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容赦無く青春  作者: 宮河 辿
13/28

第13話「中途半端。それは自己を否定するにあたって最良の言葉」

「だから公立の中学などやめておけとあれほど言ったんだ!」

(あたる)の父はリビングの机を勢い良く叩き、声を荒げた。リビングテーブルには父、母が並んで座り、向かい合う形で(あたる)が帰宅したままの姿で座らされている。カバンも椅子の側に立てかけられるように置かれ、自分の部屋にもまだ戻ってないようだ。傷だらけの(あたる)の姿を泣きそうな顔で見つめる母とは対照的に、父は苦虫をかみ潰したような顔で(あたる)を睨みつけている。

母は怒りで言葉を発する気にもなれない様子の父を見かね、泣くのを必死に抑えながら(あたる)に問いかけてみる。

「喧嘩って…またどうしてそんなこと…一体誰としたの?謝りに伺わなくちゃ…」

「…別に、理由なんてないよ……誰だっていいだろ。」自分がなぜあの場へ行って喧嘩に参加したのか?(あたる)自信、その意味が自分でもわからず、整理がついていない故、うまく説明が出来ない。それと、誰と喧嘩したかなんて、一から説明が必要になる。一体何からな話せばいい?今日は本当に色々あったんだ…

「ごめん、今日は疲れてるもんね…」母がそう言いかけた瞬間に父が間髪入れず割り込む。

「なんだその口の利き方は!」父は面倒くさそうに話す中の態度に腹を立て、思わず大声をあげた。父は(あたる)を休ませる気などさらさらない。今日は気が済むまで言ってやるつもりでいる。静まり返った室内で自分の怒鳴り声で固まってしまっている母親にやっと気づいた父親は少し冷静さを取り戻し、大きく息を一つ吐くと

「大体喧嘩してそんな顔になるようならボクシングの才能なんてないんじゃないのか?」と、(あたる)に嫌味をぶつけた。

「…」腹が立った。だが父が言うことは間違ってはいない。自分がもっと強ければこんな顔にはなっていなかっただろう。(あたる)自身もそれは十分に感じていた。だから悔しいが何も言い返せない。

「どこの馬の骨かもわからんような素人にやられたんならなおさらだ。勉強もしない、おまけに好きだ!譲れない!と言うから仕方なくやらせてやってるボクシングで素人と喧嘩をしてくる始末。挙げ句の果てに…そんな状態で帰ってくる」

「違う!これは…」”喧嘩にボクシングを使ったのは友達のためなんだ…”喉まで出かけたその言葉は声には出来なかった。それは父に”友達”なんて言葉が通用しないのはわかっていたから。そしてあいつらの事を友達と呼ぶことを躊躇したから。(あたる)は別の指摘について返答する。

「勉強はちゃんとついて行ってるよ…授業を聞いてても解らないところなんかない」

「父さんが言ってるのは偏差値の高い私立中学レベルの勉強のことだ。公立レベルなんぞの話はしとらん」

何を返答しても一蹴される。(あたる)は前提の話で形勢を立て直したい。

「でも父さんだって、最終的に今の中学にいくことを納得してくれただろ?」

「お前が今の中学に行くことを私がいつ承諾した?お前が勝手に私の反対を押し切って母さんと今の所に決めてきたんだろう。ボクシングを許さん私への当て付けかなにか知らんが、偏差値の低い公立校などに通いおって…」

バツが悪そうな顔をする(あたる)。学校ではこんな顔を見せたことがない。父には敵わない。

「いいか、ボクシングは辞めろ、それから少しでも偏差値を上げることを考えろ。全国大会で優勝したかなんだか知らんがボクシング会の現状を知っとるのか?将来的にもし日本チャンピオンになれたとしても、それだけじゃ食っても行けんのだぞこの国では」

