20. 煌びやかな夜街
キラキラとした街は人を興奮させる。
この夜街も、例外ではない。
周りを見渡せば、目に入るのは活気に溢れ、自分の思いのままにできる喜びをかみしめる人たちでいっぱいだ。
だけど、その人たちから発せられる言葉は……
「あの女超エロいなぁ! やらせろよぉ!」
「騒ぐなって! お前があんな上物とやれるわけねえだろ!」
うるさい。ヘラヘラとしやがって。私たちはあんたたちの物じゃない。
私は無視する。どうせ目に入るとすぐ能なしの獣のようにわめくやつだ。
彼らから離れ、一難去ったと思ったら、すぐに一難がやってくる。
「いい仕事あるよーお姉さん?」
もう少しで目に刺さってしまいそうな前髪を漂わせた若者が、したり顔で看板を持ちながらこちらに迫ってきた。いい仕事のはずがないだろ。望まない私たちに、永遠の傷を残す外道が。
「ちょ、おい無視かよ! おい!!」
「なっ」
構わず行こうとすると、逆上して右腕を捕まれた。さすがにびっくりして上ずった声がでてしまった。すぐに暴力を使ってくるのか? 会って数秒なのに信じられない。
「もっと頭を使ったらどう? このクソ男野郎」
右腕を強引に振りほどいた。掴んできた男は驚き思わずたじろいだ。気の抜けたような顔をするものだから、少しおかしく思った。彼のプライドを相当傷つけてしまったようだ。
こいつにも構っている暇はないから、先へ進もう。
「ク、クソ女!!!」
あいつが苦し紛れに後ろから叫んでる。構わず私は離れていく。
「いいよなお前らは! いざとなりゃ体売っちまえばカネ稼げるんだからよ!!」
いざとなりゃ、体売ればいい……?
いつもの社会人有森夏菜だったら無視して離れていったかもしれない。だが、今日は、いつもと違う。アドレナリン噴出中の、裏社会人有森夏菜だった。女をなめきった言葉に無視を許すことは、できなかった。
「なめんな!!!」
白く光る街で、漆黒の衣装を着た私はあのなめきった野郎にずかずか近づいていく。
「お、おいなんだよ」
「なめんなって言ってんだよ!!」
「おいおいおい近づいてくんなクソ女」
うるさい。お前の言葉なんか聞くに値しない。
「クソ女! おい! くんな!!」
「うるせぇ!!」
「やめろクソ……おごぉ!!?」
ぶん殴った。もう、やかましい。
「お前は、もう喋んな。クソ男野郎」
殴られた野郎は看板をその場に落として、電信柱のほうにぶっ倒れた。幸運にも、電子柱の周りにはゴミ袋があってクッション代わりになったようだ。よかったなゴミが。しかし、あのクズデブ男といい、私はかなり力強いんじゃ……? 向かってくる男共が思いのほか弱すぎる。私、強いのかもしれない。
それはそうと、こんな殴りっぷりをみせると普通の街は騒ぎになりそうだ。しかし、この煌びやかな夜街はそんなことは起きない。夜街の人々は私利私欲のために必死で、周りを気にも留めない。この煌びやかな光が、周りを見せないようにしている。それがこの街の恐ろしいところだと、今身に沁みて痛感した。
私たち女がぞんざいに扱われることも、詩乃と同じ境遇にいる人たちの苦しみも、今ここでぶっ倒れてる野郎も、このまぶしすぎる光が真実を覆い尽くして隠し通す。この街の光は、影をも照らし、不都合な存在を消す。
ただ、今は騒ぎにならないのはミッションを進める上で好都合だ。ぶっ倒れてる野郎を置いて私は詩乃の忌まわしき仕事場に向かうことにした。
*****
「ここか……」
スマホを頼りに小さなホテルに到着した。
このホテルは、詩乃と初めて出会った大通りに続く道から少し外れたところに佇んでいた。外見は、特徴がわからない。大通りから少し離れたところであっても、影を感じさせぬほどの光の量だ。新しいのか古いのかすら判別が難しい。あぁ、この光の街いると、気が狂いそうになる。早く済ませよう。
私は堂々と店に入ることにした。あんたらなんか少しも怖くない。私をなめるとどうなるか、その腐れ切った頭に叩き込んでやる。
ロビーは褐色の絨毯と白い壁で覆われていた。一人暮らしの部屋の2倍くらいといった広さだ。目の前には人々が乱れあう西洋の絵画が居座っている。この高級さは本物なのかどうかはわからないけど、圧倒されるのは確かだ。この絵画からは、人を吸い寄せる悪魔の誘いを備えてる気がする。
だが、こんなところで私は取り乱さない。構わず先へと進む。
"ちんぽ"の文字を連ねていたあの時に、詩乃から聞いたホテル内の様子を頼りに、目的の部屋へと向かう。
――ホテルのひとは、わたしがくるとき、いつもねている。
入ってすぐ右に従業員がいた。受付ブースの椅子で、今日も寝ていた。体たらくな仕事ぶりだ。今は私にとっていい作用をしてくれてる。感謝しよう。
――ホテルにはいると、"あがるところ"ある。そこをあがる。
"階段"が、入って右奥に見えた。熟睡する従業員を後にし、私は一歩ずつ段を上がっていく。
しかし、ここから、詩乃の言っていることがよくわからなかった。
――"あがるところ"がなくなったところに、"あけるところ"ある。
これを言う時、詩乃は少し泣きそうになっていた。思い出してしまったのだろう。私は慰め、より意志を堅く持った。「この子の心から裏社会の悪意を消し去るために、私は裏社会の悪いやつらを倒しにいく」そう誓った。
