「再会、最後の詩」第四節
あと少しだった。
人間を倒せそうだった。
世界が手に入りそうだったのである。なのに、邪魔が入った。
目障りで仕方がなかった。
――殺す。
――渡した作る世界に反対する奴は、退場をしてもらうわ。
――己の弱さを思い知れ。
武器を形成していく。
「許さない」
瞳がギラリと光った。傍観をしていた姿から動き出す。すると、ピクリと動きを止める。
『お姉ちゃん!』
『ねぇ、お姉ちゃん!』
『何ボーとしているの? 僕の話を聞いてよ!』
遠くで少年の声がする。
甘えた声だった。
――誰?
――誰の声なの?
誰かを捜しているみたいに、キョロキョロと視線を巡らせる。
空を見ていた。
『お姉ちゃん!』
今度は脳裏に直接話しかけてきた。
『お待たせ、楓。迎えに来たよ』
『パパとママは?』
『まだ、仕事よ。今日は私と一緒に帰ろうね』
ランドセルを背負った少女と、幼稚園ぐらいの男の子が浮かんでくる。焼き付いている。つないでいる手は小さかった。
束の間の時間だった。
目の前にいる少年と面影がある気がする。重なって見えた。髪色も瞳の色も一緒だった。仕草や身に纏う空気がよく似ている。何かがひっかかっているみたいで思い出せない。
大切な何かを忘れている。
「知らない。私はこんな記憶覚えてない」
「無理に思い出さなくても大丈夫」
「私たちはどこかであっているのか?」
さっきの映像が気になっていた。
なかなか離れようとしなかった。
忘れてはいけない。
思い出せ。
そう訴えかけている。
「あなたは私の姉だった。家族だった」
「残念だが私のその記憶はない」
「知っているよ」
「お前に『姉』と――」
呼ばれる理由はないと言葉は続かなかった。突き飛ばして頭を抱えて座り込む。流れてくるのは家族としての楽しかった日々を、徐々に思い出していく。
封じ込まれていた記憶が走馬灯みたいに流れ込んでくる。閉じ込めてきた思いが戻ってきた。ぼんやりとしていた瞳は光を取り戻していた。出てきたのは楓の姉としての反応である。「沢田弥生」個人として、沈んでいた魂が復活したのだ。
――全部、思い出したわ。
目の前にいるのは成長した楓だった。弥生は大粒の涙を流す。
「楓、ごめん。ごめんなさい。私を許して」
謝るのも自己満足だった。
謝ってすむだけではないだろう。楓を巻き込んでしまった。戦火の最前線へと、引きずり出してしまった。隊服なんて着なくてすんだ。武器を持つ選択肢なんてなかったはずだ。
楓の人生を歪めたのである。
その責任は重い。
行きつく先は地獄だろう。
ならば、命と引き換えに代償を払おうではないか。
差し出そうではないか。
「弥生姉さんも一緒に出よう」
「いいえ。私の残るわ」
「どうして?」
「私が全部の責任を取る」
「弥生姉さんだけが責任を取る必要はない」
「私たちがやってきた業は許されることではないわ。それに、私は長生きできないと思うの」
アンドロイドとして生きていた中で、いつ暴走をするか分からない。楓と家族を殺してしまうかもしれない。
自分の中で眠っている本能には勝てない。深く眠っている獣を呼び起こすつもりはなかった。獣を呼び覚ませないためにも、自我を保つためにもそう判断を下した。
それに、新たな火種を作らないためでもある。新たな戦いを防ぐためである。アンドロイドになってからは、大和に何回も抱かれている。
体は汚れている。
大和に抱かれた体では楓の手を取れない。別々の道を行くべきだと、一緒にいるべきではないと説得をする。
「最初から死ぬつもりでいたのか?」
「これだけは譲れないの」
死ぬのが運命だった。
滅びてしまいのなら従うしかない。不思議と気持ちは落ち着いていた。
死についての恐怖心はない。
「僕に殺せと?」
「これ以上、楓の手を汚させないわ」
弥生は楓の懐からブラッディ・ルージュを取り出す。もう、ブラッディ・ルージュはいらない。戦闘は終わったのだ。戦いは楓たちが勝利したのである。
――戦争の闇は私が全部持っていくわ。
「弥生姉さん」
「楓には待ってくれている人がいるでしょう? 私は楓と家族で幸せだったわ」
――私の代わりにあなたは夢を叶えて。
「僕も同じだ。最後に話せてよかった」
「行きなさい、楓」
「さようなら、弥生姉さん」
後ろ姿を見届ける。
楓が去って部屋に煙が充満していく。
ゴホゴホと乾いた咳をする。
炎が何もかも飲み込んでいく。
焼き尽くしていく。
熱さは感じない。
心は穏やかだった。
終焉の時がやってくる。
――楓とも話せたし思い残しはないわ。
喜びしかなかった。
――私はいなくなる。
――生きていた存在はなくなる。
――応援をしているわ。
――ありがとう、楓。
――家族としていて愛している。
――大好きよ。
――私の大切な弟。
――いつか、また会いましょう。
これで、綺麗に逝ける。
「おいで、弥生」
幻だろうか。
夢だろうか。
朱音と孝則がいた。
弥生を見て優しく微笑んでいる。
「お父さん! お母さん!」
二人の胸に飛び込んだ。
笑ってくれる。
「弥生は弥生でよく頑張った。苦しかったよね。辛かったよな。思い出してくれてよかった。遅くなってすまない」
「だから、迎えにきたの。私たちと一緒に逝きましょう。眠りましょう」
こくりと頷く。
自然に戻れる。
人としての感情を取り戻せる。
それだけで、満足だった。
弥生は炎の中へと消えていった。




