第23話「後悔の予感」
「おせーよ中!はやく帰ろーぜ!」
部活を終え今日も史と勝也が中の通うボクシングジムの前まで来ている。練習終わりの中がいつものようにナップサック以外の荷物を史の自転車のカゴに無理やり積むと三人は並走して歩き始めた。
「中くん、なんか今日荷物多くない?」
「ああ、ちょっとな」
「おい!今日は少年ステップの発売日だな!俺もう朝から待ちきれんでよ!早く買って、またどっかで読んで帰ろうぜ!」
史と中の会話など気にも留めない勝也が嬉しそうに言うと、シラけた目をした史がすかさずツッコミを入れる。
「どーせ今日も俺か中くんが買うんだろ?」
「…あたりめーだろ!俺が金持ってると思ってんのかよ。今日は朝一で買ってくれって言わなかったんだからよ、俺が一番最初に読むからな!」
「なんだその理屈は!オメーは大体よ…!」
「わかったわかった二人とも…とりあえずよ、いつもの北畠商店で買った後、今日はどこで読むよ?外じゃあちーぜ…もう夕方なのによ」
「確かにな、中もたまにはいいこと言うな。第一公園のベンチも昼間のカンカン照りであっためられてっからあっちーしよ。どうする?」
「スターズ?」
「バカ史。なんであんなムカつく親父のスナック行かなきゃなんねーんだよ」
「だってあそこならクーラーあるし、それにゲームもあるしよ」
「だからオメーはオタクだっつうんだ。ゲームだの漫画だの」
「その漫画をどうやって読むか話してんだろ?一週間も心待ちにしてたのはどこのオタクだよ!」
「ぐっ…テメー、ちょっとの間にいうようになったじゃねえか…」
「だからやめろよ二人とも…スターズって史が前言ってたとこだよな?スナックみてーな看板のゲーセンの。確かにそこだったらクーラー効いてるし、椅子もあるしいいよな。じゃあスターズにしよーぜ」
「そうだね。そうしよう」
「二人で決めてんじゃねー!…ったく、とにかく読むのは俺が一番最初だかんな!」
STARSに着くと、そこは相変わらずの様子で客は一人もおらず、カウンターでマスターが暇そうに新聞を読んでいた。
「なんだまたおめーらか、金もろくに使わねーのに二回も来んじゃねー」
「ケッ!来てもらえるだけありがてーと…」
「す、すみません…!今日はゲームするんで…」
史は勝也の悪態を遮ると「バカ、余計なこと言うんじゃねえよ…!」そんなことを言いながら、マスターの死角の席に二人を誘導すつように真っ先に座った。
「史が言ってたとおりだな…誰もいねーじゃん…てか流行りそうにねーなこの店…」
「おい、聞こえてんぞコノヤロー」
「す、すみません…」
※
漫画の順番は勝也が最初、次に史、最後に中という順番になった。勝也は漫画を読んでいる時は静かなもので、今日はマスターにも喰ってかからない。その事で中や史は安心してアーケードゲームに興じられている。
「とにかくそれ読んだら帰れよ、俺だって早く店閉めて呑みてーんだ」
そんなマスターの話を遮るようにさっきまで静かにしていた勝也が急に椅子から立ち上がった。
「かぁー!またこんないいとこで終わりやがった!てか先週からちょっとしか進んでねえじゃねえかよ!このクソ作者め!仕事しろコノヤロー!」
「急に大きい声出すなよ…ビックリすんだろ…てかネタバレするようなこと言うなよな!俺も中くんもまだ読んでねーんだから」
「なあ、大成さ、やっぱりプロテスト抜け出して仲間助けに行くと思う?なあどう思う?」
「あー!だから言うなって!ほのかにそこまで話が進まねえことが今わかっちゃったじゃねーか!コノヤロー!」
「勝也てめーなぁ…」
「な、なんだよ二人して怒んなよ…!内容言ってねえんだからいいだろ!」
「言ってるようなもんだろ!」
※
「あー、今週も終わっちゃったよ。楽しみが」
がっかりしたような勝也に中が続ける。
「そうだな、あっという間というか、本当話進まねーよな。史もそう思うだろ?」
