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容赦無く青春  作者: 宮河 辿
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第1話「狂暴で繊細な青い心」

「なんか頭いたい」

閑静な住宅街の一軒、松本の表札を掲げた家の二階に寝ている少年は、閉じきったドアの向こうの廊下に立つ母親に言った。

母は少年の虚偽の申告をすぐに見抜いた様で呆れ果て、仕方なく説得に入る。

「今日は入学式よ」

母親は子に小言を重ねてゆくタイプではなく、その一言だけを残し階段を降りてまた五分後階段を上ってくる。

「…起きなくていいの?」

またこの一言だけ。この階段の上り下りと声かけを慣れた様子で五回ほど繰り返し、後の判断は子供に委ねる。

四回目の上り下りのあと、一階のリビングで母親から父親への小言が少年の部屋まで微かに届いた。その後少し怒りの籠った物悲しい父の玄関のドアの開閉音が家全体に響く。これもいつもの事。松本家の朝の光景である。

五回目の母親の上り下りの後、学校に間に合うギリギリの時間、二階の階段から、真新しい制服を着た十三歳の少年が降りてきた。

母親の「ご飯は?」の呼びかけには応えず、顔と歯、朝シャンプーを済ませ、濡れた髪のまま玄関のドアの開閉を行う。無論「いってきます」などはない。

後に残された母親の溜息だけが、閑静な住宅街の主婦だけの時間のゴングとなる。


松本家の少年が通う「東中学」は家から五キロ程の距離にあり、少年は家から自転車に乗りこれから三年間そこへ通うことになっている。母親に買い与えられた通学用の自転車を車庫から出し、松本少年はペダルを重そうに回し始めた。中学校への道中には少年と同じ校章の入った制服を着た少年少女が何人か確認出来る。

十二歳を超え、十三歳を迎える日本の少年少女には稀な場合を除き、この「中学校へ通う」という義務がある。少年少女はこの日本という国に生まれた以上その義務を果たさねばならないし、中学を卒業した後さらに最低限高校へ進学して大人にならなければならない。親もそのレールに子供を乗せてあげなければならないし、そうしなければ我が子が将来まともな職に就けない可能性が高くなる。将来しっかりとした、そうしっかりとした仕事についている自立した「大人」となれない可能性が出てくるのだ。

だが義務や親の想い、世の中の仕組みが完璧には理解出来ないのが思春期の少年少女で、彼らは大人、自立した大人というものをまず想像出来ない。若い心と体をいつまでも持ち続けられるとまでは思っていないが、彼らには頭で分かっていても想像がつかないのだ。今の守られた学生という立場、それを構成しているコミュニティの中でしか本当の意味で理解が出来ない。だが大した疑問を持つことなくほとんどの少年少女がこの同じ道を通って同じ場所へ通って行く。それが当たり前で普通だと教えられ、皆がそうするからだ。

学校へ通い出ししばらくすると、通い抜くことへの微かな疑問が生まれてくる。だが友達との馬鹿話、好きなアイドルの話なんかで誤魔化しながら毎日学校へ通う。勉強することは楽しくない、何のためかもわからない、だがほとんどのものはそれをごまかしそこへ通う。

ほとんどのものはその疑問符を誤魔化して学校へ通い、卒業して、社会へと巣立っていく。それが普通なのだから。

だが中には少年少女の段階でその「普通」が出来ない少年少女もいる。その少年少女たちは誤魔化すことができず、かといって人間が生きる建前を、一片の理由を形成することが出来ず、大人の時期を迎える。そして用意されている課題「自立」を達成出来ず、自立の向こうに待っている「社会」に入れず、居場所をなくしていく。つまり問題を抱えている「社会に不適合な人間」とされてゆく。純粋に意味を追求したいだけだったのに。

自我をある程度成長させた状態で通う中学校というこの場所で、あるものは人間が組織の中で生きていくための必要な力を身につけ、そしてあるものはその力を身につけることに疑問を持ち、そこからの淘汰されて行く存在になり始めてゆく。


今日から中学生となった少年少女達は、小学校から一緒に繰り上がった友達、あるいは他学区の同級生達と、あらたなステージ「中学校」という場所へ通う。松本家の少年、松本史(まつもとふみ)もその一人である。


