第12話「傷口に感じる風は一人で殴られてきた今までと違ってひどく心地がいい」
うつ伏せになり、頭から血を流す勝也を史と中はその場でしばらく見つめていた。依然目の前には、普通の中学生とはかけ離れた卑劣さを持つ龍がいる。人間の頭をバットで、それも躊躇なく殴りつける男の目は、次の獲物を選ぶように史と中を交互に行き来し物色している。そして、ゆっくり中へと近づいてくる。迫ってくる恐怖を感じ取り、中は龍に視線を移した。そしてその鋭い眼光を一度見てしまった中は、まるで催眠術にでもかけられたかのように恐怖でもう目を逸らすことが出来なくなってしまっている。龍は一歩、また一歩と近づいてくる。中の恐怖も龍が近付いてくる距離に比例してどんどん膨れ上がってゆく。意思とは反して固まった脚は後へ下がって行ってはくれず、上半身だけが逃れようとのけ反ってゆく。が、そんなとき中の視線が何かに移った。恐怖で目を逸らせられない状況なのに?
「目が覚めたわ…クッセー唾だな。」
中の視線の先では龍に吐きかけられた唾を拭いながら、立ち上がろうとしている勝也がいた。膝は笑い、脚にうまく力が伝わっていないようだ。
「こんなもんよりきついのもらったことあるんだよ。それよりタイマン頼むわ」
頭からの流血は止まってはいない。それでも勝也の足は龍の方へ一歩また一歩と進んでいく。
「なっ…なんだこいつ…!」
この時、中と史も龍の口から出た言葉と同じ印象を持った(なんでそんなやつに向かっていける?なんでそこまで?)
「うるせーよ…正面からタイマンはれよ…!」勝也は一歩、また一歩と龍に近付いて行く。龍からしてみれば、近づいてくる目の前のその男は、頭から血を大量に流し、脚もおぼつかない状態。押してしまえば倒れてしまいそうなそんな状態なのに、なんとも言えない圧力をかけながらこちらに近づいてくる。一体なんなんだ…
とうとう龍はその圧力に負け、自分から苦し紛れに攻撃を仕掛けていった。勝也の顔面に向けて繰り出された右拳は顔を捉えることなく空を切る。そして飛び込んだことによって勢いのついた体に逆に勝也のボディ打ちが突き刺さる。その衝撃はアバラの折れる音を龍に自身に聞かせるほどであった。
「ぅぐあッ」
内臓を吐き出すかのような声を出しながらその場へうずくまった龍。NO.2の新だけでなくトップの龍でさえたったの1発でやられてしまうなんて…その事実には龍新會のメンバーだけでなく、中でさえも息を飲んでいた。
(なんてパンチ持ってやがんだあいつ…)
だが倒した勝也のほうも頭の傷が深く、まだ意識がはっきりとしない。そしてそんな勝也を集団の陰から狙っている鋭い眼光が一つ。藤森である。
「くそがっ…やってやる…殺す…!絶対殺す!」スタンガンを握る手には力が込められ、血走った眼は「殺す」という言葉もハッタリではなく本心だと感じさせる。
不意打ちを狙う藤森の狂気をいち早く感じたのは、いままでその殺気をそれを誰よりも向けられてきた男だった。
「おめえの相手はおれだろーが」藤森の前に立ちはだかったのは史である。
「なめてんじゃねえぞ…おめえごときが…今度こそ殺してやらあ」藤森の狂気は膨れ上がり、もはやそれを解消していくれる相手であれば誰でも良いと言わんばかり。藤森も史の方へ体を向ける。
「うるせー。恐怖の先輩方からの頂きものかなんだか知らねえけど、そんなもんで死ぬかよ」
史にとって藤森のスタンガンをかわすことは、一度その痛みを体験していることから容易なことではないと思われる。対峙することさえきっと腰が引けるだろう。しかし史の目は、しっかりと自分へと向かってくるスタンガンの軌道を読み、そしてそれをさばき、カウンターで右肘を藤森の顔面に合わせた。
…史はなぜこんなことが出来たのだろう…?それは、その一連の動きを可能にさせたのは、皮肉にも藤森や難波、森谷に史が今まで散々殴られてきたからであった。毎日のように自分の体に向かってくる拳や脚の軌道を見ることで、次第に目は慣れていき、次に相手が何をしてくるかさえも大体イメージがつくほどになっていた。史は決して弱いわけではない。抵抗することが自体が無駄だと思っていただけだ。
「へー…喧嘩慣れしてんじゃん…あいつ」ただのいじめられっ子のイメージだった史に中が関心していると、勝也が呑気にその場を強引に締めようとする。
「用も済んだし帰るか」
「おい、俺の用はまだ済んじゃいねーぞ。勝負しろや」
「おいおい、この滝のように流れる血を見てそれでも言ってんなら、オメー…さては人の子じゃねえな。まあオメー如きこのぐれえのハンデがあったほうがちょうどいいけど」
