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容赦無く青春  作者: 宮河 辿
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第3話「植草中」

第3話「植草中(うえくさあたる)


「なあ、報復しねえのかよ藤森?」

F組の藤森の机に手をつき、横目で近藤勝也を伺いながら聞いてくる難波と森谷の問いに藤森は答えない。一点を見つめ目を合わそうともしない。一方の近藤勝也も頬杖で顔を隠すようにし、窓の外をじっと見ている。

難波と森谷は二人の冷戦状態を崩すことを諦め教室をでた。

「大丈夫かよ、藤森のやつ」

「まあな、一発だったからな、完膚なきKOってやつよ」

自分がKOしたかのように難波が得意気に答え続けた

「でもよー、前さ、史が俺らに反抗した時があったじゃん?あん時なんか派手に三人で報復してやったのによ。あん時みたいにやり返せばいんだよ。どんな手使ってもさ」

「あん時かー、確か次の日に正面から報復してやったな。他のやつも連れて行ったけど…でもボコボコにしてやったし!」

「たしかに史のくせによ…思い出したらなんか腹立ってきた、教室帰ってイジメようぜ」


二人がB組の前まで来た時、なにやら教室内から怒鳴り声が聞こえてきた。

「テメーさっきから無視してんじゃねーぞ!こっち向けこのやろー!」

教室の中ではクラスの男子三人程が、女子の注目を集める例の「窓際のイケメン」を席の周りで取り囲っていた。イケメンくんは三人の方を見ようとも席から立とうともしない。近藤勝也と同じ様に頬杖で顔を隠すようにし、窓の外をずっと見ている。男子達にはその態度が余計に腹が立つ。クラスの空気は凍りつき、口元に手をやって身を寄せ合っている女子がこういうシチュエーションにはお決まりといった感じでちらほら見える。

「なになに?どったの?」嬉しげに三人の男子へ駆け寄っていく難波と森谷に男子生徒の一人が「こいつ、話しかけてやってるのにうんともすんとも言わねーんだ。」男子生徒は森谷からイケメンくんへ視線を戻し「窓の外ばっか見てかっこつけてんじゃねぇっつーの!おい、こっち向けよ!」そう言うと肩を掴み無理矢理振り向かせようとした。だが逆にイケメンくんがその手首を掴み反対にひねり上げながら立ち上がる。

「いってぇ!」確かな力が加わった結果である悶絶する声に回りはたじろぐ。

「離せこのヤロォ…」絞り出すかのような声に表情一つ変えず放してやるイケメンくん。男子生徒は悶絶させられた上に素直に言う事にも従われ、男のメンツもこのままでは成り立たない。彼の中学校生活はまだ始まったばかりなのだ。しかし追加する攻撃はイケメンくんに尽く綺麗にかわされ、無様な踊りを踊っている様になってしまう。攻撃は一度も当たらない、しかし諦めない。男子生徒の突きのスピードが落ち始めた頃、その攻撃を、抵抗を終わらせるべく、イケメンくんは鋭く無駄のない突きを男子生徒の鼻先で綺麗に止め、相手の動きを見事に止めた。

「や、やだこわい」

一人の女子の声が鼻先前の拳を降ろすきっかけをイケメンくんに与え、彼はそのまま教室を出て行こうとすると教室の入り口でトイレに行っていた松本史と鉢合わせてお互いの顔を一瞬少し見合ったが、言葉は当然なく、イケメンくんはそのまま何事もなかったかのように立ち去っていった。教室に入った松本史は只ならぬ雰囲気と自分のいる入り口に集まる視線を感じ、立ち去っていくイケメンくんを一度振り返ったあともう一度教室内に視線を戻し慣れない注目にきょとんとしている。

「くっそ!あのヤロォ!」寸止めパンチを貰った男子生徒が教室の壁に八つ当たりをしたことで女子たちはまた怯え、難波や森谷、他の男子生徒たちは何ともバツの悪そうな顔をしている。史が自席に戻り、横目でその固まりをそれとなく見ていると、調子良く一人の男子生徒が話しかけてきた。

