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容赦無く青春  作者: 宮河 辿
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第7話「少年期から青年期、大人というスパイス」

翌日の松本家では、ここのところ見られなかった一階と二階の往復がまた行われていた。再三の母親の呼びかけに息子は応えることなく、往復は五回で打ち切られた。父親はすでに出かけており、誰もいないリビングで一階へ降りてくる息子を母親はしばらく待ったが、その気配はなく、母はソファにどかりと腰をかけ、突っ伏すように腕で顔を覆った。同じ家の中のそれぞれ一階と二階、親子はそれぞれの悩み、願いを共有することは出来ていない。

部屋の天井を見つめる史の頭の中は藤森、近藤、二人のことでいっぱいであった。だが学校へ言っても「藤森はなぜあそこまでしたのか」「近藤はこのあとどういう行動にでるのか」その答えには一人ではたどり着けそうにない。それとここのところの馴れない他人への干渉でなんだか色々なことがどうも面倒に思えてきていた。

「なぜ自分はこんなにも拘っているんだ?俺は何がしたかったんだ…藤森や近藤のことなんてどうだっていいじゃないか。昨日だってあんな目立つようなこと…近藤の病室にも…やっぱり学校へなんかいくんじゃなかったんだ。このまま部屋の中でずっと…」

「そうだ干渉することをやめる。それが解決策なんだ。一人で部屋に閉じこもっていれば何も起きないんだ。何も気に病むことはなくなるし、葛藤することだってなくなる。学校には落ち着いたら行くさ。俺の存在をみんなが忘れた頃に。人と距離をうまくとって、卒業して…そのあとのことはその時考えるさ、働くことだってきっと出来る。自立だって出来る」


「本当にそれでいいのか?」


答えが自分の中で出たかと思うと、漠然としたこの問いと不安が頭に浮かぶ。藤森が近藤が…その前に自分自身が分からない。


1年B組の教室では、史が休んでいることで窓際のイケメン、(あたる)が男子たちの標的になっていた。難波や森谷、長浜をイジメている木下が(あたる)に直接手は出さないが距離を取って嫌味を行ったりからかったり喧嘩にならない程度の距離を保ちつつ牽制している。

もちろん(あたる)は相手にすることなく休み時間になると難波たちの「またお散歩ですかぁー」「さっきお散歩行ったばかりですよーおじいちゃん」などの野次を背中に受けながらも教室を出て行き、校内をぶらぶらする。

(あたる)としても校内をずっとぶらぶらするわけにも行かず、適当な憩いの場所を見つける必要があった。「一人になれて、誰からも干渉されない場所…屋上にでも行ってみるか」

屋上への階段はただ一つ、一年から三年までの各クラス用の教室が入っている校舎とは反対側の校舎、移動用教室や職員室などが入っている校舎の三階の階段から唯一上がっていける場所だ。一年の教室からは十分な距離があり、10分の休憩時間内では往復で終わってしまいそうだが、それでも教室の窓からみる空よりも広い空が広がっていて息が詰まりそうな教室と正反対であろうその場所を(あたる)は確かめておきたかった。ただ「居心地が良い場所」を求めている生徒は(あたる)一人ではない。

屋上、そこは体験入部の際、茶道室をたまり場所としていた龍新會の憩いの場所の一つでもあったのだ。

三階から屋上への階段に差し掛かろうとするとき、上から何やら会話が聞こえてきた。

「まさかよ、本当にやっちまうとはなぁ」

(あたる)が「ここにも誰かいるのか…」と落胆し、引き返そうとすると次の会話が耳に入ってくる。

「あいつ、新に裏門でやられたのがよっぽど堪えてたんだな。まあ一発だったもんな」

声の主は卓男で新が続ける。

「近藤の野郎、あいつどうにかしてやりたくてよ、藤森つったっけ?あいつ。脅したらヤるっていうから、半端したら今度は半殺しにしてやるっつったらバット持って行きやがったよ。漫画じゃねんだから」

「自分でやっちまってバレたら停学じゃすまねえかもしれねえもんな。あんだけヤるとなったら誰か使わねえと…さすが!考えが悪どい!」


三階から四階への階段に一段かけられ止まっていた(あたる)の脚は三階へと再び下がり、脚は教室へと戻っていく。

(そうか…だから入院するほどの怪我になったのか…)

(あたる)の頭に一瞬、教室で近藤のことで口論になり、難波たちに言い返していた松本史の姿がよぎった。が、すぐに「他人に干渉するな、時間の無駄だ」という言葉が頭の中に覆いかぶさってきた。それは(あたる)の父の口癖だった。