周りのことなどお構いなしで盛り上がる勝也と中を尻目に龍新會の他メンバーたちはというと、NO.1とNO.2をそろって失い、すっかり勢いがなくなった各々で顔を見合い「どうする」「もう龍新會も終わりか?」「一年…しかもこの間まで小学生だった奴らにここまで…」そんな気持ちに支配されそうになっている。
そんな時、存在感がイマイチな男、卓男が再び前に出る。
「まだこっちは全然減っちゃいねー!40近くいるんだぞ!こないだまで小学生だった奴ら相手に恥ずかしくねえのか!?ブチ殺せや!」
卓男の声に龍新會の男たちは「そうだ…まだこっちの方が全然多いじゃねーか…」「なめんじゃねー…」など各々で呟くと、自らを鼓舞するように声を荒げ、次々と三人に向かっていった。
「うらぁー!!!」
「おいおいまじかよ…」
大声を上げながら三人にぶつかってくる男たちは、倒しても倒しても次のものがまた押し寄せてくる。それも一方向だけでなく三方向ぐらいから一気にだ。次第に相手との適正な距離を保てなくなり三人は大群に飲み込まれていった…
時間は流れ、日はすっかりと暮れ、もう空には星が見えている。そして気の済んだ龍新會のメンツの姿は龍や新を含め見えなくなっている。
最終的に空を見上げていたのは勝也と史、中の三人だった。
砂利道に大の字で倒れこんでいる三人の少年たちの顔は腫れ上がり、もはやお互いの顔を確認するために顔を傾けることすら面倒になっていた三人の会話は空を仰いだままの会話となる。
「おい植草。なんできたんだよ、こんだけの人数に勝てるわけねーだろ。ちょっとだけ期待してたら本当に来てんじゃねーよ。」
「てめ…おれはオメーを殴りに来ただけだっつってんだろ。それに俺が来なきゃここまで善戦してねーぞ。もうちょっと感謝しやがれ!」
「うるせーよ!善戦したって現に3人してぶっ倒れてんじゃねーかバカ!…つーか…もう夜じゃねえか!クソッ!」
勝也と中の掛け合いに思わず笑ってしまう史に「なんだよ」と勝也と中が声を合わせた。二人はお互いを見合ってなんだか気まずそうな雰囲気。話題を変えるべく動いたのは勝也だった。こういう空気は大の苦手なのである。
「おいだれか、おれの靴その辺にねーか?どうやら右足だけ履いてねーみてーだ。起き上がるのが今まで生きてきた中で多分一番じゃねえかってぐらいめんどくせーから確認できてねーんだけどよ」
「しらねーよ、貧乏なんだからさがせよ。」史はまだ笑っている。
「うるせー!…おい松本!オメーの靴貸せや!俺のより綺麗だからよこせ!違和感を無くすために両方よこせ!」「やだよ、もうシャツ貸してやったろ!てか洗ってちゃんと返せよそのシャツ!」史は裸の上に学ランを羽織っている。どうやら勝也の頭に巻いてあるのは史のシャツのようだ。そんな二人のやりとりを今度は中が見て笑っている。
「ちっしょうがねーな…!おーい、俺の靴やーい!どこだー!…あっ!右足の靴くんやーい!」恥ずかしいのは勝也だけ。そのあたりを探して回ることを口実に二人から少しずつ距離を取っている。
「おまえよくあんなのと友達やってんな」中は上半身だけ起こし、寝っ転がっている史を見下ろす形で冗談半分で言った。
「別に友達ってわけじゃ…多分向こうもそんなこと」
「じゃあこんなとここねーだろ」
中の言葉に固まる史はどう反応していいのかわからなかった。そんな史の様子を見て中が続けてくれる。
「よくわかんねーよな。どっから友達っていうのか、…信頼してもいいのか。ほんとよくわかんねーよな、境い目が」
遠く離れた場所でまだ靴を探し回っている勝也を見ながら中は言った。そして史から見えるその横顔は、勝也が一人病室でいる時に見せたあの「心を掴まれるような顔」と同じ雰囲気を持っていた。
「何かあったの?」そう聞くこともできたが、遠くで靴を探す勝也を見ている中の眼を見ると、なんだかそんなことを望んでいないようで、また、そんなタイミングでもない気がして史はそのセリフを飲み込むことにした。しばらくヨタヨタと靴を探し続ける勝也を、中と二人で黙って見ているとまた中が話しかけてきた。
「おまえ、強いじゃん」
「まあ、殴られ慣れてるだけかな」
ふっと少し笑い中はそのまま立ち上がった
「おい!近藤!オメ−とはまたにしといてやらあ!」
「…しといてやらあだと?コラ植草!俺はこれぐれえなんともねえっつってんだろ!いでっ!だれだこんなとこに!なんだこりゃ!?」
中は再び、少し笑いうつむくと「さて…帰ったらなんて言おうかな…」と小さく呟いた。
「え?」
史の反応もむなしく、中はそのまま帰ってゆく。
瀬戸橋の下にそんな中の背中を目で追う史と、なにやらまだ中に向かって何か叫んでいる勝也を残して。