「うわーっごっつ怒っとるやん、あの逆恨みまたわいんとこ来るがな…ぜったい」なんで関西弁なんだこいつ。「君、松本君やろ?ぼくの名前は長浜、ああそれは苗字で名前は兼二つ合わせて長浜兼や」なんだこいつ。「なんで僕が君の名前を知っとるかいうとやね…きみ、あの窓の近くにおる二人、難波と森谷ともう一人違うクラスのやつ、なん言うたかな…せや、藤森いうやつにいじめられとるやろ?」

聞いてもないことペラペラと…油断していた史の顔の筋肉がいじめという単語を聞いて一気に硬直したか何かを感じ取り長浜兼は慌てて続けた。「違うねん!いや実は僕もやねん、ぼくはあのさっき手首捩じり上げられたやつおるやろ?「やつ」なんていったらまた半殺しにあってまうからチクらんとって欲しいんやけど、あの木下ってのにわいは何かと言うといちゃもんつけられてんねん」

それを聞いて長浜を見る目が少し変わったか、返す口調がすこしやわらかくなる。というかしばらくぶりの質問をした。

「そうなんだ…どこの小学校?」

「わいは西小、っていっても五年生の時兵庫から引っ越してん。松本くんは東小やろ?いじめられっ子同士仲良くしようや」

(そうか、だから関西弁なのか)

「それよりさ、昨日F組のまえで揉めたやつおるやろ?例のどこぞの小学校の制服で登校したやつ、あれどこの小学校か知ってる?誰に聞いてもわからへんねん。名前は近藤勝也いうらしんやけど。それと木下いわしたさっきのイケメンくん、名前は植草中ちゅーんやけど。これまた他のことは誰もしらへんねん。つまり謎やねん」

自分の知らない情報が存在することがどうやら嬉しいらしい。

「おい!うるせーぞ長浜!汚ねえ関西弁でゴチャゴチャ喋ってんじゃねえ!」

すまへんと木下に頭をさげ、ほな続きは後でみたいな合図を史に送ると、長浜はそそくさと席に戻って行った

(あんなに口数が多く、誰とでも上手くやっていけそうな人間でもイジメられることがあるのか…)


授業開始のベルと同時にイケメンくんこと植草中は帰ってきた。木下や難波、森谷は授業中も睨みつけていたが、授業が終わるとまたすぐに、植草中はいざこざを避けるように教室から出て行った。そして始業前になるとまた教室に戻ってき、授業を受ける。不良たちの視線を避けるように、窓の外をずっと見ていて授業を聞いている様子はないが、問題を解くように教師から指名されると前へ出て、黒板に回答をサラッと書いてしまう。それを見て女子たちはますます色めき、不良たちは熱り立つ。そして授業が終わるとまたすぐ教室を出て行ってしまう。植草中を不良たちは追いかけることはしない。あくまで一定の距離をとって牽制することしか出来ず、そのフラストレーションは松本史や長浜に降ってくる。

知らない人間と顔を突き合わせて食事をとる苦痛な給食時間が終わると、史はすっかり学校を飛び出したくなっていた。今日は6時間目まである。あと二時間。こんなことが一週間、一ヶ月、いや三年間も続く。おそらく耐えられないだろう。また毎朝嘘をつき、父にいっそう煙たがられることになるだろう。学校にも家にも居場所がない。そう思うといたたまれなくなるがそんなことを相談する相手なんていない。

そんなことを考えていると誰とも関わりを持とうとしない植草ってやつの気持ちが松本史には少しわかるような気がした。そしてそう思い始めると休み時間に自席に座っていることに耐えられなくなり、松本史も植草と同じように休み時間になると教室の外に出るようになっていた。