松本史には馬鹿話をする相手も好きなアイドルを共有する相手もいない。一人で桜が咲きほこった通学路を行き、緊張感のある校門を抜け、校内へ入っていく。

校内にある自転車置き場へ進むとそこには一年生から三年生まで共有で長さ七十メートル程の屋根付きの自転車置き場が一直線に並んでいる。一年生の置き場は一番奥となる。これは入学前に物品の購買や事前説明会に母親と学校へ訪れた際に案内されている。

体育館、武道場、プールの裏手に当たるその場所は、今日は一年生を誘導する教員がいるが、普段は一年から三年が会す場所であって教員の監視下が唯一ない場所である。大きな体育館や武道場に陽の光を阻まれ陰鬱なその場所は、生徒たちが開放的になる場所なのだ。今日は校内の生徒たちは皆、浮き足立ち、ざわめきあっている。松本少年は一年生の置き場である一番端に真新しい自転車を置き、下駄箱へと向かった。

新しい環境に身を置くのは新入生だけではない。在校生は進級、そしてクラス替えがある。教員達に至っても受け持ちのクラスが変わり。皆新しい環境に少なからず胸を躍らせる。今日はそんな日なのだ。今日から何か変わるかもしれない。皆そう期待する日なのだ。


今日は学校全体がなんとなく浮き足立ち一日が早く過ぎて行く。

自分に特に注目が集まる日ではない。松本史が今日学校に来ようと思ったのはその理由からであった。

「今日は空気みたいな存在でいられる」「それにもしかしたら新しいスタートがきれるかも」そんな他の生徒達とは違った期待を抱いていた。


下駄箱まで行くと、そこには新入生の人集りが出来ていて、皆一様に白い壁に貼られた大きな名簿欄の中から自分の名前を探していた。A組からF組の各クラスの下に生徒たちの名前が並べられ、その横に出席番号が書かれてある。靴箱にはクラスと出席番号が書かれてある。

「つまりは自分のクラスを確認して出席番号の場所に靴を入れろってことか…」松本史がルールを理解すると同じタイミングでガタイのいいジャージの男子教師が正解発表の如く「自分のクラスを確認して、下駄箱に靴をしまうように!スリッパはもってきたか⁉︎それを履いたら各自の教室に入りなさい!教室はこの渡り廊下の先の廊下に面して向かって右からA組だ!」と声を荒げた。

新入生たちは皆一様に自分は何組か、親しい友達は?嫌いなあいつは?自分の一年を学校生活を左右する一枚の紙切れのまえで一喜一憂している。ルール説明係の教師の声が少しずつ大きくなっているのはその一喜一憂の為であろう。


「川上のヤロー必死だな、第一印象が大事ってか?」

二階からこちらに向かって声がする。その声に反応するその川上という教師は、さっきまでの様子とは打って変わり、青ざめた表情を見せる。その表情は松本史にもしっかり伺えた。

声の先には、如何にも不良少年といった風体の上級生の団体が溜まってこちらを見てニヤニヤしている。

「早く教室に入れ!」

威厳を取り繕う教師川上を、その中の一人の上級生が一喝する。

「うるせえ!」

下駄箱周りの新入生は勿論、川上もその迫力に押され、辺りは静まり返った。その一言は新入生達が抱いていた華やかな中学校生活のイメージを一瞬にして見事にぶち壊した。

さっきまでの様子と打って変り、早々とクラス割を見て教室へ向かう新入生。その中に、クラス割りには目もくれず、二階の上級生連中に憧れにも似た眼差しをおくる見馴れた三人組を松本史は見つけた。「藤森」「難波」「森谷」の三人だ。松本史がクラス割を確認する際、まず最重要項目としたいのが、この三人の名前が自分と同じ欄にあるか否かだった。この三人は松本史と同じ小学校出身であり、通学路も同じであった。なにかと言い掛かり付けてくることが多く、標的とされていたのだ。


