表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第5章:セルフ粉飾決算と最後の退職届

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/40

第34話:牙を剥く創業者ーー「お前はまだ、民の味方をやめていない」

 額を伝う血が頬を流れ落ちる。


 門前では怒号が渦を巻いていた。


「泥棒相国を許すな!」


「土地を返せ!」


 相国府は群衆に囲まれていた。


 石が飛ぶ。


 怒鳴り声が飛ぶ。


 誰も止まらない。


 曹参が兵を率いて押し返しているが、焼け石に水だった。


 蕭何は従者に支えられながら執務室へ戻った。


 布で額を押さえる。


 真っ赤だった。


 思った以上だ。


 ここまで民が怒るとは。


 名声を捨てる。


 それが狙いだった。


 劉邦を安心させるため。


 生き残るため。


 だが民の怒りは予想を超えていた。


 このままでは暴動になる。


 長安そのものが揺らぐ。


「相国」


 曹参が飛び込んできた。


「外は限界です」


「直訴は」


「山のように届いております」


 机の上へ束が積まれる。


 蕭何は一枚を開いた。


 文字が震えている。


 涙の跡もあった。


 土地を返してくれ。


 子供が飢える。


 冬を越せない。


 そんな言葉ばかりだった。


 蕭何は目を閉じた。


 しばらく黙る。


 やがて立ち上がった。


「曹参」


「はい」


「陛下に会う」


 曹参の顔色が変わる。


「今ですか」


「今だ」


「危険です」


「承知している」


 だから行く。


 もう後がなかった。


   ◇


 長楽宮。


 寝殿には薬の臭いが満ちていた。


 劉邦は寝台に横たわっている。


 顔色は悪い。


 だが目だけは生きていた。


 獲物を狙う狼の目だった。


「蕭何か」


 劉邦が笑う。


「頭を割られたそうじゃねえか」


「不徳の致すところです」


「ははっ」


 劉邦は愉快そうだった。


「民に石を投げられる相国か。傑作だな」


 蕭何は黙った。


 その沈黙を見て劉邦はさらに笑う。


「それで?」


「お願いがございます」


「金か?」


「違います」


 直訴状を差し出す。


 劉邦の目が細くなった。


「民からです」


「だから何だ」


「このままでは暴動になります」


「お前が始めた話だろう」


「承知しております」


 蕭何は頭を下げた。


「だからこそ、お救い願いたいのです」


 寝殿が静まり返る。


「申してみろ」


 蕭何は息を吸った。


「上林苑を開放してください」


 審食其が目を見開いた。


 上林苑。


 天子の遊猟地。


 広大な森。


 広大な土地。


 だが今はほとんど使われていない。


「あの土地を民に耕させてください」


「……」


「薪を拾わせてください」


「……」


「そうすれば飢えは収まります」


 劉邦は答えない。


 ただ見ている。


 じっと。


 不気味なほど静かだった。


「終わりか」


「はい」


「なるほどな」


 劉邦がゆっくり体を起こした。


 包帯が赤く滲む。


 それでも止まらない。


「蕭何」


「は」


「お前は本当に賢い」


 声が低い。


「だから嫌なんだよ」


 蕭何の背筋が冷えた。


「陛下?」


「民から土地を奪う」


 劉邦が言う。


「民が怒る」


「……」


「そこで俺が上林苑を開放する」


 劉邦の口元が歪んだ。


「するとどうなる?」


 蕭何は答えられない。


「民は俺を褒めるか?」


 劉邦が笑う。


「違うよな」


 笑顔が消えた。


「全部お前の手柄になる」


 空気が凍る。


「蕭何様が救ってくれた」


「蕭何様が陛下を説得した」


「民はそう言う」


 劉邦は吐き捨てた。


「違うか?」


 蕭何は言葉を失う。


「お前はまだやめてねえ」


 劉邦の目が光った。


「民の味方をやめてねえんだ」


   ◇


「陛下」


「黙れ」


 怒声が響く。


 咳が止まらない。


 血が口元に滲む。


 それでも劉邦は蕭何を睨み続けた。


「韓信もそうだった」


「彭越もそうだった」


「みんな俺を裏切った」


 荒い息。


 震える肩。


「お前も同じだ」


「違います」


「違わねえ」


 劉邦が叫ぶ。


「お前は賢すぎる!」


 寝殿の空気が張り詰める。


「俺の庭を削り」


「俺の財産を削り」


「民を味方につける」


「それが違うと言えるか!」


 蕭何は頭を下げた。


 何を言っても届かない。


 もう理屈ではない。


 猜疑心そのものだった。


「審食其」


「はっ」


「兵を呼べ」


 その瞬間。


 蕭何は悟った。


 終わった。


   ◇


 扉が開く。


 近衛兵が雪崩れ込んできた。


「相国・蕭何」


「動くな」


 腕を掴まれる。


 床へ押し倒される。


 冠が転がった。


 乾いた音が響く。


「陛下!」


 最後の声。


 だが劉邦は目を閉じていた。


「連れて行け」


 それだけだった。


 蕭何は引きずられる。


 長い廊下。


 百官たち。


 誰も助けない。


 誰も声を上げない。


 曹参も立ち尽くしていた。


 国家第二の男。


 その地位は一瞬で消えた。


   ◇


 監獄は地下深くにあった。


 冷たい石壁。


 湿った空気。


 鉄格子。


 蕭何は苦笑した。


 ここを設計したのは自分だ。


 逃げ場のない牢。


 最も堅固な監獄。


 完璧だった。


 完璧すぎた。


 重い扉が閉まる。


 光が消える。


 暗闇だけが残った。


「まいったな」


 誰もいない牢で呟く。


 それでも思考は止まらない。


 まだ殺されていない。


 なら終わりじゃない。


 必ず出口はある。


 そう考えた時だった。


 コツン。


 足音。


 コツン。


 また一歩。


 誰かが近づいてくる。


 看守ではない。


 もっと静かだ。


 もっと重い。


 やがて足音が止まる。


 松明が灯った。


 闇が裂ける。


 その先に立っていた人物を見て、蕭何は息を呑んだ。


 呂后だった。


 韓信を死へ追い込んだ女。


 その手には一本の絹紐。


 見覚えがある。


 嫌というほど。


 呂后は静かに微笑んだ。


「安心なさい、蕭何」


 その笑みは優しかった。


 だからこそ恐ろしい。


「今日は殺しに来たのではありません」


 蕭何の背筋を冷たい汗が流れる。


 では何のために来たのか。


 呂后は牢の前でしゃがみ込んだ。


 そして小さく囁く。


「あなたには、まだ働いてもらいます」


 その言葉の意味を尋ねるより先に。


 呂后は懐から一枚の竹簡を取り出した。


 そこに記されていた名前を見た瞬間。


 蕭何の表情が凍りついた。


 そこには。


 次に粛清される人物の名が書かれていた。


 第34話 了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


突然ですが、作者からコンサル的お願いがございます。


「ブックマーク・評価」という施策を打てていない読者様、費用対効果は最高です。ワンクリック・5秒・無料。これ以上のROIはありません。


次話の更新速度というKPIに直結しますので、何卒ご支援のほどよろしくお願いいたします!


また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9418lx/

王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