数日経つとF組の前から人集りはなくなっていた。近藤は相変わらず自席からずっと外を見ているし、藤森も動かず、じっとしている。

一見それは平和に見えるが、藤森を知る史にとっては嵐の前の静けさといった感じであった。休み時間、教室にいても居場所がない松本史は最近遠巻きからその様子を見ていることが多くなっていた。松本史にとって連日登校して来ること自体が珍しいことだったが、藤森が大人しくしていることもあり、史への難波と森谷からの攻撃が少なくなっていることがこの稀に見る連続登校に繋がっていた。中学校は小学校より人間が増える。それ故に自分への注目も薄まる。松本史はもしかしたら通い続けられるかもしれない、そう感じ始めていた。このまま息を殺して三年間、地味に、誰にも干渉されずに、干渉せずに。だが、藤森と近藤、この二人のことはストーカーや張り込みの刑事のように遠巻きにその動向を観察せずにはいられなかった。それにはある確信があったからだった。

「藤森は絶対復讐する。どんな手をつかっても」しかしそれはもう立派な干渉であった。

「おい史ちゃん、そんなに藤森のことが気になるの?」肩に手を回してきたのは難波だった。「ちょっと付き合えよ、最近つれねーじゃん」森谷は強引に松本史の制服の襟部分を引っ張り、拍子にボタンを幾つか飛ばした。給食場の裏手まで引っ張っていかれ、腹に四発、脚に蹴りを六発もらった。彼等は今キックボクシングにはまっているらしく、お気に入りの格闘家の名前を叫びながらローキックを入れてくる。松本史は相変わらず無抵抗で、顔に貰わなければ他人にとやかく言われることもないので問題ないと思っていた。攻撃が痛いと思ったことはない。しかし一発ごとに自分が惨めで情けなく、プライドの皮を一枚一枚剝がさられるごとに悔しくてたまらないのは昔から変わらない。人間には何も期待していないはずなのに…痛くもないのに涙をこらえる事はいつも大仕事だった。難波と森谷は一定疲れると教室へ戻っていき、取り残された史は入念に学生服に付いた土埃をはたく。イジメの痕跡は残っていないか?脚先から視線を上げてゆくとぼたんが外れていることを思い出した。

「もし帰って母親に無くしたボタンの事を聞かれたら?」

平静を装い、友達と遊んでいて無くした等の嘘が自分につけるだろうか。面倒なことも聞かれたくはないし、この精神状態だときっと何かあったことはすぐにバレてしまうだろう。帰るまでに正常な精神に、戻すことはできるだろうか。

外れて飛んでしまった場所は覚えている。F組の前だ。松本史が戻って行くとそこにはボタンを持った近藤勝也が立っていた。近藤は黙って立っている。そして無言のまま松本史に近づいてくるとボタンを手渡し、何も言わずその場を離れて行く。松本史は暫くそこに立ちすくしてしまっていた…

(なんであいつが?見てたのか?でもなんでわざわざ?)


その問いがはっきりとした言葉としてではないが、松本史の頭の中を暫くぐるぐる巡っていた。

そして内向的な自分でも信じられないが、一様に考えが巡った頃、近藤勝也を松本史は追いかけていた。そして生徒が少ない反対校舎の薄暗い階段下辺りで近藤勝也を呼び止めると、近藤はゆっくりと呼びかけに立ちどまった。呼び止めるところまでしか考えていなかった。しかし一瞬思考が止まった後、直ぐに言葉は出てきた。久しぶりに自分から人に話しかけた気がする。

「藤森は絶対に報復する」

近藤は少し間をおいてやっと「報復相手は自分」と気づいた

「…だからなんだよ」

返す言葉は浮かんでこなかった。そんな松本史を近藤は伺うようにじっと見ている。


振り返り再び歩き出した近藤のスリッパの音は静かな廊下に響き渡る。

(なんであんなこと…)

松本史はその音が聞こえなくなるまで暫くその場に立ち尽くしていた。

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