第2話「近藤勝也」
第2話「近藤勝也」
「何考えてんだ!」
川上の怒号は職員室の隣の部屋にある生徒指導室から漏れ、東校舎二階の廊下に響き渡った。入学式をさぼって様子を見に来ていた二年生の不良男子生徒たち三人は、部屋の中の教師達に気づかれないようにそっとドアを少し開け、生徒指導室の中の様子を伺う。
室内では相変わらず怒鳴り続ける川上、床に正座させられ黙っている問題の一年生。それを取り囲むように屈強な男子教師三人が立っている。
「おい、どんなやつなんだよ!収!」
二年の不良少年たちは、わずかなドアの隙間から教室の中の様子を伺おうとしているが、三人同時に中の様子を伺うことは難しく、代表してこの収が行なっている。その後ろに新と卓男が控えている。
「うまくみえねーよ!あっち向いて座っちゃっててさ」
新と卓男は「なんだよ」って表情だ。
「まあ顔はいいや、入学式から問題起こすようなやつだぜ?凶悪にきまってら。体はどうだよ、でけーの?」ワクワクしたように新。
「それがさ、べつにフツーだぜ。でかくもなんともねーのよ。変ってるって言ったらよ…小学校の制服着てるぐらいだよ。でもあれ何処の制服だよ。見たことねーの」
「なんだよそれ?小学生なのそいつ?一年じゃねーの?」収の返答に卓男も何やらわからない。
「いや一年だよ。だって川上が「なんで制服着て来ないんだ!」ってキレてんぜ。うーん髪の毛染めてるとかそんなのもねーし。普通のやつらの喧嘩じゃね?喧嘩っていうかじゃれあいってやつ?」
卓男と新の顔からはワクワクが消え、収は「あれ?笑うとこだよ?」ってな顔をしている。
「戻って龍ちゃんに伝えっか。普通のやつだったーって」と新が一番にうんこ座りから立ち上がる。
この三人は、今朝下駄箱で新入生を誘導していた川上を二階から罵った二年生達である。新のいう「龍ちゃん」というのは川上を一喝して黙らした男である。
少しがっかりしたように引き上げる新と卓男の背中に収が
「ちなみに名前は近藤だってよ、近藤勝也」
と投げたが、
「どうでもいいよそんなこと」
二人の背中はそう言っているようだった。
体育館での入学式は、校長の長く退屈な話も終わり、残るは各クラスの担任発表のみとなっていた。しかし入学式前のHRで各担任はもうバレていて生徒達にドキドキなどあるはずがなかった。かといって、この場で始めてわかる形式をとったとしても新入生達には各教師の特性がわかないので、気持ちの浮き沈みはせいぜい第一印象からくるものの他はなく結果は大して変わらなかっただろう。
バスケットコートが三面入っている体育館内には一番奥のステージから順に一年生、二年生、三年生、新入生の保護者がならんでいる。各担任の発表が終わると新入生の退場にて入学式は締めくくられる。体育館には二階部分もあり、そこで準備している吹奏楽部が演奏で一年生の退場を演出する。保護者たちは退場していく成長した我が子に暖かい眼差しを送りその姿を見送っていく。その中には松本史の母の姿も見えた。我が子の姿を見つけることが出来た母親だったが、当の我が子は母の存在など頭の片隅にも無いかのようで、何処か上の空でぼーっとした様子であった。松本史の頭の中の対象は近藤勝也だった。「あいつ入学式出れたのかな。出れたら多分列には入らず、入り口の方にいるのかもな」しかし松本史の考えとは違い、体育館に近藤勝也の姿はなく、その時彼はまだ生徒指導室にいた。生徒指導室内の教師たちは近藤勝也に対して大した進捗を上げることが出来ず、川上が職員室から近藤のうちへ何度も連絡するが誰も電話に出る様子がなく、近藤の親を捕まえられずにいたのだ。
「おい、近藤、お母さんは家にいないのか?問題を起こしたんだ。親御さんに来てもらわんとこまるぞ。お父さんの勤務先は?」
近藤勝也は答えない。親たちが何処にいるか検討がついているのか、それとも本当にわからないのか決っして答えない。
「まあ川上先生。相手の藤森の怪我も大したことありませんし、両親には電話が繋がり次第、事のあらましを伝える形でいいんじゃないでしょうかね」