「本当にそれだよ。こんなに進まねえんだったら発売日を一週間に二回とかにしてほしーよ」
「そうそう、それから読む漫画もさ、全部読むわけじゃねーから面白いやつだけ残してさ、半額にしてほしーよ。そしたら週二冊買えるしな」
中と史が漫画家や出版社の都合をまるで無視した意見を述べていると間にマスターが入ってきた。
「フンッ。お前ら他に楽しみねーのかよ。学生なんだからよ、もうちょっと他のことで青春を謳歌せえよ」
「うっせーし。おっさんだってそのルックスじゃ俺らよりぜってー冴えない青春だったろ?」
「おい勝也…それよりお前謳歌の意味わかったの…?」
「わかんねーけどよ…青春しろってことだろ?」
「お、おう…まあそうだけどよ…あ、雰囲気で意味をくみ取ったのね」
「そうだよ、くみ取ったんだよ。野暮なこと聞いてんじゃねー」
「おい、失礼なこと言って無視してんじゃねーぞ。俺はこー見えても学生時代は相当モテたんだ。バンドやってたし」
「ぐはははっ!嘘つけこのやろー!そんな太ったバンドマンがいるかよ!本当だとしてもせいぜいドラムだろうがっ!」
この当時、バンドといえばビジュアル系バンドブームが日本を席巻している最中だった。それ故、三人にとってのバンドマンといえば「中性的な美男子がやるもの」という勝手なイメージがあったのだ。
「ぐ…!オメーらドラムなめんじゃねーぞ!ドラムは一番クールでかっこいいんだよ!」
「クールでかっこいい…?ぐはははっ!そもそもおっさんの中学生の時が想像できねーわ…!ヒゲは?中学生から生えてたの?ぐはははっ…」
「くそ…バカにしやがって…!よし、じゃあよ!ドラムのかっこ良さをお前らに見せてやらぁ!ちょっとこっち来い!」
そういうとマスターは奥の部屋へと大股ガニ股歩きで入っていき、三人も笑いすぎて流れた涙を拭いながらその奥の部屋へと続いて入っていった。そして部屋の中の光景に度肝を抜かれたのである。
「す、すげー…」
そこに置いてあったのはドラムセットだけではなく、ギター、ベース、アンプの各種にマイクスタンドまである。マスターは中央のドラムセットへ大股ガニ股歩きで向かっていくと、椅子にドカっと座った。
「よく見とけよコノヤロー…」
そういうと、さっきのまでの冴えない顔が嘘のようにキリッと引き締まり、鋭い目つきでまるでライブ中のドラムソロのように軽快にドラムを叩き始めた。そのドラムの音は部屋の入り口近くで立ち尽くしている三人の体の隅々に響き、口すら閉じる事を忘れさせ、さっきまでマスターを散々バカにした表情を見事に払拭させている。演奏はどんどんペースが上がる。
そして二分ぐらいだろうか、ソロ演奏を締めくくるドラム音の余韻は部屋の空気をピーンと張り詰めさせた。
顎を動かすことを忘れてしまったようなあんぐりとした表情の三人変わってマスターが照れくさそうに少しカッコつけて口を開いた。
「どうだよ。モテそうだろ?」
その勝ち誇ったような顔は演奏中のかっこよさからかけ離れていたが三人にとってそんなことはさほど関係がなかった。
「う…うぉー!すげーっ!むちゃくちゃかっこいいじゃん!」
「すごいっ!これ全部マスターのなんですか!?」
「ギターもベースも弾けたりするんですか!?」
さっきまで悪態をついていた少年たちが手のひらを返したようにキラキラした眼差しで質問攻めにしてくる。40代半ばの親父は照れ、逆に呆然としてしまった。
「おい、聞いてんだよ。他のも弾けんの?おっさん!」
「だ、誰がおっさんだ!弾けるよ!けどお前らには聞かせてやんねーけどな!」
「んだよケチ!聞かせてくれよ!そして教えてくれ!女にモテるために!」
「勝也お前…気持ちいいほど正直だな…」
「んだよ史!お前だってギター弾けたらF組のあの子に好かれちゃうかもしれねーぜ!「好きです…ふ、史くん…」なんつってよ!」
「ま、まじか…お、教えて下さい俺にも…マスター!」
「お、お前らな…」