そう、三人はイジメッ子であり、松本史はイジメられっ子であった。少年の憂鬱の源はここにあった。


この三人とは小学生の時、通学路まで一緒だった。三人は松本史のランドセルを後ろから蹴り上げ、ワンタッチ式の留め具をつま先でジャストミートし、ランドセルを開けるという遊びにハマっていた。藤森、難波、森谷の三人は、通学時に松本史のランドセルを順番に蹴り上げ、見事一番先にランドセルの蓋を開けたものには、そのまましょっているランドセルをもう一度下から蹴り上げ、中に入っている教科書やら筆箱やらをランドセルの外へぶちまけられるという、なんとも爽快な豪華特典が付いてくる。そんないじめに飽きることなく昂じていたのだ。片道約五キロの徒歩通学路は一般には長いが、いじめっ子三人にとっては学校への遊歩道であった。だが松本史にとってまさに苦行の道のりだった。三人との朝の登校は日曜日以外毎日で、土曜日は午前中授業で集団下校となる為、行き帰りの苦行となる。隊列は六年生の班長を先頭とし、前から一年生を順に並んで登校する。藤森、難波、森谷は同学年の為、進級しても常に松本史の後ろにつけていた。

ここで「上級生や他の生徒たちは?注意しなかったの?」と思われるだろうが、三人の悪ガキ達は学校一の悪ガキで他生徒もイジメを黙認している形だった。だが、等の松本史本人もずっと黙っていたばかりではない。四年生進級時、一度三人に反撃し、勝利を収め周囲を驚かせた。だが、その後そろばん塾の帰りに三人に加え、加勢したものたちに闇討ちにあい、馬鹿らしくなりそれから反抗することをやめた。

反撃してもやり返しがある。これじゃあどちらかが死ぬまで切りが無い。松本史は「ランドセルを蹴り上げられるぐらいいいか」と思うようになり、残りの小学校生活、ワンタッチ式の留め具が壊れるまで大人しく三人に蹴らせてやった。留め具のこわれたランドセルの蓋はいつも動きに合わせてブラブラ頼りなく揺れ、少年の悲壮感を演出していた。

藤森、難波、森谷、松本史はこういう関係性なのだ。

「オイッ史!ランドセル新しいやつ買って背負って来いっつっただろーが!」

藤森が松本史を見つけ、いきり立つと森谷が続く。

「中学生になったからって調子のってんじゃねーぞこのヤロー」


「そりゃおめーらだろーが、上級生見て勢いづきやがって…」

松本史はそんな面倒を起こす様なことはもちろん言わない。そんなことよりも、その状況に触れないように通り過ぎてゆく同級生達に対する「やっぱりみんな見て見ぬ振り」その感情のほうが松本史には相変わらず大きかった。小学校の時、同じ通学班にもかかわらず、一度たりとも助けてくれなかった上級生。

「中学校なんかやっぱりくるんじゃなかった。群れて、それをあたかも自分個人の力のように勘違いをし、それを誇示したり、見て見ぬ振りして自分の身を守ったり、そんなやつばっかりじゃねーか」

そう心の中で呟きつつ、張り紙に書かれてあったB組の教室に入って指定されている窓際の一番前の席に着いた。少し送れ、悪振り、かったるい感じで難波と森谷もB組の後ろの方の席に着いた。

教壇には白髪で針金のような髪質の五十代、もしかしたら六十代、いや七十代でもおかしくない痩せ型のおじいちゃんが立つ。その横には三十代後半ぐらいのひな人形のような顔立ちのおしとやかな顔つきの女性がつき、まるで介護センターのような絵面になっている。


「あー、おはよう!えー、みんなは今日から中学生になったわけだが、みんなの先輩になる二年生、三年生が体育館でみんなを迎える為、あー、準備して待ってくれています。えー、これから…」白髪の老人の言葉が詰まり、その目線の先にはひだりてで頬杖をつき窓の外をじっとながめている松本史がいた。白髪の老人は隣の介護女性に首で松本史を注意するよう促すとそのまま話をすすめた。介護女性は松本史の頬杖の左手を優しく掴むと「松本くん前むいて」と顎ではなく言葉で先生の話を聞くよう注意してくれた。後ろの席の方で難波と森谷が何やらゴソゴソいってるのはわかったが松本史はその先生がもう自分の名前を覚えている事に驚き、しばらく老人先生ではなく、その介護女性のような先生を見つめてしまった。しばらくして左胸に付けてある名札の存在を思い出しなんだと思った。入学式の担任紹介でその先生は岡崎(おかざき)という名前だと知った。