だが、このヒントは、少しわからない。
――"あけるところ"に入って、1と、0と、3が、かいてある、べつの"あけるところ"をあけると、いる。
おそらく、べつの"あけるところ"とは、103の部屋の扉のことなのだろう。そして103の部屋に、クズデブ男はいる。これ以上詩乃に聞くのは、どちらにとっても辛いことだったから聞けなかった。だから、後は自分の力でなんとかするしかない。むしろ、詩乃はよくここまでいってくれたものだ。本当に偉い。帰ったら、頭くしゃくしゃにしてでも撫でまくって褒めまくってやるんだから。
階段を折り返してさらに上り、2階についた。目の前に見える部屋番号は……。
「201……」
おかしい。私は何か見落としてるんだ。ここは2階。部屋番号の頭文字が2なのは当たり前だ。だけど、詩乃が言っていた番号は多分103だ。とすると1階のロビー入って左に進めばその番号……詩乃は明らかに階段を上っている。頭が痛くなってきた。多分これはなぞなぞなんかじゃない。詩乃は事実をしっかり私に伝えたはずだ。ぐぬぬ……と全脳細胞を活性化させようとした矢先、あるカップルが目に飛び込んできた。
「今日もサイコーだった! ありがと!」
「私も……! あんなプレイあなたとしかできないし、幸せ」
どうやら部屋の中で事を済ませた後のようだった。この2人は、ただ双方の欲望が一致して、円満に求め合えたような顔をしていた。そして、階段のすぐ隣にあるエレベーターに吸い込まれていった。
……そうだ。今の時代、普通の客はエレベーターを使うはずだ。なのに詩乃はわざわざ階段を使っていたようだった。そして、入ってすぐは、エレベーターは見えなかった。なぜなら、この位置的に、エレベーターの出口は西洋絵画の壁の横にあるからだ。だから、階段でなきゃいけない理由があるんだ。
もう一つ気になったことがある。ここは、通常営業をするラブホテルのようだった。実情はわからないが、先ほど見た幸せそうなカップルがその証明だ。常識的に、詩乃がやらされることは、あってはならないことだ。法によって裁かれるべきなのだ。だから、隠し通す必要がある。
悪党どもは、忌まわしき仕事場を隠している。この街の光が、真実を覆い尽くすように。
だが、どうやって? 私はもう一度詩乃からのヒントを辿る。
――"あがるところ"がなくなったところに、"あけるところ"ある。
多分、これは2階の部屋じゃない。"あがるところ"がなくなる。段がなくなるところだ。でも、それって1階のフロアや2階の廊下のこととしか……
「……ん?」
私は、気づいた。そして、違和感に気づいた。
私が1階から2階に着く間に、もう一つ、"あがるところ"がなくなったときがある。それは、折り返しの僅かな平地だ。今立っている2階からその僅かな平地を改めて見下ろす。そこの壁が、何かおかしい。よく見ないとわからないが、そこにあると不自然な、とても小さなドアノブがあった。二つの指でしかつまめないくらい、小さなドアノブだった。そして、さらに壁を俯瞰すると、長方形の隙間が僅かにあるようにみえた。ドミノ倒しのように流れ込んでくる違和感。ここだ。
――"あがるところ"がなくなったところに、"あけるところ"ある。
詩乃は今まで中間部までしか上がらなかったから、通常の2階を2階と認識していなかったのかもしれない。そうであれば合点がつく。
おそらく、あの小さなドアノブが、"あけるところ"だ。私は階段を降りてドアノブの元まで行き、二つ指で摘み、静かに開けた。
そこは、とても暗かった。外が眩しすぎるせいかもしれない。そのせいで、何も見えない。煌びやかな夜街に対比した、暗黒の世界。影をも殺す光が生み出した、集約されし闇がここにあった。
スマホのライトをつけてここの様子を伺う。とても長い廊下が奥まで続いてる。耳をすませば、甲高い喘ぎ声が、僅かながら響いてくる。それは、欲に溺れる声には到底思えなかった。負の感情を持った、苦しみの声に聞こえた。詩乃と同じ境遇の子が、ここにいっぱいいるんだ。助けたい。私ができる限りはやってやる。まずは、デブクズ男を再起不能にしてやる。
部屋番号を見渡す。頭文字は1だ。ここで間違いはなさそうだ。今見ているのは101のようだ。だから、二つ隣の部屋へ行けば……あった。
「103だ」
部屋番号103。ついに見つけた。
「あれ? なんか、点がついてる……」
部屋番号103であるのは確かだ。だが、1と0の間に、なぜかピリオドがついていた。
部屋番号、1.03。ここは103にあらず。存在しない部屋。存在してはならない部屋。そう訴えかけられている気がした。
恐ろしく思った。あのキャッチの男と同じように、たじろいでしまった。その隙に、1.03の扉の景色から、さらに最悪な景色に様変わりしていた。
そう思ったのも束の間、私の意思に反して衝撃音と共に扉が勢いよく開いた。私はびっくりしてたじろいだ。
「え?」
「しのちゃん!!!!」
扉を勢いよく開けて中から出てきたのは、デブクズ男だった。待ち伏せされていた。
「あっ!!!?」
私はデブクズ男に強引に腕を掴まれ、存在してはならない部屋に勢いよく引き摺り込まれた。そして、扉は堅く閉められた。