黙秘を貫く近藤勝也を見かね、同席していた教師が口を開いた。川上はまだ何か言いたそうだったが、その教師が川上に間を与える事なく続け、近藤勝也へ処分を言い渡した。
「まあ今回は、藤森も大した怪我じゃないからな。停学とかそういうことは無しだ。でも今後もこういう事が続くようなら親御さんにも来て頂いてそれ相応の話を聞いて貰わにゃならんからな。」その教師は少し近藤勝也の身なりを見て続ける「それから制服、用意出来そうか?」
近藤勝也は最後まで誰とも目を合わす事なく、口を開かなかったがその問いにだけ首を横に振って答えた。そして生徒指導室から出ることが出来た。近藤勝也の手にはすぐに規定の制服を買い直すという条件で職員室にあった卒業生から没収した違反制服が持たされていた。今日は他生徒達の目もあるということで、近藤勝也はそのまま他生徒と帰宅時間をずらす形で帰されることとなった。
近藤勝也に唯一リアクションを貰った教師は、川上と共に下駄箱に向かう近藤勝也の背中を見て、「ふうー」とひと息つき、その息で近藤の背中を押してやった。この教師の名前は太田。一年団の学年主任である。
殺風景なグラウンドを斜めに横切り校門へ歩く近藤勝也の姿が、教室にもどってHRを受けていた窓際の松本史の席から伺うことが出来た。その横顔はなにかを背負っている。中学生になったばかりの松本史にもそれは感じることが出来る程だった。窓の外ばかり見ている松本史を副担任はまた注意し、後ろで難波と森谷がまた何か言っている。下校時、松本史はまた二人にまたカバンを蹴飛ばされたりしたけれど、気持ちは何処か別の場所にあり、家に帰って飯を喰っているときも、風呂に入ってるときも、好きな女優がテレビに映っているときも、夜布団に入ってからも、ずっと近藤勝也のことを考えていた。何か内容があるわけではなく、それはただ簡単に「明日、あいつ来るかな」その程度だったのだけれど、史にとって明日の学校のことが気になるなんてことは生まれて初めてだった。
翌朝の松本家は平日の朝に関わらず母の階段の上り下りなく、静かな朝を迎えていた。松本史が父親よりも早く家を出たのだ。母はいつもと違う様子に驚いたが、父はというといつもと同じように新聞で壁をつくり、反応を見せることはなかった。
家を早く出たといってもそれは普通の時間帯より少し早いぐらいであって、通学中の生徒達はまばらにいる。松本史の目はそんな生徒達に向いている。注目は一人。しかし注目の近藤勝也の姿はない。
学校の裏門前には細い一本道がある。その道は裏門側から学校へ入る唯一のルートになっていて、裏門側に住む生徒たちや、通学路上、裏門から入るのが最短ルートになっている生徒たちはその道を必ず使用する。松本史の通学路も裏門側。学校の敷地を周回して正門へ回り、校内へも入っていけるがわざわざ理由も無しにそんなことをする生徒はいない。しかし裏門の一本道に松本史が差し掛かると、どうもその道を避け、正門の方へ迂回している生徒が多い。理由はすぐにわかった。細い一本道の入り口には二年生の不良たち、収、卓男、新 が通行止めをしていた。
「ここ通りたかったら通行料はらえよ」
まわりの生徒達はその道を避け、正門へ向かっている。皆いつものことの如くその道を避け、正門へと急ぐ。
(不良って早起きなんだな)
松本史が自転車を止め、その光景をみていると二年の不良達に近づいてゆく新入生がいる。難波と森谷だ、それに藤森もいる。藤森は窓ガラスに打ちつけられた時、割れたガラスで肩口を切ったが傷も浅く、大事には至らなかった。しかし制服の右側の肩口は破れ、表情も酷く自尊心を傷つけられたらしく、昨日中学一年生になったばかりの少年の朝の様子ではなかった。
「あのー、取り込み中しつれいします。二年の[[rb:龍新會 > りゅうしんかい]]の皆さんですよね」森谷が媚を売るような第一声を放った。
「あー?なんだよ?おめーら?一年だろ?なんで龍新會のこと知ってんだ?」
「そりゃあもう、龍新會知らん奴なんておらんすよ、このへんで。もぐりっすよ!」
松本史は心の中で「質問の答えになってねーよ」と森谷にツッコんだが、当の本人達はそのまま話を進めていく。
「やっと俺らの名前も浸透してきたか」満足そうな収を遮るように難波が前に出てきた