「あー、では、体育館シューズをもって、廊下へ出て下さい。あー、並びは出席番号です。」

どうやらこの老人の「あー」とか「えー」とかいうのは癖のようだ。

席を立って廊下へ出ると、難波と森谷が松本史を囲ってきた。森谷がしゃくりあげるように何か言おうとした時、遥か向こうのF組の廊下のガラスが割れ、女生徒の悲鳴と教師の怒声が廊下全土へ響き渡った。一番端のA組の生徒までも廊下へ駆け出し、逆側の廊下の端にあたるF組の方へ注目した。無論B組の難波や森谷、松本史も少し遅れて廊下へ出てきてF組の廊下に注目した。

「コラ!何やってんだ!」

怒声を上げていた教師は、さっき下駄箱にいた川上と呼ばれていた教師だった。「やめんか!」「はなれろ!」「こっちにこい!」などの声が聞こえ、暫くするとE組、D組、C組の順番でまるで波のようにB組まで、生徒が廊下の窓から見える渡り廊下に目を移すアクションが伝染してきた。松本史、難波、森谷も渡り廊下へ目を移す、するとギョロ目の気の弱そうな多分F組の担任と思われる男性に肩を借りて運ばれて行く藤森の姿が見えた。藤森は左手をダラリと下ろし、学ランの袖から出た左手からは肩口あたりからはつたってきた血が見え、それは滴り、渡り廊下に点々と痕を付けている。松本史がふと横をみると難波と森谷がそれを見て固まっている。松本史はこの時、もちろんザマーミロの感情でもなく、でも驚きと言い切れる感情でもなく、なにか不思議とワクワクするような気持ちを自分の中に感じていた。後々インタビューなんかを受けたりしたらきっと「小学校とは違う、もっと何かとにかく違うことが起こりそうな気がしましたよ」少し誇らしげにそう答えただろう。

我に返り、難波、森谷と同じように藤森の事が少し気にかかった。それはイジメられていたとはいえ、新しい見知らぬ人間が大多数のこの環境の中で、少なからず自分側に感じたからだろうか。生徒たちがギョロ目のF組副担任と藤森に目を奪われていると一部の生徒達から「あっ」と声が漏れた。藤森を負傷させた側の生徒が担任の川上に連れられて渡り廊下へ出て来たのだ。

皆がそちらへ一斉に注目する。だがその世間では青年という分類に入ったばかりになるその男子をどの生徒も知らないようだった。松本史、難波、森谷もその男子生徒を知らず、「誰だアイツ?」の周りの声に同意見だった。


その男子生徒はまず学ランを着ていなかった。見かけたことのない、多分小学生の制服を着ていた。同じ年でも着ている服で大分印象が違う。当たり前なのだが、この時期は学ランを着ていれば中学生に見えるし、小学校の制服を着ていれば小学生に見える。現に同じF組以外の生徒達は、外部の小学生が入ってきて問題を起こしたと後から話が回ってくるまで思っていたらしい。

川上に大人しく連行されていくその生徒は、渡り廊下に滴った藤森の純血を見つめていた。未だ静まらぬ生徒たちのガヤの中で松本史の目にはその仕草が印象的に映った。


ギョロ目の副担任と藤森、川上とその問題の彼は、おそらくその渡り廊下の先にあるであろう保健室、職員室に消えていった。

「あー、これから体育館にいきます!ほら、えー、そこ!窓の外を見ない!」B組の前で白髪の教師は生徒達を注意した後、A組の生徒たちの後に続くかたちでB組の隊列を引っ張り始めた。体育館へは先程注目を集めた渡り廊下の中庭を挟んでの反対側の渡り廊下を通って行く。松本史達B組は渡り廊下の脇にある給食場、その先の四畳半ほどの購買を抜けて一般教室の集まった西校舎と向かい合う形で立てられている東校舎に入っていく。この校舎には職員室や校長室、生徒指導室、保健室、特別授業を行う教室などが入っている。

「さっきのヤツは職員室かな…」

松本史が見たところ東校舎の一階の長く続く廊下には人影はなく、二階につづく階段の先で何やら教師達の相談しあう声や、様子を伺いにきた上級生の騒ぎ声が聞こえていた。

「おそらくこの階段の上に職員室があるのだろう」

難波と森谷は階段を数段登り上を覗き混むが、隊列の後ろから監視を行っていた雛人形教師の副担任、岡崎に注意されている。生徒達は混乱しつつも、上級生、保護者、教師のまつ体育館へ進んで行く。体育館の方から屈強そうな二、三人の男子教師が走ってき、教師達は一年生とすれ違う形で東校舎へと入って行く。

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