「んだよ中!お前もドラム教えて貰えよ!俺ギター、史はベースに決まったからよ」
「なんで俺がドラムなんだよ!」
「おいお前!ドラム嫌がってんじゃねー!さっきあんなかっこいいとこ見せたとこだろ!てか一番にドラムを取り合えお前ら!」
「うるせーこのヒゲ親父!そんなことよりついでにこのギターくれ!」
「ダメに決まってんだろーが!ああ!お前らもう帰れ!」
※
三人がSTARSを出ると、もう商店街には街灯が灯っていて普段も少ない人通りは店に着いた時よりもますます少なくなっていた。街灯がない脇道を見るともうそこはすっかり暗い。
「結局ギターくれなかったな、あのヒゲ駄目親父」
「ヒゲに駄目が加わってんじゃねえか。くれるわけねーだろ。ギターなんて高価なもの」
前で歩きながら話す勝也と史に、自転車を押している中が後ろから付いてきている。前で話す勝也をじっと見て、スターズの中の表情とは打って変わって何か考え事でもしているような真剣な表情だ。
「でもよなんかドラム叩いてるときのマスターカッコよかったな」
そんな自分たちとは温度感が違う中の質問に勝也が答えてやる。
「あ?…ああ、カウンターで新聞読んでる時とか、ゲーム機拭いてる時とは別人だったな。あーあ。俺もギター、ビャーン!てカッコよく引いて女に持ててー」
「なんだよビャーンって、ギターかよ、それ」
「マスターってさ、昔バンドマンとか目指してたのかな?」
勝也のギターの動きをつけたボケにも史のツッコミにも反応しない中に、史と勝也の二人は目を合わすと再び中に視線を戻し、二人は後ろ向きで歩き始めた。今度は史が答える。
「そうかもね。他の楽器も一式持ってたし」
「あーやって諦めてさ、違う仕事する時がいつか来んのかな。でもやりたいことやった結果ならよ、後悔はねーよな」
一段とトーンを落とす中に、勝也と史はさすがに足を止めた。
「なんだお前、まだ中学生のうちから将来の心配してんのか?」
「そうじゃねえけどさ。いつかあんな日がくんのかなあって思っただけだよ。…だったらやりたいこと、思いっきりやんなきゃその時それこそ後悔するよなって」
心配そうな史とは違い、勝也は何か言いたそうな中にイライラしてきている。
「んだよ。ボクシングの世界チャンピオンになってよ。欲しいもの全部手に入れりゃいいじゃねえかよ。あんな風に負け犬になんねえように一生懸命練習してよ。そしたらあんな客もこねーゲーセン屋やる日なんてオメーには来ねえよ」
「なあ勝也。お前が初めてリング上がってグローブつけた時、なんかうまくいえねーけど、様になってたぜ」
「あ?おい中。お前さっきから何言ってんだよ…?今はギターの話してんだろ?ビャーンてよ。お前もいいからドラム練習しろよ。ほら?やってみ」
再び茶化して軌道修正しようとする勝也にも中は同調しない。
「やりたいんじゃないのか?本当はボクシング」
「…」
答えない勝也に中は畳み掛ける。
「後悔すんじゃねえのか?やらなかったらよ」
勝也は大きく息を一つ吐き、込み上がるイライラを落ち着かせようとしたが、それでも気持ちは静まらなかった。衝動的に大声が出る。
「…クソ隆則もお前もしつけーぞ!やらねーって何度も言ってんだろ…!何回言わせんだよ…!」
「…やらねー事情はわかってるよ。でもよ、やらねーであってやりたくねーではねーんだろ?思うんだけどよ…やりてーことあって、諦めたらそのことがずっと頭に媚びれついてこの先ずっと苦しむことになるんじゃねーのか?」
「うるせーつってんだろ!!」
それから勝也は顔を背けて
「…事情がわかってんなら言ってんじゃねーよ」
それはうまく聞き取れないほどの小さな声だった。
勝也の今まで聞いた事のないような大きな声と、そして絞り出したようなその悔しそうな声が二人を沈黙させ、そのまま少しの時間が流れた。
言いすぎた。中はそう感じていたが、突然こんな事を言いだしたのには理由があったのだった。




