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序章「崩れた平和、傷ついた心」第一節

 西暦二十三五年、八月八日、土曜日。

 午後一時十五分。

 

 あれは、暑い、暑い夏の日だった。空には入道雲が浮かんでいる。シュワシュワとセミが鳴いていた。セミの声を聞きながら、沢田楓は自室でバニラアイスをかじる。

 

 バニラアイスの甘さに頬が綻ぶ。あっという間に食べてしまった。

 

 何気ない日常だった。

 

 一日の風景の一コマだった。

 あの時までは――

 

 突然、轟音が響いてアンドロイドが踏み込んできた。まっすぐ進めばリビング、その横は両親である孝則と茜の部屋だった。二階に行けば男の子らしくシンプルな沢田楓の部屋で、隣室は姉である弥生が使っている。

 

 複数のアンドロイドによって、部屋が荒らされていく。銃声が響き渡った。足音が近づいてくる。銃声を聞いて住民が出て来ないのは、アンドロイド対策として壁が分厚いのもあるのだろう。当然、楓の部屋も対策としてセキュリティを強化していた。

 

 指紋や瞳の色彩認証を登録しない限り、弾かれる設定になっている。

 

 それが、突破されたというのなら、それなりの力をもったアンドロイドたちだ。平穏だった日々と幸せが壊されていく。穏やかな日々はあっけなく壊れてしまった。


「姉さん、助けて」


 楓は弥生の部屋に駆け込む。恐怖で震えながら、悲惨な光景を目の当たりにしてしまった。そこには、すでに息をしていない弥生の姿がある。


 窓から侵入してきたアンドロイドの一人の目に入ったみたいだった。先に殺されてしまったのである。アンドロイドが荒らしたのか、ぬいぐるみや漫画が散らかっていた。生き残ったのは自分のみだと理解をした。今まで、茜や孝則、弥生に守られていたと気付く。


「嘘?」


 顔から血の気が引いていく。

 逃げ場を完全に断たれた。


 立ちなれないぐらいの衝撃だった。絶望が広がっていく。


「男の方はどうする? 一緒に連れて行くか?」

「いや、女の方だけ連れて帰る。細かい動きができるのは女だからな」


 人間とは違って機械音に近い声で、アンドロイドが話をしているのを聞いた。仲間として迎え入れる。価値があると考えているのだろう。楓の細い肩にアンドロイドの手が触れた。


 夏のはずなのに、鳥肌が立つ。逃げられない。振り払える力がなかった。言葉すら出てこない。触れられた部分が麻痺していくのが分かる。


 死というのはこういった感覚なのか。


 ――もう、助からない。


 瞳を閉じる。


 楽になれるのなら、家族の傍にいきたかった。家族を奪われて、生きる意味はない。


 気力もない。

 希望もない。


 レーザー銃が壁にあたって、角度を変えながらアンドロイドを貫いた。バチバチと音を立てて、アンドロイドたちが全員崩壊していく。楓はその様子を呆然と見ていた。


 一瞬の出来事だった。


 ――助かったのか?


 アンドロイドの手が離れて、止まっていた血液が再び動き始める。


 息を吹き返していく。

 心臓に手をあてる。


 ドクン、ドクン。


 そこには、確かに心臓の鼓動があった。動いてはいる。


 それでも――。

 都は立ち上がった。


 台所から包丁を取り出して、ひたり、首に持っていく。


 ――僕もそっちに逝くから待っていて。

 ――弥生姉さん、母さん、父さん。


 ――また、皆で笑って過ごそうよ。


 ひんやりとした金属の感触がする。

 刃を滑らせていく。


 首筋に赤い線が入った。

 もっと、力を入れれば死ねる。


 包丁を握る手を強くした。

 あとは、一気に引き裂けばよかった。


 どうせ、一般人が一人死んだぐらいで、誰も何も言わない。完全な孤独でもあった。


 あと一息である。

 楓は瞳を閉じた。


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