「それで?今日、龍さんは?」
「?…この時間にはいつもこねーよ、昨日は珍しく早かったけどな、二時間目終わったぐらいに来るんじゃね」
「ああそうなんですね」
途端に難波は熱演中にセリフが飛んでしまった舞台俳優のように一点を見つめ固まり、聞きての収はそれを観賞している怪訝な客となった。
卓男が前に出てくる。
「失礼な奴等だな、俺らには用はねーってか!?」
「いや!そんなことないっすよ!」
「おい!オメーはなんだ!?さっきからブーたれたみてーな顔しやがって!」卓男は森谷、難波の後ろでどこか上の空の藤森を怒鳴りつけ、辺りの注目を集めた。卓男に視線を向けた藤森だったが、当の本人はそんなつもりはなかったが、少し自分より背の高い相手を見上げたことで睨み上げたようになる。
「なんだてめーこのやろー!」
「違うんですよ!こいつ昨日わけわかんねー奴にやられちゃって気が立ってんすよ、勘弁してやってください」
難波が卓男に詫びを入れているその時、脇を抜けて裏門向かう行く一人の人影に悪ガキたちは気がついたが誰もその影を止めることは出来ない。一番後ろにいた新だけがその影を捕まえることができた。新は相手の肩口を掴み、みんなの方にその影を振り向かせる。
「おい、ここを通んのは交通費がかかんだよ。通りたきゃ金だせ」
「通行料だろ」なんてツッコミをいれる余裕がある人間はもう誰もいない。
それは近藤勝也だったからだ。
その顔をみて一番に反応したのは藤森だった。
「てめえ!近藤ーー!」
藤森はすでに火の玉のようになり、前にいた収と森谷を押しのけるように近藤勝也へと襲いかかる。
しかしその一瞬で且つ激しい出来事に反応し、そこへ割って入った人物がいる。新だ。新は一心不乱に近藤勝也へと襲い掛かる藤森の顎先に右拳を一発入れ、そのまま地面に崩れ落ちさせた。気絶している人間を始めてみた森谷と難波は青ざめた表情で一歩退く。通学中、騒ぎに足を止めてしまった人だかりの女子たちは悲鳴をあげている。松本史はその戦況を今だ見守る。
再び睨みを利かせてくる新に近藤勝也は
「そんなもんねーよ」と応えた
皆、藤森がぶっ倒れたせいで新が近藤勝也に投げたセリフを思い出すまでに数秒かかってしまい、その場でまた変な間ができた。
「誰に口聞いてんだ」
新がポツリといい、間を壊す。全員に二人の戦いのゴングが聞こえた。新の迫力は中学二年生にしては中々の迫力で周りに居合わせたほとんどの者たちはゴクリと息を飲んだが、近藤はそのまま真っ直ぐに立ち、新の睨みから目を外さない。近藤のその目も中学生にして人間の顔面をなんの躊躇なく殴る新を足止めさせているのだ。
松本史は周りの人間とは一つ遅れる形で、ここで息を飲んだ。松本史からみた近藤のその眼は新の「睨み」とは違った印象を受けたのだ。圧倒的な凄みの中になにか「悲しみ」や「諦め」のような「凄み」とは相反するものを感じたから。
勢いを失い、苦し紛れに繰り出された新の右の大振りは空を切る。
バックステップでかわした近藤は裏門へと振り返り、そのまままた歩き始める。新は追うことが出来ず、騒ぎを聞きつけた教師達が校内から走ってきて近藤とすれ違う。教師達の中には生徒指導室で制服を近藤に手渡した太田もいたが、近藤は教師の誰とも眼を合わせることなくただ真っ直ぐ前を見て裏門から下駄箱の方へ向かっていく。
そんな近藤の様子を眼で追っていた太田以外の教員達は真っ直ぐ新達の方へ走って行く。それぐらい近藤は無関係に見えたのだ。収と卓男はひとまず新を連れて野次馬を掻き分けながらその場を離れていく。気を失っている藤森を難波と森谷は放っておけず、そのまま教師達に捕まった。
松本史は一度も現場を振り返らず、肩に力も入っていない様子で平然と歩く近藤勝也の背中が見えなくなるまでじっと見つめていた。というより、それに見とれていた。背中が見えなくなると登校途中であることを思い出し、教師達、藤森達がいる裏門への一本道を避け、正門へと少し急いだ。
少し自転車の車輪を早く回したのは遅刻を恐れてのことではなかった。
