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容赦無く青春  作者: 宮河 辿
25/28

第25話「井岡涼成」

「おい勝也ー!大丈夫かー!…」

「とりあえず4時間目までは睡眠時間にあてるぞ…」

朝練を終えて学校に到着した(あたる)と史、勝也の三人が駐輪場から校舎へと向かっている。が、勝也はというと他二人の少し後方に位置していて歩くペースも遅く二人の問いかけに対する声もか細く小さい。

「なんて言ってんのあいつ…?」

「わかんない、聞こえねーわ」

声を振り絞るように勝也が叫ぶ。

「てか(あたる)!オメーなんでそんなにスタミナあんだよ…!」

「まだその話してんのかよ…んなもん長年、練習してきてるからに決まってんだろ。お前も一生懸命練習しろ、俺みたいになりたかったら」

「くそ!そんなこと言って自分だけスタミナつける裏メニューかなんかこっそりやってやがんだろ…!俺にも教えろや!」

「よー!勝也!今朝から朝練やってるらしいな!俺が貸してやったシューズとウェアで頑張ってるか?」

隆則、丈一も登校してきた。

「あ、隆則テメー!そのシューズとウェアのことだけどよ!盗難にでもあったことあんのかよ!?いろんな所に自分の名前書きまくりやがって!こんなことしたら死ぬほどダセーだろうが!」

「てかお前上級生を普通に呼び捨てにしてんじゃねえよ…」

隆則は丈一に「なんとか言ってくれよ…」そんな顔をしているが丈一は最近の隆則の勝也たちに対しての言動や行動を見てか「自業自得だ」そんな表情で何も言ってはくれない。

「あー!てか勝也お前!俺の名前消しやがったな!てか塗りつぶして自分の名前書いてんじゃねーかよ!これ!」

「んだよ!くれたんだからいいだろ!?ケチくせーこと言ってんじゃねえ!」

「やってねえよ!貸してるだけだ!」

「はあ?どーせ他にもたくさん持ってんだからくれりゃいいだろが!」

「あーあ…靴のカカトの部分まで…自分の名前の名前に書き換えてある…」

「だからそんなとこにまで名前書いてんじゃねー!」

五人がそんな話をしながら下駄箱のところまで差し掛かった時だった。今朝の下駄箱周辺はいつもの朝とは異質の雰囲気を出し、少しばかりの人だかりを作っている。生徒たちの目線の先の異質の正体、その光景を作り出している正体とは、勝也、史、(あたる)の見たことのない背の高いスラリとしたジャージ上下の男だった。男は背こそ周りから抜きん出て高かったが、表情は隆則や勝也たちと同じくまだどこか幼さを残した中学生の顔立ちに見える。

「おい!久美!どうしたってんだよ!兄ちゃん、やっと出てきたんだぞ!」

その男は一人の女子生徒の腕を掴まえ、叫んでいた。

「どうしちまったんだよ!」男がそう続けるも、女子生徒は「やめて!離してよ!」そう言い、顔を背け逃げるように足早に校舎へと入って行った。


「誰だあいつ?見たことねーな」

「うん、てか制服着てねーじゃん。部外者かな」

「わかった、ナンパだ。あいつこんなとこまでナンパしに来たんだぜきっと」

「勝也…お前本気で言ってんの?それ」

「んだよ。だってここなら女いっぱい通るだろ?」

騒然としている最中、冗談を交えて話している(あたる)と史と勝也の三人だけだ。だがその傍ではなぜか隆則と丈一の二人の表情が曇っている。

そんな時、そうトラブルが起きると必ずやってくるあいつがいつもの様に騒ぎを聞きつけ下駄箱に駆け込んできた。

「なんだ、お前は!うちの生徒じゃないだろうが!どこの学校だ!貴様!」

「お、川上登場!さすがに鼻が効くぅ〜!」

茶化す勝也たちを素通りして川上はまっすぐその男へと近づいて行った。

「なんでだよ…久美…」

ジャージのその男に川上の呼びかけが聞こえていない筈がない。しかし川上に背中を向けたまま、そして女子生徒が行ってしまったことに呆然としているのか呼びかけに男は一向に振り返ろうとはしない。

「おい!聞いてんのか!」

川上は実力行使と言わんばかりにその男の肩口を掴み、強引に振り返らせた。だがその男の顔を見た瞬間、さっきまであんなに怒り狂っていた川上の表情も隆則、丈一と同じ様に一変し、固まってしまったのだ。川上も隆則も丈一もその男を知っているようだった。


「うるせえ」


その男はそう言うと掴まれた肩口を引きはがそうとするわけでもなく、ゆっくりと川上と目を合わせる。それからは瞬きを許さない一瞬の出来事だった。その男は何の躊躇もなく、何の無駄もない動きで川上の腹に一発ボディブローを入れるとその場に川上を跪かせたのだ。その場に倒れこんだ川上は腹を押さえ、動かない。そして呆気にとられている周囲の人間を他所に、その男は何事もなかったようにその場から立ち去ろうとしている。史たち五人はその男がすぐ側を通りかかろうとした時、男の顔を始めて間近に見ることが出来た。

頬は痩け、目つきは鋭い。そして食いしばった歯はギザギザに欠けていて間からは荒い息が漏れている。

「フー…フー…」

さっきまで冗談を言っていた史たちもその男が横を通り過ぎていくその最中に、男のもつ何かを肌で感じ取って押し黙り、少しもその場を動くことが出来ない。そしてまた、あの隆則や丈一でさえも眉ひとつ動かすことが出来ずにいたのだ。



