第2章 エリシアの巫女(4)
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夕食後、聖堂巫女や巫女見習たちは各自の自室にもどり、順に沐浴などを済ませ、就寝時間までの間は教典や書物などを読み、勉学に励む。
大聖堂を出た後は、各地で司祭としてエリシア神の祭祀を司らねばならないし、信者の中から、有能なものを引き立てたりしなければならない。そのために学ぶのが彼女たちの修行でもある。
彼女たちが読む書物はそれこそ多岐にわたる。伝承、物語、歴史書、財政学、気象学、農学、地理――。帝王学や兵法書などもある。
様々な知識を習得して、各地の産業の発展や、治世の助言を行うのが司祭の本来の役割なのだ。
司祭の仕事とはつまり、「相談役」なのである。そうした活動に対して、少なからず報償を受けたり、聖堂への供物を頂いたりしつつ、自身も聖堂の敷地内の菜園で幾ばくかの野菜の育成などを行いながら生活をしていく。
いつもなら、ケイティもそういった書物を読む時間に充てているのだが、今晩はいつもと違った。一度目を開けた直後、ただ名を伝え、王に会わなければといったまま未だに目を覚ましていない男の看護を命じられている。
手拭いを水桶に浸し、男の額においてやることをもう何度目か繰り返している。顔色は幾分かよくなっているように見える。ただ、やはり体力の消耗が激しかったのだろう、男は時折唸るのみで、いまだに目を開けてはいない。
でも、いったい何者なんでしょう?
こんなに早く王都からの返答があるのも異例だが、ましてや、王の使者が直々にここに訪れるというのは、ケイティの知る限りこれまで一度もない。
「う……。ううぅ……」
男のうめきがまた漏れた。
「……めだ……、そ……はでき……い」
「……めろ……、そ……こと……ない」
何かを言っているようだが、夢でも見ているのだろうか。言葉になってはいない。
男の様子を覗き込んでいると、すぅっと薄く男の目が開いた。
「君は……、たしか、ケイティ……だったね……」
男が目を開けるなりそうつぶやいた。
「私は……、どのぐらい眠っていたんだ……? ガルシア王のもとへ急がねば――」
男はそう言って体を起こそうとする。が、さすがに3日以上も横になっていたのだ、力が入るはずもなくベッドにまた倒れこんでしまう。
「あ、無理をしてはいけません! まだ、体に力が入らないでしょう?」
ケイティが制止する。
「ぬぅ……。しかし、私は急がねばならんのだ。ガルシア王にどうしても会わなければ……」
男は横になったままそう呻く。
「その件でしたら、大司祭様がご手配くださいました。詳しくは大司祭様からお話があるはずです。私はこれから大司祭様を呼んでまいりますので、そのままにしていてください!」
ケイティは男の行動を制止するために少々語気を強めて言った。
さすがにまだ起き上がれない様子の男は仕方なくベッドに横になって、ケイティの指示に従った。
「では、早急に大司祭とやらにつないでくれ。私にはあまり時間がないのだ……」
と言い、さらに、
「ところで君、ケイティだったか。君は自分のことを知っているのか――?」
――――???
何を言っているんだろう? 言ってる意味がよくわからない。
自分のことを知っているか、とはどういう意味だろう。
いや、今はもうそれより、早く大司祭様にお知らせしないと……。
ケイティは質問には答えずに、大司祭の控室へ駆けていった。
7
「――魔素の量がだいぶん回復してきましたね、もう心配はないでしょう。このくらいまで戻れば、もう一晩お休みになれば、明日は動けるようになるでしょう」
アナスタシアは男、ゼーデにそう言い、さらに続ける。
「明日の早朝、王都からの使者がこちらに到着します。その後、あなたの容体次第では、王都へお連れする段取りとのことです。こちらはあなたの要請にお応えし、治療も致しました。そろそろそちらのこともお話ししていただいてもよいのでは?」
少し威圧感を含めて質問する。
ゼーデはしばらく思案したのち、
「たしかに――。これ以上黙秘するのも礼を失するというもの……。但し、事を公けにすることは今は避けたい。できれば、人払いをお願いいたしたいのだが――」
アナスタシアは、レイリアに身振りで合図をした。
レイリアは一瞬ためらったが、アナスタシアと目線を合わせた後、周りで様子をうかがっている聖堂巫女たちに外へ出るよう促した。
数分後、控室の扉がひらき、中からアナスタシアが出てきた。
「レイリア、それから、ケイティ。少し中に入りなさい」
ケイティとレイリアは指示に従って部屋の中に入った。
「ケイティ――。大事な話があるの。よく聞いて……」
アナスタシアはいつになく真剣な表情をして、ケイティに話しかける。
「あなたの魔素は、このままでは消失してしまいます――」




