第22話「続くことも、終わってしまうことも想像できなかったあの頃」
「バカッ!だから揺らすなって言ってんだろ!」
「俺じゃねーよ!中のバカが後ろで揺らしてんだよ!」
「何俺のせいにしてんだよ!お前がさっきから腰振ってんだろ!右に左によ!」
学校前の下り坂を言い争いながら自転車を三人乗りして登校してくる三人組がいる。前から立ち漕ぎの史、サドルにまたがる勝也、それから荷台に立って勝也の肩に捕まる中である。
「大体よ!中なんか迎えに行ってるからいつもこんな時間になんだろ!史!」
「うるせーなー!今日はお前もギリギリに来ただろ!そもそも俺のチャリンコをアテにしてんじゃねーよお前は!」
「あーそーやってまた僕だけ悪者ですか!いーですよべつに…!」
ジムでの一件以来、朝は史と勝也で中を家まで迎えに行き、それから学校へ通っている。
あの夜、勝也が中をノックアウトした日の夜、寝泊まりしていたジムから久しぶりに家に帰った中は父親と再び話し合った。無論互いの考えはすぐに変わる筈もなく、話合いは平行線のまま終わったが、中はあれから毎日家には帰っている。そしてボクシングも続けられている。
「おい中!迎えに行ってやらなきゃ学校も来れねーのかよ!めんどくせーやつだなお前も!」
「別に俺は迎えきてほしいなんて一度も頼んでねーだろ!行けるよ!一人で!」
「聞いたかよ!史!植草くんは一人で学校行けるってよ!明日からは二人で悠々自転車でいけるなあ!?」
「悠々なのはお前だけだろ!どうせ俺が運転させられるんだからよ!」
「おい!そろそろ校門近くだぜ!降りろよ勝也!」
荷台から飛び降りながら指図する中に、勝也は後ろを振り向きつつ睨みを入れながらもちゃんと従う。
「ケッ!偉そーに指図すんなこのアマチュアボクサーが!」
「おいおい二人ともいー加減にしろよ、それより校門のとこみてみろよ、まぁた川上のやつが立ってるよ」
「うげー、飽きないねあいつも、このままあそこ通ったらよ、「お前ら3人乗りできたんかぁー」とかまた言われてよ、お前またチャリンコ取られんじゃねーの?」
「なんで他人事なんだよ、いつもお前は…なんかムカつくなー」
「まあ勝也のバカが言ってることも一理あんぜ。チャリンコ裏門から回してきたら?」
「そっか、じゃあ先行っててよ」
「んだテメー史!また中の言うことだけ…!それとアマチュア!バカとは何だバカとは!」
「わかったわかった、いくぞほら」
「だから指図すんなっつってんだろ!このアマちゃんが!」
「なんだアマちゃんって」
勝也が中をジムでノックアウトした次の日から、三人は一緒に登校し、学校内でも行動を共にするようになっていた。休み時間になると史と中のいるB組横の隣のトイレの前に三人で集まる。これが習慣となっていた。
「おい史、なんか俺ら見られてねーか」
「まあ、中くんはいつものことな気がするけど…なんか俺らにもここんとこ視線を感じるよな…気のせいかな…」
「バカ気のせいじゃねーべ…ぜってーあの女子もそれからあそこの女子も俺たちのことさっきから見てるぜ。多分よ「近藤くんってよく見るとかっこいいよね!」とか言っちゃったりしてるぜ!」
「ないない」
「んだよ中、お前女にモテるからってちょーしのってんじゃねーぞ」
「べつにのってねーよ。てか同学年のガキになんかキョーミねーし」
「おいおい聞いたかよ史!いたぜ!こんなとこに校内一のムッツリスケベが!…みなさーん!聞いてくださーい!中くんはへんた…」
「んだよ!やめろよ!…いいじゃねーかよべつに…!そういうおまえはどうなんだよ!」
「おれか?おれは…女はやっぱり胸だよな。巨乳以外は女じゃねー」
「おまえそれ、女子全員敵に回すやつじゃねーか…」
「おい、史、オメーはどうなんだよ」
「おれ?おれは、その…考えたことねーよ」
「嘘つけこのヤロー!あ、わかった!お前あれだろ?二次元の女しか愛せねーって感じの…あれだ!オタクだろ!お前!やっぱりな!根暗なやろーだとは思ったけど、やっぱりかよ!」
「ちげーよ!だれがオタクだよ!俺だってあれだよ、年上好きだよ」
「バカ、無理すんなって、好きなもんは好きなんだからしょーがねーじゃねーか」
「はっはっはっ」
「中くんまで、ふざけてんじゃーねーぞおまえら…!」
「でもよ、一生二次元の女しか愛せねーんじゃ将来結婚もできねーじゃねーかよ。…よし!おれと中がよ!おまえにあいそーな女をクラスの端から端までみてきて探してきてやるよ!ちょっとまってろ!行くぞ中!」
「なんだよそれ!あっ!待てって!」
「チクショー、あいつら俺で遊びやがって…なんだよあの楽しそうな顔はよ」
※
「松本隊長!行って来たであります!」
「おう、ご苦労様、どうだった?」仕方なく合わせてやると生き生きした表情で勝也が返して来た。
「いや、それがよ!F組に無茶苦茶!かわいい子がいてよ!ハッキリいっておまえにじゃなくておれが好きになりそーだわ!」
「なんだそれ!じゃあお前が好きになればいいじゃねーかよ!」
「ばか、おまえここで起動修正しねーと将来ほんとに可愛そうなことになるんだぞ」
「なんだよ、どこで見てきたんだよその悲惨な状況を」
「でも、まじで可愛かったぞ、目立たねー感じなんだけどよ、素材的には学年で一番じゃねえか?」
