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容赦無く青春  作者: 宮河 辿
26/28

第26話「欅の木の下で」

朝の井岡涼成の一件は本人がまだ学校の周囲を徘徊しているという話もあり、校内にいる生徒たちはまだ落ち着きを取り戻せてはいなかった。

休み時間になるとすぐに生徒たちは席を立ち、教室の窓から井岡涼成を探したり、廊下へ飛び出しては他のクラスの生徒と騒がしくしている。一年生クラス前の廊下も同様だった。

「なんかみんな朝の話してるね」

「まあな、川上も殴られたし、ちょっとした事件だよ」

生徒たちの間を縫うように史と(あたる)が一年B組からF組まで向かう。そして二人は勝也のいるF組の教室に入ったが、少しの間もせず、またニ人はすぐに教室から出てくる。

(あたる)くん、あいついた?ったく、どこ行ったのかな?」

「いや、いねー…前の授業出てなかったってクラスのやつがいってたわ…あいつ授業サボってどこ行ったんだよ」

(あたる)はそう言うと状況を整理するように続けた。

「一つ前の授業…ってことは…隆則さんたちと話してたすぐ後だよな…って…あいつ、まさか!」

そう言って(あたる)が史の顔を見ると史も同じ事を考えているようだった。

「…あいつ、あの涼成って人探しに行こーってやけにしつこかったし…!隆則さんがあんだけやめとけって言ったのに…!」

「とりあえず探そう…俺は隆則さんに知らせて来るから、史は校内探してみてくれ!」

「うん!わかった!」


(あのバカ…!)

史はどこか嫌な予感がしていた。

井岡涼成に関して、どうして勝也がそれほどまでに興味を示すのかわからなかったし、勝也があれほど積極的に何かを提案したことなどなかったからだ。それに勝也が黙っていなくなるときは(あたる)のジムに乗り込んで行った件しかり、なにかしら行動に移す気がする。

懸命に探す史だが勝也はトイレにも、教室以外の入った校舎にもいない。そして休み時間はもう終わろうとしていた。

校内を一通り探し尽くし、史がグラウンドに出た頃だった。運動場の欅の木下の日陰で横になっている勝也をやっと見つける事が出来た。

(良かった…いたよ…)

仰向けになって木漏れ日をみつめる勝也の視界に覗き込むように史がフレームインすると、勝也は顔を認識しづらいといった具合の表情で目に入ってくる光量を調節しようとしている。

「おい、何やってんだよ」

史が声をかけると勝也は誰だかやっと認識したようだ。

「あ?なんだよお前かよ。なんか用かよ」

「なんか用かよじゃねーよ、てっきりあいつ探しに行ったのかと思ったぞ」

「あいつ?…ああ…なんで俺があんなやつ探しにいくんだよ?」

隣に座り込む史に対して勝也は同時に体を捻って背中を向けた。それを見て史の返しも尻つぼみになる。

「まぁ…そうなんだけど」

欅の木には何十匹ものセミが止まっているらしく二人の沈黙も和らぐ。

「なあ、お前どう思った?」

沈黙を破り勝也が背中を向けたまま口を開いた。

「え?」

「あの涼成ってやつのことだよ、どう思ったんだよ?」

「どうって、べつに…なにも…ヤベーやつだなとは思ったけど…」

「んだよ、それ」

「なんだよとはなんだよ」

また沈黙が襲って来る気がして今度は史が聞きたい事を聞くため間を埋める。

「お前はどう思ったの?隆則さんの話聞いて」


「…べつに」


(べつにってなんだよ。たっぷり間をとってよ…)史はそう返しても何も進展はない、話はそこで終わってしまう、そう感じて勝也に聞こえるように鼻を一つ大きく鳴らして大袈裟に肩の力を抜いてみせた。


「…大人ってろくなもんじゃねーな」


不意な勝也の言葉に驚きながらも、史は背中を向けられ顔をみられてない事が幸いし、平常な声で返すことが出来た。勝也の声は少し震えている様だった。史が驚いたのはそこだった。


「そうだな」


それ以上は何も言えなかった。勝也の繊細な感情に驚いたのもあるが、自分の家庭の事情など勝也やその涼成に比べれば生易しいものに感じたし、そんな自分が何を言っても軽い言葉にしかならない。そう思ったからだ。

