂司祭が様々な知識を備え、各地において、相談役としてその役目を行うことはすでに述べているが、彼女たちは、この「魔素」を見ることができることも説明済みである。その習熟度に応じて見える程度は異なるのだが、魔法を発動させることができなかった彼女たちでも、ある程度、生命体の中にある魔素の量ぐらいは推し量ることができる。
聖堂司祭たちは、その知識と能力をつかって、町の人たちを診たり、必要な薬草を処方したり、天候を予測したり、例えば、人間に脅威になる大型動物の感知などを行っている。
レイリアも「魔素」が見える一人だが、彼女の見立てでは、ケイティの魔素はそれほど多くはないものの、聖堂巫女見習としては徐々に成長を続けているともとれる。このまま、成長していけば、おそらく、いつか自分のように副司祭になり、そして聖堂司祭として、故郷の役には立てるであろう。ケイティもそのころには魔素が見えるほどには成長できるはずなのだ。
「ケイティの場合は、そういうことではないのです。残念ですが、私には見えなかった――」
アナスタシアは自身の能力の至らなさを痛感しているようだった。悲痛な面持ちで悔しそうに歯噛みしている。
「ここからは私が話そう」
ゼーデが切り出した。
ゼーデの話はこうだ。
ケイティの魔素にはリミッター(つまり成長抑制効果)がかかっている。本来は、ある一定以上に魔素が成長しないように、何者かが「呪詛魔法」の一種をかけているのだろうが、その呪詛魔法に何らかの作用が加わり、少しずつケイティの魔素を放散させているというのだ。
おそらくこの放散は、時が経つにつれて拡大していき、そのうち、成長量を上回ることになるだろう。そうすれば、増えるより減る方が多くなり、ついには、魔素が消失してしまう。
つまり、これを回避するには、成長量を今以上に増大させなければならないが、それも、成長抑制呪詛のせいで難しい。そうなると、解決の方法は一つしかない。
「呪詛魔法、リミッターの解除だ」
ゼーデはそう言い切った。
「しかし、そのリミッターすら見えない私では、あなたの呪詛を解くことができないのです」
アナスタシアは苦悶の表情でケイティのほうを見やる。
「あ、あぁ……。大司祭様のせいではございません。そんなに悲しそうな眼をなさらないでください」
ケイティはアナスタシアにそう返す。
「な、なにか、方法があるのですよね? ヴォイドアーク公――」
レイリアがゼーデに食って掛かろうかというほどの剣幕で詰問する。
「うむ……。本来の私であれば何とかできようが、私も呪詛魔法をかけられてしまったせいで、今すぐには本来の力を発現させることができない。その力を取り戻すには、いましばらくの時が要る。そして、問題はそれまでこの少女が持ちこたえられるかという点にある」
なんという因果か。ゼーデがここに来なければ、ケイティの状態は判明せず、もしかすれば、若くして寿命が尽きていたかもしれない。しかし、彼がここに来たことで、ケイティの状態が判明した。ところが、彼とケイティが出会ったのは、ケイティを救う唯一の方法を失ってしまったからなのだ。
ゼーデはさらに続ける。
「それにもう一つ問題がある。この少女、ケイティといったか、彼女の呪詛を取り払うことができたとして、その後の話になるのだが、彼女の魔素の成長はこれまで抑えられてきている。呪詛を取り払ったときに、いかなる反動が起きるか。これは、私にも予測ができかねる」
これまで抑えられていた魔素の成長が一気に解放されて、その反動に、「器」、つまり彼女の体が耐えられるのか? という問題があるというのだ。
アナスタシアは意を決したように口を開いた。
「ケイティ。あなたが助かる方法は今は一つしかないと思うの。ヴォイドアーク公にお仕えして共に行きなさい」
レイリアも、ケイティも、目を丸くしてアナスタシアを見る。
「いつ、あなたのリミッターが壊れてしまったり、暴走したりするかもしれない。そうなってしまっては、私の手には負えないでしょう。ヴォイドアーク公は、どうにかできるとおっしゃいました。今唯一の頼みの綱は公の魔力です。公の魔素が回復したらすぐに解呪の法を施してもらうほかありません。そのためには、公のお傍につき従うしかないと考えます」
突然の宣告にケイティの頭はついていけなかった。
大司祭様は、ここを出て行けと言っているのだ。
私はこれまで、将来は聖堂司祭として、エリシア神様に生涯をささげるつもりで生きてきた。それなのに、大聖堂での生活をやめて、公にお仕えしろという。出会ってまだ数日のこの男の人に、この先ついていけとおっしゃっているのだ。
「で、ですが、私は――」
ケイティは、何かを言い返そうと試みたが、そこで言葉は途絶えてしまった。
「ケイティ――、行きなさい。大司祭様がそうおっしゃるのでしたら、多分その方法が一番の手立てなのでしょう。私も大司祭様も、あなたがここを離れることはとても悲しいことです。ですが、事は重大です。あなたの命がかかっているのです」
レイリアは涙があふれんばかりのケイティの目をまっすぐに見てそう言った。そして、
「ヴォイドアーク公。どうかケイティをお救い下さい。お願い致します」
と、ゼーデのほうへ向き直って深々と頭を下げた。
ゼーデも、これもなにかの縁というものだろう、私にもやらねばならんことがあるが、それでもついてくるか? 決断はお前次第だ、とケイティに問うた。
「お答えは、明日の朝まで待っていただけませんでしょうか――」
今のケイティには、そう答えるのがやっとだった。




