「衝撃の事実、残酷な詞」第二節
――疲れた。
――疲れたよ。
公園のベンチに一人で座っていた。人気のない公園は静寂に包まれている。
帰りたい。
帰りたくない。
戻りたい。
戻りたくない。
心と体がバラバラだった。気持ちを誰に伝えていいか分からなくて、もどかしかった。
お互いを傷つけて。
傷つけられて。
最後は何が残るのだろうか。
蓮の言葉をきいておけばよかった。素直になれず払いのけてしまった。あれだけ、よくしてくれたのに、信頼関係が崩れてしまった。
――父さん、母さん、弥生姉さん。
――僕はどうすればいい?
心の中で朱音と孝則、弥生に呼び掛けた。当然、三人からの返答はない。やはり、あるのは蓮と葵の顔だった。
存在は大きかった。
忙しくても愛情を注いでくれた。
何をしても愛情は取り戻せない。
孤独が似合っていた。
乾いた笑いが響く。
次の瞬間だった。
――え?
ぽつり、と腕に水滴が落ちた。
何滴も落ちてくる。
頬に手をもっていくと濡れていた。
泣いていたのだ。
知らない間に泣いていた。
次から次へと溢れてくる。
泣くのを忘れたなんて嘘だった。忘れてなんていなかった。
――ほら、僕はこんなにも弱い。
――弱い人間だ。
呼吸が乱れるのも気にせずに、泣きじゃくった。人通り泣いて落ち着いたその時だった。太陽の光が遮断される。東京都民はすでにシェルターに逃げているか、県外の親族の家に避難しているはずだった。
今頃、行く末について固唾を飲んでみているはずである。確かに、今日の会議で取り上げられていた。だとしたら、考えられるのは一つだけだった。
両親を殺して弥生を『作り変えた』ものの仲間だった。全てを奪い絶望を与えた『物』――アンドロイドだった。
恨む相手でもある。
蓮と喧嘩して武器は本部に、置いてきたままである。投げ出したままだった。両親が作ってくれた武器も、本部の倉庫にあった。眠ったままで鍵すら開けていない状況である。
鳩尾にアンドロイドの拳が入った。こぷり、と血を吐き出す。白い肌が血に染まる。踏ん張ってアンドロイドの見えない部分に、位置装置を取り付ける。赤いランプがついて位置装置が作動を始めた。
せめてもの二人への償いでもあった。罪滅ぼしでもあった。幸いアンドロイドは気づいてない。情報部隊が解析をしてくれるだろう。自分にできるのはここまでだった。
体の力を抜く。
もしかしたら、楓と葵は迎えに来てはくれないかもしれない。
呆れているかもしれない。
態度に怒っているはずである。
敵に殺される。
命を奪われる。
望んできたではないか。
願ってきたではないか。
求めたではないか。
夢がかなうのである。
それ以上の幸福に何があるのだろうか。
命がほしいなんて思っても、滑稽なだけだった。すがりつく理由もない。答える気力もない。「いい子」の楓を演じなくていいのだ。
――これで、解放される。
悩まなくてもよかった。誰かの記憶になんか残らなくてもよかった。一人消えたぐらいで、市民は誰も気にはしない。
ぷつり、と糸が切れる。
心は擦り切れている。
小さい頃からの闇は、思っていたよりも深く体も心も蝕んでいた。人よりも血を流し続けてきてしまった。
限界でもある。
壊れかけていた歯車が、カラカラと回り始める。軋みながらスピードを上げていく。ギリギリのラインでせき止めていた水が流れていく。
――蓮さん、葵さん。
――ごめん。
――ごめんなさい。
――許してください。
――生きていくのに疲れてしまいました。
――どうか、どうか。
――神様。
――僕の我儘を聞いてください。
――二人の人生が順風満帆だと保証してください。
――約束をしてください。
――僕にできるのはそれぐらいです。
――先に逝ってしまう僕を許してください。
――さようなら。
――精一杯愛してくれてありがとうございました。
抵抗しない体をアンドロイドが、軽々と抱き上げる。逆らわずに瞳を閉じた。徐々に意識が薄れていく。鍵と携帯端末が滑り落ちていく。かつん、と硬質な音がする。
電源が切れる。
鍵は遠くに飛んでいく。
そのまま、意識を失った。




