「崩れた平和、傷ついた心」第二節
同日、同時刻だった。
黒服の隊員服に身を包んだ青年の姿があった。珍しい薄緑の瞳と黒髪である。青年・桐原蓮は、視線を感じていた。振り返ってみれば、子どもがこちらを見ていた。その手には包丁が握られている。
今から踏み込んでも間に合わない。咄嗟にレーザー銃を手に取って、包丁を弾いた。かつん、と包丁が転がっていく音がする。数回、回って包丁は動きを止めた。
子どもの青灰色の瞳は何も映していない。無機質なガラスの瞳みたいだなと思った。目の前で家族が殺されたのだから、このような表所になるのは当たり前だ。
様子を見ながらタブレットに指を滑らせる。
保護者:沢田孝則、朱音。
仕事:武器職人。
保護対象:沢田楓、弥生。
もう一度、資料に目を通す。
姉は間に合わなかったが、弟は助かった。
『生存者の子どもを発見しました。直ちに保護します』
<その子の体調はどうでしょうか?>
携帯端末からパートナー兼婚約者の長屋葵の声が聞こえてくる。今は仕事中のために、敬語での対応だった。
『衰弱しています。病院の手配を頼みます』
<承知しました>
簡単な会話をして通信を切った。
「アンドロイド対策部隊・隊長の桐原蓮だ。君を助けに来た。無理に話さなくてもいいよ」
小さな体を自分の上着で包み込む。少しでも、人の体温を感じてほしかった。温かさを実感してほしかった。同時に自分たちは味方なのだと伝えたい。
関東地区はアンドロイドの侵略を受けて、家族連れなどは他の地区に別れて避難をしている。
「沢田家は警察に所属し、代々武器を開発していた有名な家系だ。だから、狙われたのだろう」
沢田家が襲われたのは、職業柄故なのか。
やはり、警察として働いていたのが大きかったらしい。
アンドロイドたちにとって、多くの仲間が殺された復讐か。
人間としての記憶はない。
使えなくなったアンドロイドは捨てられる。もしくは、トラックで廃棄所まで連れて行かれて、解体される。
再利用される可能性などない。
そして、燃やされる。
熱い、苦しいなどのなどの感情が分からぬまま、火あぶりにされる。あまりの境遇に自ら、アンドロイドに志願する者もいる。志願した者は弱い人間への嫌悪感と憎悪があるみたいだった。
戦いたいというその衝動を、抑えきれないみたいだった。どちらにしろ、志願していても実験中に亡くなる。アンドロイドになれるのはどく一部の者たちだけだ。そこから、さらに選別して表へと出られる。
アンドロイドは、欲望と日本を支配したい要求のために。
人間は生存して未来のために。
すれ違う思いが、アンドロイドと人間との戦いに発展をしていった。戦いへの開始となった。楓は戦いに巻き込まれたのである。蓮はアンドロイドに握られて赤くなった右腕に触れた。
最近、よくある癒しの力がある聖女になれたらどれだけいいか。
残念ながら自分の力はない。
――しまった。
――話が逸れてしまったな。
アンドロイドの状況報告なんて、語っても仕方がない。必要ないと切り離していく。世界情勢なんて関係ない。過去を振り切って、思考を切り替えていく。目の前の楓の命が優先だった。
楓を視界に移す。
瞳には暗い炎が宿っている。
そんな瞳をさせたいわけではない。完全に心は閉ざされてしまっている。深い、深い底なしの闇がそこにはあった。
――そうだ。
――俺はこの子を守るためにここにいる。
――嫌われ役なら買ってでよう。
――怒りをぶつけられるのなら、受け入れよう。
――「君」は「君」のままでいてくれ。
腕を引き寄せる。
白くて細い。
折れてしまいそうなほど細かった。治療をしていいのか迷うぐらいだった。迷っている暇はない。ペットボトルの水でタオルを濡らす。
タオルで冷やしていく。
痛かったな、よく頑張ったと傷がある部分を冷やしながら手当をする。手際よく包帯を巻いていく。ジリジリと体が熱をもっている。
この体を蝕んでいる異物と戦っているのだ。いつ緊張に意図が切れてもおかしくはない。
蓮にはそう読み取れた。
この子には武器は似合わない。
持たせたくないと感じた。
「――して?」
「――え?」
連は咄嗟に聞き返した。
「どうして、出会ったばかりの僕にここまでしてくれるのでしょうか?」
「俺たちは一人でも多くの命と助けたい。つなげていきたい。それだけだよ」
ふらり、と傾いた体を支える。
たった一人で、どれだけ不安だっただろうか。
孤独だったのだろうか。
体を抱きしめる。
二人の呼吸音だけが部屋に響いていた。




