第8話「救いの鐘」
学校ではしばらく静かな日常が続いていた。
勝也は引き続き「怪我をして入院」という理由で学校を休み、[[rb:中 > あたる]]は休み時間に校内をウロつくのを止め、窓際で女子の興味をひき、相変わらず男子の反感を買っている。史はというと変わらず部屋に閉じこもり、母親を苦悩させていた。「このまま部屋に閉じこもっていては自分が気に止めている問題は何も解決しない」それはわかってはいたが、どうしても部屋から出て学校へ行く気にはなれなかった。むしろ部屋に閉じこもることで「今の自分は近藤勝也に必要以上に拘っている」それを否定するようとしていた「どうだっていいことだから学校へも行かない」と。そんな息子を母はどうやって部屋から連れ出し、再び学校へ通わせるのだろう…しかしその母は数日前から毎朝の階段の上り下りをやめてしまっていて自分から息子へ話しかけることすらなくなっていた。息子から無視をされる度に、母と認めてもらえない現実を叩きつけられる、そんな気がしてもう向き合うことにすら疲れてしまっていた。今日も父親が出かけるとソファーに座り込み自分の腕の中に顔を埋める。
史は呼びかけをやめてしまった母が気にならなくはない。罪悪感もある。自分はずるい。部屋に篭れば篭るほど自分のことが嫌いになっていく。母もそれは同じ、誰にも救われず自分の考えの中にどんどん入って行けばそこには「自分なんか」や「自業自得」の自傷に行き着く。母と子が交わることのない別の方向へ進んで行く。そんな時だった。家の呼び鈴がひさしぶりに鳴った。
「ピンポーン」
母が何やら玄関で応対をしているのが二階にも聴こえてくる。
(郵便?)
自分には関係がない。そう思ったら母の足音が階段へと近づき、階段を上がり、部屋の前まで近づいてきた。
「史?」「なんだよ?」思わず問いかけに反応してしまう史に思ってもいなかった返答がきた「友達が迎えに来てくれてるわよ」
思わずガバッと身を起こし、一瞬フリーズしたが(藤森達か…)すぐに思考がそこへ繋がった。
「体調悪くて寝てるって言ってくれよ」「そう言えって言うと思って言ったのよ、でもまだ待ってくれてるみたいよ」「…わかったよ!」
史は寝巻きのまま玄関にいかにも登校拒否のいじめられっこの感じで出て行くのが嫌で、顔と髪を洗い、歯を磨き、制服に着替えてしっかりと時間をかけ、うんざりだといわんばかりの顔で玄関を出てやった。
「何分待たせんだよ」
立っていたのは藤森ではない、近藤勝也だ。
「なんだよ」心の底では今最も会いたかった人間だが、意外過ぎる来客にありきたりなセリフしか出てなこない。動揺して次の言葉も出てこない。少し間をおいていると勝也のほうから喋り始めてくれた。
「病院によ、あのお前と同じクラスの植草ってやつが来てよ、聞いてもねーことベラベラ喋って行きやがったよ」
「なに行ってんのかさっぱりわかんねーよ。なんだよ、俺、別にあいつとなんか喋ったこともねーよ」
「バカかおめーわ」
「なんだよ、バカはおめーだよ!わかるように言えよ」
一瞬空気は張り詰めるが、言い過ぎた史が話の順をやぶる。
「怪我はもういいのかよ」
史の問いに一瞬固まる勝也だったがそんな心配をかけて貰ったことは今まで母以外にない。心の底の方から他人に対して久しく感じたことのない感情が湧きあがってくるのをごまかすように勝也は口を開いた。
「学校いくぞ」
「え?」
「おまえがこないだごちゃごちゃいってたやつの続きだよ」
そういって一人歩き始める勝也をしばらくボーっとその場で立ちつくして見ていると、ふと我に帰り、待てよと自転車で追いかける。「乗せろよ」
「なんだよ、チャリもってねーのかよ」
「わりーか」
吐きすてるように言う勝也に史は、病院で入院費について受付を訪ねていた勝也の母のことをやっと思い出して思わず自転車を止めた。そしてなんともバツが悪そうに、自転車を勝也の前に少し出し、勝也の行く手を阻むように自転車を止める。振り返らない。勇気を出したその顔、相手がどういう反応を示すかドキドキしているようなそんな顔を勝也に見られるわけには行かない。勝也の足は勢いよく駆け出し自転車の荷台に飛び乗る。その顔も見られるわけには行かない。
「わっわわっ」
「こらっへたくそっ!」
「うるせーよ、オメーが飛び乗るからだろ!」
町内に初めて響いたであろうその聞き覚えのない声高な会話を乗せて自転車は蛇行しつつ通学路を行く。二人とも暴力以外のことで他人とこうして体が触れ合うほど近づいたのは久しぶりのことだった。
「しっかりこげよ」
「うるせー代われよ」
二人の間にはこんな会話しかない。目を合わすこともこの状況で必然的にない。それから自転車をしばらく進めて史はさっきの勝也との会話の中で気になっていたことを再び考え始めた。
(植草が近藤に会いに病院へ行ったって…何を言ったんだろう…)
「なあ、植草ってやつさ、お前にその………なんて?」
「うるせーなぁ、そんなに気になんなら自分で聞けよ」
「だから植草とは喋ったことねーつってんだろ」
「おれとお前だって大して喋ったことねーじゃねーか、聞けよ!女かテメーは」
「くそっ…」
これ以上言っても教えてくれないだろう。史は一番気になっている事を聞いた。
「やり返すのかよ?」
「はぁ?」
もう一度、今度は少し大きな声で聞く「やり返すのかって聞いたんだよ!」
勝也は一瞬考えたように間をとったがどうでもいいように答えた。
「さあな、そうなるかもな」
「なんだよそれ」
自転車の荷台の上で流れる景色をタクシーの後部座席に乗っているかのように気持ちよさそう楽しんでいる勝也。穏やかな顔が何か発見したかと思うと、勝也は後ろへとそのまま飛び降りた。史が自転車を停めて後ろを振り返ると勝也が見てみろ言わんばかりの表情をしている。史が勝也の視線の先に目を移すとそこには川上が立っていた。
川上は校門の前で朝から大声をだしている。二人の目線に気づくとじっとこちらをみて、もう自分の横をその隙にすり抜けていく他の生徒を見ようともしない。次第に距離が詰まり緊張が高まってゆく。近づくなり嫌味たらしく「二人で一つの自転車で登校か?」川上の一投目には二人はなにも答えない。
「おい近藤、その制服いつまで着てくる気だ?早く標準学生服を着てこいと言ってるだろうが」
勝也はまっすぐ前をみて川上と目をあわせようとしない。目の前を通り過ぎてゆく勝也を今にも噴火しそうな顔色で睨みつける川上。そんな勝也の後ろを居心地の悪そうについて行く史。しばらく通り過ぎると歯切れの悪い川上が今頃何かを叫んでいる。
「今更何か言ってら」
勝也は振り返って無邪気に笑いかけてきた。史はそれがおかしかったわけではないが「そーだな」と気がつくと一緒に笑っていた。
決して愛想笑いを返したのではない。
その時の気持ちはうまくは言えないが、でも少し前とは違う今が来た気がして、なにか面白いことが起きそうで、なにか心強い気持ちが史はしていた。




