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「刻む時間、希望の鐘」第三節

 昼下がりの雨の日だった。

 病室の窓にも水滴がついている。

 

 葵は楓の汗を拭った。

 まだ、体は熱い。


 頬は赤かった。

 

 そっと撫でると、ん、と声を上げて体が身じろぐ。青灰色の瞳がゆるりと開く。


 瞳は潤んでいる。

 不思議な魅力を放っていた。


「葵さん」

「ごめん。起こした?」


「大丈夫」



 昼ごはんの雑炊がそのまま残っている。食べないと口元にもっていくと嫌々と首を振る。


 「我」を出す機会も増えてきていた。


「みてほしいものがあるの」


 携帯端末に指をすべらせていく。

 ある動画を開いた。


『おーい、楓副班長生きているか?』

<バカ。お前。楓副班長になんて態度を。上司だぞ>


『えー、堅苦しくなくてもいいと思うけどな』

<式典の準備は問題なく進んでいます。完治させて戻ってきてください>


『そうそう。楓副班長がいないと空気が締まらなくてさ』

<お前がだらしないだけだろう。楓副班長煩くて申し訳ありません>


『俺、入隊した当初は楓副班長の無機質な瞳が怖かった。こんな者の下で働くのかと身震いしたよ。けれど、楓副班長も家族を失って生きるのに必死だったのだろうなと思う』

<楓副班長。私たちはいつでもあなたの味方です>


 相変わらず、あの子たちは賑やかねと動画を切る。でも、動画を送ると聞かなかったのよ、とコップに水を注ぎながら話す。注いだコップを渡した。


 すると、楓がジッと何かを見つめているのに気が付いた。視線を辿ってみると、雑炊が置かれている。動画の効果はあったらしい。食べてみる? とスプーンを取り出した。おいしいと、口が動くのを葵は見た。


 食べる気力を取り戻してくれたのは大きかった。明るい兆しでもある。瞳には多少光が戻ってきていると感じた。


 ――動画を撮影してもらって正解だったわね。

 ――あなたを思ってくれる人はたくさんいるのよ。


 ――早く元気になろうね。


 葵は楓の手を握る。武器を持っていたとは思えない奇麗な手だった。


 ――楓の手はこんなに細かったのね。


 この手で任務を全うしてきたのだ。

 忠実にこなしてきたのだ。


 ――大人になるしか方法がなかったのね。


 黙らせるのも一段階上へと踏み込むしかなかった。そこから、駆け上がっていったのである。副班長に抜擢されたのも「桐原」の名前は関係なく実力の身で示してきた。経緯を知っているからこそ――間近にいたからこそ心が痛む。


「――なさい」


 ぼんやりと手を眺めていると小さな声がした。


「楓?」

「弱くてごめんなさい」


「謝る必要なんてない。その弱さを含めて楓だわ」

「蓮さんにも言われました。戦っていた時の強さも弱さもひっくるめて「僕」は「僕」だと」


「先を越されてしまったわね」

 

  困ったわと頬に手をあてて笑う。笑顔はその場の空気をパッと変えてしまった。


「葵さん。これは僕がけじめをつけないといけない問題でもありますから、自分たちを責めないでくださいね」

 

 葵はもう休んだ方がいいわと、楓の瞼を手で覆った。



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