何も言い返せない(あたる)に父はダメ押しの一言をぶつける。

「…お前は中途半端なんだよ。何をやっても」

(あたる)はその”怒り”でも”嘆き”でもない”あきらめ”を聞いて、ほんの一瞬、体の中の全ての機能が停止したように感じた。

“中途半端”父のその言葉は(あたる)が自分の存在価値を否定するにあたり最良の言葉だったのだ。

小さな頃から何かと秀才の兄と比べられ、肯定してもらえない毎日。友達を作ることさえ許されず、やっと見つけた夢中になれるボクシングも続けることを快く受け入れてもらえない。“自分はこの親にとっての何なのか?”“自分の気持ちは、話は聞いてもらえないのか”“この親にとって自分は必要なのか?”“肯定してもらえない自分は生きていても良いのか?”物心ついた頃からそんな葛藤をずっと抱えて生きてきた。正直もう限界だった。そして “中途半端”という今日の父の言葉がやっと、何か自分の中の引き金のようなものを引いた気がした。そして(あたる)はその銃口を父親に向けた。

「そんなにあの学校に通うことが気に入らないのなら辞めてやる。俺のことがそんなに気に入らないならこの家だって出てってやる……」そして、続きの最後の言葉は絞り出すように言った。出来れば言いたくなかった一言だったから。でももういい。

「俺のことなんかいらないんだろ…?」

(あたる)はそう言うと階段を駆け上がり自分の部屋に入っていった。そしてすぐに出てきたかと思うと、そのまま玄関へと足早に向かって行く。手にはスポーツバックを持っていて、中には詰め込めるだけの着替えや、お気に入りのボクシング雑誌などが入れられていた。玄関で靴を履こうとすると、後ろで母の呼び止める声と、父の放っておけという言葉が聞こえてきたが、(あたる)は構うことなくかかとを踏んづけたまま靴の中に足を押し込み、玄関の扉を勢いよく押した。でも押した扉はいつもより重さを感じることなく手応えがない。その理由は、ちょうど(あたる)の兄、修一が帰省してきたタイミングとぶつかってしまったからだった。

「よお。どおした?」

面食らった(あたる)は何も言い返せず、そのまま修一を押しのけるようにして玄関を飛び出して行く。

「どうしたの?何かあったの?」いつもと様子の違う母を見て修一がそう言っている声が家から遠ざかってゆく(あたる)の背中にかすかに聞こえた。


出て行く。そう決めたがこんな時間に行く場所と言ったら近くの公園ぐらいしかない。(あたる)はこの日の宿を照明が二、三個だけ灯るその近くの公園に決めた。鉄棒やブランコ、ジャングルジムなどの遊具とベンチが数脚あるその公園は、夜になるとほとんど人気もない。照明の数と反しての一定の広さがあるその公園は、照明から離れた場所に入ればほとんどその気配を消すことが出来る。(あたる)は照明から離れた背もたれのないタイプのベンチに腰をかけた。

(明日からどこへ行こう…でも帰るわけには、いやもう帰るところはないんだ…)

公園には虫の鳴き声と、公園の周りを取り囲むように植えてある木々の向こう側に位置する道路を走る車の音が聞こえている。信号が赤になると車の音は止み、青になるとまたエンジン音が聞こえてくる。その繰り返しだ。あとはというと、(あたる)が座るベンチの対面側には男の二人組だろうか。声が聞こえている。

「そしたらその野口って人がよー!全部俺のせいにしてそのこと課長に話しちゃったんだぜ!まじありえねーよ!」「ありえねーなーそれ。あと俺最近感じたんだけどさ。電車で毎日同じ時間に通勤してたらよ、感じねー?あとこれ何十年やるんだろう?って。あと大体でだけど、今まで生きてきた年数の2倍は通わなきゃだもんな…」二人組は近くの自販機でビールを買ってきて夜の公園で酒盛りをやっているようだった。会話は二人とも相手の話に一応は賛同するがそれだけで広げず、すぐに別の自分の愚痴を投げ返す。二人とも溜まっているようだ。