「…F組ってお前のクラスだろ?てかお前気づかなかったの?」
「いやそれがクラスでも目立たねーグループにいてよ。オタク…そうだ!オタクどうしちょーどいいじゃんか」
「だからおれはオタクじゃねーつってんだろ!マンガとかアニメは好きだけどよ…」
「ま、とにかくよ、見に行くぞ!」
「そうそう、百聞は一見に如かずだ!行くぞ!」
「中くんまでなんでそんなにノリノリなんだよ…」
そのF組の彼女を見た史は、俗に言う電気が走る感覚はわからなかったが、周りの景色は一瞬のうちに白くボケて光で飛んでしまい、その子だけがはっきりと眼の中に映ったという。周りの音も普段より小さくなり、ほとんど聞こえなかったらしく、その子を暫く放心状態で見つめたあと勝也と中に史はらしからぬセリフを吐いた。
「あの子と付き合う…おれの女にする…」
「はっはっはっ!うおーなんだそのオタクらしからぬ男らしい発言は!」「おい史!お前オタク卒業!」
「おーい、集まって何やってんだよ?勝也、ボクシングやる気になったか?」
騒いでいる三人の前に現れたのは隆則といつも隆則と一緒にいる丈一だ。「んだよまたお前かよ、やらねーってだから。それよりよ、あの角の四人組の不細工の中に一人だけかわいい子いんだろ?あの子のこと史が好きになっちまってよー、これから告白すんだよ」
「だれもそんなこといってねえだろ」
「ばかやろ、付き合うんなら告白しなきゃだろ。」
「いやー青春だな。史くんは女。勝也はボクシング。やっぱり青春はやりたい事やらなきゃな!」
「だからボクシングなんかやんねーっつってんだろ!馴れ馴れしくしたの名前で呼んでんじゃねえ!」
「いいじゃんかっちゃーん!一緒にやろーぜボクシング」
入学した春が過ぎ、こんなことを毎日しているうちに夏が来た。そしてその頃には隆則や丈一といった三年生とこうして絡んでいたこともあり勝也、中、史の三人もすっかり校内で目立つ存在になっていた。休み時間になればトイレの前に集まっては大声で騒ぐ。その光景をあるものは憧れのような眼差しで見つめ、そしてまたあるものは「なんか恐い」そんな眼で彼らを見ていた。いずれも「いるかいないわからない」そんな存在ではなく三人の存在は学年のみならず学校内で目立つ存在になっていたのだ。
※
「よお。帰ろーぜ史」
「おお勝也、帰れねーよ、部活あるじゃん」
「毎日毎日懲りないねお前も。そんなに楽しいか?美術部?」
「お前こそいい加減入部届出して、ちゃんと部に所属しろよ。俺の部活についてくるんじゃなくてさ」
「だって面倒くせーもんよ。それに出したら毎日行かなきゃいけねーじゃん」
「そんなこと言って毎日ついてきてんじゃねーか、おれの部活に。もう美術部に入部届出せばいーじゃん」
「やだよ。あんなネクラみてー集まりの部」
「じゃあ毎日ついてくるなっての」
「やだよ、暇じゃん」
「中くんは?今日もジム?」
「しらねーよ。多分そうじゃねえの。いーよなー特別待遇はよ、なんであいつだけ部に入らなくても許されんだよ。たかがアマチュアチャンピオンじゃねーかよ」
中は小学生で全国優勝した実績から部活への所属を免除され、放課後まっすぐボクシングジムへ通うことを学校から許可されていた。校長は中のためにボクシング部を新設し学校の売名を考えたが「練習相手、設備共に揃った環境で強くなりたい」という中の希望から「世界チャンピオンは我が校の卒業生」という将来的にもしかしたら授かれるかもしれない恩恵を選択せざるおえなかったらしい。
「あーあ…おれも美術部にしようかな。でもネクラにはなりたくねーなー」
「んだよ、それ。お前そもそも絵描けんのかよ?絵描いてるとこなんか見たことねえけど」
「描けなきゃ入っちゃいけねーのかよ、バスケ部入ってるやつらなんかあいつらほぼ最初未経験だったじゃねーかよ」
「まあ…たしかに。おい、ついて来んのはいいけどよ、いつもみてーに邪魔すんなよ」
「しねーよ、おれのカリスマなめんなよ」
「なんだよそれ。それ言うならセンスだろ。美術にカリスマなんていらねーんだよ。てか描かねーんならセンスもいらねえよ。頼むから静かにしといてくれよ」
「はいはい」
史と勝也は授業が終わると放課後部活へ行き、帰り道でジムへ寄り中と合流する。毎日そんなルーティーンを続けていた。
三人は帰り道でムカつく先生の話をしたり、好きな漫画やテレビの話、好きな芸能人の話をしたりした。週一回少年誌を買って三人で回し読みすることも楽しみで、勝也の読める漫画も一話完結ものから次第に増えていった。とにかく三人で色んな話をし、色んなことをした。公衆電話から史が気になるあの子の家へ話のネタが書かれたカンペを出し合い電話をかけたり、宅急便のお兄さんをおちょくって街中を軽トラで追い回されたり、ろくに金も使わないのにSTARSに長居して、またマスターと喧嘩になったり…
そんな毎日は中学に入学するまでのひとりぼっちだった日々が嘘のように楽しく、そして新鮮だった。
こんな日々が一生続くとは思ってはいなかったが、三人は先のことなど考えもしなかったしそして想像もできなかった。
だがこの「今まで生きてきた中での一番楽しくかけがえのない時間」は突然終わりを告げることになる。この時の彼らはまだそのことを知る由も無い。