(あたる)の父は某大学病院の医師で「勉学のみが人間を育み、その人間がどういう将来を歩むか決定するもの」という思想を持ったわかりやすい人間であった。そして何かといえば年の離れた(あたる)の兄の修一と(あたる)を比べ「お前ももっと勉強しろ。修一のように勉学に励み医大へいけ。いいか、遊びや友達など人生になんの役にも立たないんだ」などと言われ幼少期から友達の一人も持つことが許されなかった。小学一年生の時、初めて出来た友達を家に連れて帰ってきた時も、その友達の前で「他人に干渉などしなくていい。それこそが時間の無駄で、そんな時間があるのなら自分の為にもっと勉強しろ」と言い、その子を追い返したのだ。翌日、その子が「干渉するなっていわれたよ!かんしょう!」学年中にその話を広め、(あたる)は変わり者扱いをされ、「かんしょう」というあだ名をまでつけられ小学校でとうとう友達を作ることが出来なかった。だが、そんな父の発言に対してすべてが理解出来なかったわけではない、理解を示せる言葉も瞬間も、あったにはあったのだ。

「いいか、干渉しあって流されるバカな人間など放っておけ。世の中には使う人間と使われる人間。使われる人間の中でも使える人間と使えない人間、この三種類しかいない。干渉しあって流されるようなバカな人間はせいぜい後者の二種類のどちらかだ」

この言葉にだけは納得できた。自分の目で見、体験した以外のものに流され、群れて変わり者を仲間はずれにし、自分の意思を持たない人間などこっちから願いさげだと。友達なんていらないと。

だがそいつらは少なくとも勉強は出来たのだ。私立の名門小学校に通い、難関中学へ進学して行き、行く行くは偏差値の高い高校、大学へ進学していくのだろう。父の言う「使う人間」になり人生の成功者となるのだ。だがその人生の成功者になる予定の人間が、干渉しあって他人に流されているのをこの目で見た。父の言葉には矛盾がはらんでいたのだ。私立の小学校に通っていた植草(あたる)が、この公立の中学校に進学した理由はまさにそれであった。

(勉強なんてどうだっていい…少なくともあんな奴らが挙って集まるような場所、ろくな場所じゃない…俺は使われる人間でも構わない)


教室に戻った(あたる)は、休み中に難波たちに落書きされた松本史の机を見つめながら、何か胸に詰まるような、小学校の時の自分を思い出すような、そんな気持ちになっていた。


「こいつは?松本史は…?藤森ってやつに食ってかかってたのは誰かに流されて行動してたのか…?」

「こいつはなんでここまでされてまで近藤に関わろうとするんだろう。友達でもないんだろ?」


それからの休み時間、(あたる)は教室を出て校内をブラつかず、ずっと教室の自席にいた。難波たちの野次も所詮は野次で、そんなこと気にもならなくなってしまっていた。

(松本史は明日学校へくるのだろうか…近藤が退院したら?)

(あたる)の中で史は少なからず今までの人間とは違って見え始めていた。久しく湧いてこなかった自分以外の人間への興味であった。


松本家では夕飯の時間になろうとしていた。未だに部屋に閉じこもっている史は朝から何も食べていない。夕飯は流石に下に降りて食べよう…そう考えているところに父の帰宅を告げるドアの開閉音が二階の部屋に響いてきた。すこし顔をしかめたが、しばらくして上がってきた母のご飯の問いかけに応えはしないが、食卓へ向かう。


食卓はテレビの音と父が新聞をめくる音、食べる音しかしていない。どうやらここのところは自分のことがきっかけで父と母は喧嘩になることが多いようだ。父は新聞紙で自分の顔を隠すようにご飯を器用に食べている。

そらみろ、どうせまた喧嘩別れを繰り返すんだ。再婚なんかしなけりゃよかったんだ。たしかに自分が大人気ない部分は多々あると感じる。素直に新しい母親と認め、受け入れれば万事うまくいく。料理やら洗濯やら世話になっておきながら拒絶するのは本当に身勝手で子供だ。わかってる。だがどうしても受け入れられないんだ。そんなに簡単に。

とにかく腹は減っている。史はご飯を掻き込むとまた二階の部屋にすぐに上がってベットに寝転んだ。


勝也も一人病院のベッドで横になっている。実はこの病室は同室の大人たちのいびきやデリカシーのないおならで眠れない。

頭まで布団を被って見ても気になってしょうがない。そんな中でも頭の中に浮かんでくる母の痣だらけの顔。早く退院しよう。気ばかりが焦る。


少年から青年になろうとするこの時期は大人たちにそれぞれの感情を抱きつつ成長していく。このころに出会い、影響を与え、また反発すべき対象となる大人たちによって子供達の未来は大きく左右される。

繊細なこの時期に個々でこのざまざまな刺激物と相対すると、価値観が、そして視野が狭いため、屈折してしまう恐れがある。

それを共有出来る仲間があれば、刺激物をいろいろな価値観で意見交換出来たならば、様々な価値観を認められる豊かな大人になれると筆者は思う。

史、勝也、(あたる)も例外ではない。

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