セミの声は欅の葉や枝にぶつかりながら二人に降り注ぐ。今日は暑く運動場には蜃気楼が出ている。夏の音と夏の景色が二人の感じる暑さを助長しているようだった。


「やめろよ!やめろっつってんだろ!」

「久美…いつからそんな汚ねー言葉使いするようになったんだよ…」

「うるせー!話せっつってんだろ!」

「ふー…久美が悪いんだぞ…兄ちゃんの言うこと聞かねーから…いいから兄ちゃんと来るんだよ…!」

蜃気楼の向こうからやってくる二つの人影は涼成と久美だ。涼成はいつの間にか校舎に入り、久美のことを見つけここまで引っ張って来たようだ。

「うるせー!離せよ!」

「ダメだ、一緒に兄ちゃんと行こう。どこか誰もいないところで一緒に住もう」

「誰がお前なんかと住むかよ!もうウンザリなんだよ!顔も見たくねーんだよ!オメーも!それから…あのクソヤローもの顔もよ!」

史たちのところからその会話はハッキリとは聞こえてこない。だが抵抗している久美とそれを無理やりに引っ張って連れて行こうと涼成の様子は十分見て取れる。

「おい、あれやばくねーか…涼成ってやつだろ?となりの朝のあの女をまた無理やり連れてこうとしてんじゃねーか…?…おい、勝也…」

史が反応がない隣を見ると、勝也はもう前傾姿勢でまっすぐ涼成と久美の方に走り出していた。

「おい!勝也!」

勝也は止まらない。後ろで聞こえる史の静止する声は遠くなり、どんどん涼成に近づいていく。涼成と久美はまだ勝也に気づいていない。その距離が五メートルほどになった時、先に気づいた久美の変化した表情の視線を追うように涼成が初めて勝也の存在に気がついた。が、もう勝也は走って来たその勢いで地面を勢いよく蹴り、空中に飛び上がっている。勝也は勢いそのままに身長差のある涼成を殴りつけた。バランスこそ少し崩したが涼成は倒れてはいない。ゆっくりと勝也を睨む。

「いってぇーなぁ」

倒れなかった。たしかにまともに入ったし、勢いもあった。パンチの威力にも自信はあった。それでも涼成はバランスを崩した程度。勝也は信じられないという表情で自然とその足は下がっていく。

「待てコノヤロー」

じりじりと近づいてくる涼成に、未だ信じられないという表情で下がっていく勝也。史はそんな勝也の姿を見たのは初めてだった。

「勝也ァー!」

走り駆けつける史も間に合わず、体がまともに動かない勝也の顔面めがけ、涼成の大きな拳が突き刺さる。勝也はガードする為に腕を上げることさえできなかったのだ。

勝也はそのまま意識を失い、砂埃を立て顔から倒れ込む。

「か、勝也…」

史は倒れ込んだ拍子に擦り剥いた勝也の顔を見つめ、憎しみを込めて涼成を睨むが何も出来ない。

(なんだよ?お前もなんか文句あんのか)

そう睨み返す涼成だったが、文句があるなら相手になってやるというスタンスの為、動けない史との間で睨み合いが続く。


「涼成てめえー!」


均衡を破ったのは駆けつけた隆則、丈一、(あたる)だった。

「勝也ァー!?しっかりしろー!」

「なんだよ、隆則と丈一じゃねーか…久しぶりだなぁー元気かよ?」

「久しぶりじゃねーぞ!よくも…勝也を…」

普段ふざけて戯けている隆則がこんなにも声を上げて取り乱しているという事と、勝也が気を失っているというこの事態が史や(あたる)に井岡涼成という男の危険さを改めて痛感させ、硬直させている。

「あーこいつか。お前らの知り合いかよ、じゃあ目ぇ覚ましたらもう一度言っといてくれよ。俺と久美のこと今度邪魔しやがったら次はほんとに殺してやるってよ」

「そんなことしやがったら俺がお前を殺す!」

「何いってんだよ、隆則、友達だろ?」

一歩また一歩と近づいてくる涼成に隆則や丈一の腰が引けていく。

「それによ、お前らじゃあ俺はやれねーだろ」

「じゃあ俺いくからよ。行こう久美」

隆則と丈一は涼成を止められない。足が手が震えている。

「離せ!離せよ!」

誰もその場を一歩も動けないまま久美の手を引っ張り涼成はどんどん小さくなっていく。


一方校舎の屋上からはその様子をみている二つの影がある。

「なんだよ、もっとやりあえよ、つまんねーなぁ」

「ハハッ!なぁ?どっちか死ぬまでなぁ」

「何にも手ぇ下さなくてもやり合うとは思ってだけどこんなもんかぁ…まあ、それならそれでやり方あるけどよ」

「ぜってぇー許さねーからなぁー。オメーらよー」

二つの影は龍と新の二人であった。

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