1時間目が終わって休みになり、トイレに集まってきた史、(あたる)、勝也の三人の話題はもちろん今朝のジャージ男のことだ。校内では廊下を走る教員がいたり、学校(あたる)がざわざわしていることからこの話題に夢中になっているのはどうやら三人だけではなさそうである。


「よー、朝のあいつよ、まだ学校の周りウロウロしてるらしいぜ。センコーたちもそれで今学校の周りを探し回ってるってよ」

いつもはこの手の話に無関心な勝也もどこからか情報を仕入れてきたらしい。

「そうなの?まだなんかやる気なのかな…?川上のこと躊躇なく殴ってたし、なんかヤバそーな奴だったよな…ま、あんなやついくらでも殴ってくれて構わないけど…学校の周り見回ってる他のセンコーたちもやられちゃうんじゃないかな?」

「あんな躊躇なく教師殴るなんて普通じゃねーよな」

そう史に同調し(あたる)は少し黙った。

(あたる)くん?」

「ああ…わりい、いやてかあいつさ、あいつの目、目がなんかよ、なあ?虚っぽいっていうの?でも鋭くてさ、なんか普通じゃなかった事ないか?」

「あ、(あたる)くんも思った?…おれも実はそれおもった。歯なんかギザギザでさ、なんか危ない感じだったよね」

普通じゃない。そんな男を警戒している(あたる)と史に対して勝也は違った。

「あの女となんかあんのは確かなんだけどなぁ。おい!ちょっとだけ見に行ってみるか?川上が殴られるとこもう一回みてーしよ!」

「ぜってーやめろよ、お前ら」

階段から下りながら声を掛けてきたのはまたもや隆則と丈一だ。

「んだよ。また今日はよく現れるな」

茶化す勝也にも今の隆則は反応しない。

「お前らのことだから見に行くなんて言ってんじゃねえかと思ってよ。いいか?絶対にやめろよな」

「なんで…」

「なんか知ってるんですか?」

遠回しに理由を訪ねようとする史に対して、(あたる)は被せるように「何か知ってるのか」と、そこまで言う理由を明確に隆則に尋ねた。


「…あいつは、涼成(すずなり)はな…」


井岡涼成と隆則、そして丈一が出会ったのは史、勝也、(あたる)と同じく中学一年のころだった。それぞれ他の学校から中学に進学してきた三人は今の一年生と同じようにぶつかり、自分が一番強いと主張する為にやってはやられ、やられてはやり返すことを繰り返していた。そしてそんなことを繰り返すうちに三人は互いを少しずつ認めていき、交流を深めていった。

「毎日毎日涼成と丈一と俺とでケンカしてよ、三人のうちで誰が一番強いのかってそればっか考えてた。でもそんなこと繰り返してたらよ、ある日そんなことどーっでもよくなってきてよ。気付いたら三人で他のやつ相手に喧嘩してたよ、あん時は楽しかったな」

懐かしそうに語る隆則の横で丈一も照れくさそうに笑っている。

「百人相手に三人で喧嘩したこともあったな、あんときゃヤバかったよな、まあ殆ど涼成がやったんだけどよ」

「そんだけ仲良かったんなら、なんで今朝声かけてやらなかったんだよ。シンナーでラリってんのがそんなにこえーのか?」

「シンナー?」

勝也の問いかけに含まれたシンナーという言葉が、その言葉を知らずに訊き返した史を除いてその場の空気を違ったものに変えてしまった。

「そうか…」

合点が入ったという様子の(あたる)に、史がシンナーについて教えてもらっている間にも隆則の話は進行していく。

「そうだよ、勝也の言うとおりだ。あいつは、涼成はシンナーをやってる。シンナーで変わっちまった…いや、ある事がきっかけであんなもんに手ぇ付けちまって、あいつ…変わっちまったんだ…!」

それから隆則の話は涼成の家庭についての話に変わっていった。涼成が下駄箱で腕を捕まえていたのは、妹の久美であるという事。そして両親は健在だが、父親がろくに働きもせず日中家で酒びたりで、母親が家庭を支えているということ。そしてその父親が久美にしたことが涼成をシンナーへと走らせたきっかけであると言うこと…

「涼成の親父は、ろくでもねー親父でよ。ろくに働きもしねーで酒ばっか飲んではよく涼成や母親、小さかった久美にまでよく手をあげてたらしいんだ。家の金を勝手に持ち出してギャンブルして外で借金作ってきたりよ…とにかくろくでもねー親父なんだって俺と丈一も涼成から聞いてたんだ。それでも、涼成も妹の久美も母親もなんとか我慢してよ…ほんとになんとかやってたんだ…でも、ある日あいつが…涼成が家に帰ったらよ…その親父がよ…」

隆則の言葉の詰まりは、誰もその先の内容を催促出来るものではなく、十分に隆則が心を落ち着かせるのを史、勝也、(あたる)の三人は黙って待つしかなかった。


「久美の事を犯してたんだ」


勝也、史、(あたる)はその言葉に血の気が引いていくのがはっきりと分かった。そして引き切った血の気は怒りともなんとも言えない、怒りを超えた感情を心の奥から連れてくるのを感じた。

「この話は全部、涼成本人から聞いたんだけどよ、でももうその頃には、俺らに話してくれた時には涼成のやつ、シンナーやり始めてて、俺と丈一も何度も何度もあいつのこと殴ってでも止めたんだけどよ、あいつシンナーやめられなくて…それでよ…」

そしてそこから先のことは丈一が隆則に代わって話してくれた。久美への行為をやめない涼成の父親を我慢出来なくなった涼成が久美の目の前で自宅の包丁を使って刺したこと、そしてそれがきっかけで少年院に入った事を。


二人の話は予鈴と共にそこで幕を引いた。

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