結局教室に着いたのは始業ギリギリの時間だったが、今日に至っては裏門側にあたる通学路の生徒たちに関してはほとんどが朝の騒ぎの野次馬となり、教室に滑り込む形となっていた。当事者の難波と森谷の姿はなく、担任の教師もHRを欠席し、代わりに副担任の岡野が少し遅れて一人で教室に入ってきた。今朝の件についてはなんの説明もせずにそのままHRを始めたが、大体の生徒は察しがつき、こそこそと喋り始めるものもいた。「きっと藤森の件だぜ、難波と森谷もまだ来てねーもんな。指導室かな?」こそこそと始める男子生徒たち。それを物騒なものでも見るかのように横目で観察する女子たち。教室内のざわめきは次第に大きくなり、女性の副担任では手に負えなくなってきている。
だが岡野は注意はせず、そのまま進行する。きっとこちらが注意をし、その話題から離そうとすれば、返って生徒達の中で直接的な質問を投げかけてくるものが出てくるからだ。
HRはそのまま流れるように終わり、岡野先生も足速に教室を後にし、質問したそうな生徒達を置き去りにした。
HRが終わると生徒達の話題は一斉に朝の一件一色となった。
「難波と森谷がいねーもんな!担任もいねーし、きっと朝の一件で職員室にでもいるんだぜ!」
「お前みたかよ?藤森が一発でのされたところ!スゲーよな、ボクシングの試合みたいだったぜ!」
拳を振り回すようにボクシングの真似事を交えて意気揚々と語っている。
「あののされた奴お前らとおなじ小学校なの?」
「ああ俺等とおなじたぜ、そこの席の二人、藤森の取り巻きの難波と森谷もな」
「ふーん、やべーな、入学二日目から上級生と喧嘩だもんな。F組の藤森って昨日も廊下で喧嘩してたあいつだろ?」
クラスの男子達はそれぞれの情報を交換し、血気盛んな会話で交流しあう。男子達はこういう会話で女子たちの気を引こうとするが、女子たちは引く一方。健全な女子たちはイケメンスポーツマンが好みであることをまだこの年の馬鹿達は気付かない。
そうあんなやつ、こんな折でも片肘をついて静かに窓の外を眺めて、静かにしている。その目は大きくもあり目尻は鋭く上がっている。立ち上がると背は高く、身体もしっかりしている印象がある。既に何人かの女子の注目を集め、何人かの男子の苛立ちを買っているようだ。
「でもよ、藤森も馬鹿だよな、いきなり二年生に喧嘩売るなんてさ
(ちげーよ)と史は心の中でツッコむ。だが幸い他にも見ていたやつがいた。
「ちげーよ。俺、最初から最後までみてたんだけどよ、藤森は二年生に喧嘩吹っかけたんじゃねえよ、結果的にのされちまったけど。」
「なに言ってんだよ、頭の悪りぃ説明してんじゃねえよ。分かるように言えよ」
「だからよ、藤森が喧嘩吹っかけたのは多分昨日のやつなんだよ。あいつがいたんだよ」
「なんでわかんだよそんなこと?」
「だってよ藤森のやつ、そいつみた瞬間殴りかかったしさ、二年生も昨日騒ぎ起こしたのはおめーかとかいってたもんよ」
「まじかよ、てかそいつ小学生じゃなかったの?」
「うーん、でも今日はちゃんと制服着てたぜ、しかもやたら気合入ったやつ。」
「え?あいつがそうなの?てかおれ先輩のパンチそいつがよけたとこからみたわ、喧嘩慣れしてる感じだった。」
クラスの男子達はF組の様子を見に行こうと教室を飛び出していったが、一限のチャイムが鳴り、古文担当の副担任岡野とともにいそいそと教室へと戻って来た。
一限が終わってからはF組の近藤を見にくる男子達が絶えなかった。近藤は席を立つ事もせず一日椅子にすわっていた。三時限目で戻って来た難波と森谷も、遠巻きから威嚇するのみで直接関わりにはいかなかった。当の藤森は、あのまま病院送りになり、そのまま今日は教室に戻らなかった。
下校時、校門や通学路には教師達が立ち、普段、新達がたむろっている騒ぎがあった裏門前の一本道は特に警戒されていた。それから教師達が警戒していた一週間程は健全な騒がしさが保たれた。藤森も騒ぎがあった翌日には登校してきたが、特に近藤勝也に絡んでいくこともなく校舎には静かな空気が流れていた。しかし平穏に見えたその雰囲気の中で不良達はじっと息を殺し、企み事を計画し、教師たちの警戒が解けるその時を待ちながら近藤勝也の様子を伺っていたのだった。




