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「刻む時間、希望の鐘」第五節

 楓の墓参りの許可が主治医から出たのは、三週間後だった。


 ――久しぶり。

 ――待たせすぎたよね。


 朱音と孝則の墓に手を合わせる。前を見ようとせずに逃げていた。逃げ続けていた。来る勇気がなくて現実から目を背けていた。苦しさだけで、見て見ぬふりをしていた。


 そのせいで、向き合おうとはしなかった。一人で幸せになるなんて納得ができない。

 

 腑に落ちない。


 家族が――皆がいるところにいきたかった。生き残ってしまった罪悪感はある。孝則や朱音、弥生は冷たい場所にいるのに、安全な場所にいる自分が柚須瀬なかった。


 温かい場所にいて守られているだけが嫌だった。その気持ちもあって蓮と葵の気持ちとは裏腹に死にたいと願っていた。


 死を望んでいた。

 あの時は愚かだったなと思う。


「やめろ」


 楓の手からナイフを取り上げた。俯いているせいで表情は見えない。行動としては二回目だった。傷は浅く跡にはならないだろう。孤独と戦っているのだと、自分を奮い立たせるために、もがいているのだと、そんな空気があった。


「お前に死ぬ権利はない」

「いらない! 優しさなんていらない! 優しくしないで!」


「家族だからに決まっているからだろう? 大丈夫だ。俺たちは楓を裏切ったりはしない。いなくなったりしない」

 

 だが、楓の体を抱きしめる。だが、体を押し返された。この温もりは自分のものではない。独占してはいけないと分かっている。腕の中にいるべき人物は、婚約者である葵のものだった。引き取られた後も死のうとしていた。


 結局、止められて未遂で終わった。『死』を望んでいた楓を見て、蓮と葵は隣にいてくれた。


 一筋の光となってくれた。


 手を差し伸べてくれたのである。

 生きたい。


 生きていたいと思っている。人々の復興を見ていきたいと決心をしていた。


 死にたいとは思わない。

 愚かな真似はしたくなかった。

 

 弱気なままではいられない。

 居場所もできた。


 心配をしてくれる人たちもいる。ともに、どこまでも歩いて行ける仲間がいる。今度は楓が恩返しをする番だった。


 ――遅くなってごめんなさい。


 生んでくれてありがとうと、そこには感謝しかない。そうでなければ、葵と蓮には出会えなかった。二人の家族にはなれなかったのである。


 お陰で蓮たちとはうまくいくだろう。一個人の「楓」として見てくれている。


 怒る時は怒る。

 

 美味しいご飯を食べた時はおいしいと言える。細やかな性質と気配りが、朱音と孝則とよく似ていた。


 ――葵さんと蓮さんと悟さんと家族。

 ――家族、か。


 家族の言葉にくすぐったさがある。青灰色の瞳が和らいだ。


 優しくなった。


 ――父さん、母さん。

 ――五年間という短い間でしたが、育ててくれてありがとうございました。


 ――弥生姉さん。

 ――一緒によく遊んでくれたよね。


 ――楽しかった。

 ――母さんたちみたいに温かい家庭を、いつか築いてみせるよ。


 ――幸せになります。

 ――見ていてね。

 太陽の光がここまで明るいものだと改めて――体感として感じていた。これ以上、影には隠れたくなかった。


「楓」

「葵さん、蓮さん」


 隊服ではなく私服を着ている。プライベートとしての時間なのだろう。家族として会話をしてみよう。


「ついておいで。見せたいものがある」

「墓参りに来てくれるとは思っていませんでした」


「楓は俺たちをどう思っている?」


 そうですね、と首を傾げる。


「最初はどこまで人の子ことに入り込んでくるのだと、それが第一印象でした。プライドも感情も全部ぐちゃぐちゃにされました」

「厳しいな」

「でも、違います。不器用な人だと分かっています」


 話しながら歩く。


「ここよ――着いたわ」


 隔離された場所に墓が立っていた。名前を彫られていなくても誰の墓なのか分かる。


 理解できる。

 

 研究所とともに命を散らした弥生の墓だった。周囲には色とりどりの花が植えられている。まるで、この場所を保護してくれているみたいに見えた。


 安心できた。


「綺麗な場所ですね。きっと、弥生姉さんも喜んでくれているはずです」


 自然が好きだった弥生は、いつも朱音と花を植えていたと思い出す。


「母さんたちも見てくれているでしょうか?」

「見てくれているだろう」


「蓮さん、葵さん。僕はあなたたちと家族で本当によかった」


 言えた。

 ようやく言えた。


 言いたかった言葉を形にできた。


 これが、終着点(ゴール)ではない。

 ここから出発点(スタート)なのだ。


「これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 三人は握手をした。



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