(大人になってもいいことねーのか。楽しいこととかもねーのかな。でも愚痴がいい合える人間がいるだけいいか)


(あたる)は横に置いてあるスポーツバックの位置を直すと寝っ転がって枕代わりにした。

見上げた空には星が光っている。それをじっと眺めていると不思議と気持ちは落ち着いて、頭の中もクリアになっていくのがわかる。



(そういえば、近藤と松本は家で何か言われたのかな…松本んとこはわかんねえけど…近藤のとこは…)


(とりあえず明日は朝一でジムに行こう。会長に頼んだらしばらく泊めてもらえるかな…まあ泊めてもらえなかったら公園で寝ればいいだけだ…どこかで働いて、お金を稼いで…学校の時間も練習して働いて、もっと強くなるんだ…それでプロになって自分の力で生きて行くんだ…)


そんなことをぐるぐる考えて、そして考えるのが止まった頃だった。


「よお、やっぱここかぁ」

覗き込むように視界に入ってきたのは修一だった。

「兄ちゃん…」

「ビビったぜ、ドア開けたとたん泣きっ面の(あたる)が出てくんだもん」

「泣いてなんかねーよ…!てか俺が今ビビったよ!」

慌てて身を起こすと、先ほどの新社会人二人組の視線を感じた。おそらく、人などいないと思っていたところから声がして驚いているのだろう。

「昔はよく二人でここで遊んだなー」修一は対面の社会人二人組を見て、重ねるにはちょっと無理があるその二人に幼い頃の(あたる)と自分を重ねている。

「よく遊んでないよ、勉強ばっかりだったじゃん、兄ちゃんは」

「そっか」

ちょっと露骨にイヤミを言った。屈託無く笑う修一を見てそう反省した(あたる)から話題を変えた。

「大学休み?」

「ああ、ちょっと息抜きにな。もうひどいぜ、医大生なんて人間扱いされねえんだから」

「ははっ、なんか社会に疲れたサラリーマンみてえ」

「笑い事じゃねんだから本当に。華やかに見えても実際はってやつよ」

「ふーん、色々大変なんだな。でもいいじゃん、期待されてんだから」

(あたる)の自己嫌悪モードを修一は感じ取って本題に入った。

「聞いたよ。母さんから。ウホンッ!それでだ、結論から言おう!」

「…」

「…好きにしな!」

「…何だよそれ?」

修一は、自分の存在のせいで(あたる)が自分の存在価値を見出せないことや、自分のせいで父との関係を悩んでいるのを昔から知っていた。今日のことも母に聞かなくても理由は何となく察しがついていた。でも実際のところ(あたる)の悩みを解決してやれる言葉が見つからないのだ。そしてそんなことを言える立場でもない。”父さんの気持ちもわかってやれ”とか”認めさせるように頑張れ”など修一の口からは言えない。

修一が思うに(あたる)が抱えているその悩みはすぐには解決できない問題で、時間がかかる。だから許される範囲で気が済むようにさせてやろうと、そう考えていた。


「じゃあ、俺が何をしに来たかというとだな…」

「しに来たかというと?」

「とりあえず居場所だけは教えときなさいということ」

「…」黙ってしまう(あたる)

「心配すんだろ…?」

「心配なんかしないよ」そう答えた(あたる)に待ってましたと修一が「俺が!」と切り返した。

「なんだよそれ…気持ち悪い…」

「気持ち悪いとは何だ!お兄様に向かって!」


二人のやりとりはしばらく続き、気がつくと対面の社会人二人組もいなくなっていた。その日二人は駅前の漫画喫茶に二人で泊まり、翌朝(あたる)はジムへ、修一は実家へと帰って言った。もちろん(あたる)は行き先を修一に告げて。

強い意思を感じる弟のその背中を、心配そうに兄は時折振り返り見つめていた。

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