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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第4章:異性王粛清と非情なリストラ

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第32話:未央宮の落成式 血で築かれた宮殿

冬空の下。


未央宮は静かにそびえていた。


磨き上げられた白壁。


天へ伸びる大屋根。


新しい王朝の威光を示すために築かれた巨大な宮殿だった。


だが、その門をくぐる百官たちの顔は暗い。


祝いの日とは思えない。


誰もが声を潜めていた。


石畳に響く足音さえ重たい。


蕭何は正装をまとい、長い階段を上る。


背後には監視兵たち。


劉邦が帰還しても消えなかった影だ。


むしろ数は増えたように見える。


未央宮は完成した。


だが蕭何を囲む檻も完成していた。



玉座の間は冷えていた。


中央の高座。


そこに劉邦が横たわっている。


胸には厚い包帯。


顔色は悪い。


痩せた頬が病の深さを物語っていた。


それでも目だけは鋭い。


獲物を見定める老狼の目だった。


その傍らには呂后。


石像のように動かない。


「来たか、蕭何」


劉邦が声を出す。


掠れている。


だが威圧感は消えていなかった。


「陛下」


蕭何は深く頭を下げた。


「未央宮は見事だな」


劉邦は天井を見上げる。


「こんな立派な宮殿が建つとは思わなかった」


咳が漏れる。


呂后が静かに背を支えた。


「お前の働きだ」


「恐れ入ります」


蕭何はそう答えるしかない。


「英布の後始末は終わったか」


「すべて完了しております」


蕭何は竹簡を差し出した。


韓信。


彭越。


英布。


建国を支えた異姓王たちの記録。


その最後だった。


審食其が受け取り、劉邦へ渡す。


劉邦は黙って目を通した。


部屋に沈黙が落ちる。


長い時間だった。


やがて竹簡が閉じられる。


「終わったな」


劉邦が呟いた。


「はい」


「韓信も」


「はい」


「彭越も」


「はい」


「英布も」


「はい」


短いやり取り。


だが蕭何の胸は重かった。


そこに並ぶ名は、かつて共に戦った男たちだった。


「これで俺の子らも少しは安心だ」


劉邦は目を閉じる。


疲れ切った声だった。


その時だった。


「陛下」


呂后が静かに口を開く。


「まだ安心なさるには早いかと」


蕭何の背筋に寒気が走った。



劉邦がゆっくり目を開く。


「何が残っている」


「外の敵は消えました」


呂后の視線が蕭何へ向く。


「ですが人の心は残ります」


誰も言葉を発しない。


だが意味は明白だった。


長安の民。


官吏たち。


彼らが最も信頼する男。


それが誰なのか。


全員が知っている。


「蕭何」


劉邦が名を呼ぶ。


「はっ」


「お前は人気者だな」


穏やかな口調だった。


だからこそ恐ろしい。


「身に余る評判にございます」


「俺が前線で矢を受けてる間も、お前の名は毎日のように耳へ入った」


劉邦は笑う。


だが目は笑っていない。


「相国のおかげで飢えなかった」


「相国のおかげで暮らせた」


「相国のおかげで長安は平和だった」


一つずつ読み上げる。


まるで罪状のように。


「ありがたい話じゃねえか」


劉邦が言う。


蕭何は返せない。


「俺が死んだらどうなると思う」


その問いに部屋が凍る。


誰も答えなかった。


「お前は何もしなくてもいい」


劉邦は続ける。


「周りが勝手に担ぎ上げる」


蕭何は額を床につけた。


「そのようなことはございません」


「お前はそうだろうな」


劉邦は薄く笑った。


「だが人は違う」


その一言が何より重かった。



式典は短く終わった。


祝宴もなかった。


未央宮完成の日とは思えないほど静かだった。


蕭何は宮殿を後にする。


長い回廊。


冬の風。


後ろには監視兵。


鎧の音だけが続いていた。


まるで死刑囚の行列だ。


相国府へ戻った頃には夜になっていた。


机の前へ座る。


白紙の竹簡を見つめる。


何を書けばいい。


何をすれば生き残れる。


答えは見つからない。


その時だった。


窓がわずかに開く。


冷たい風が吹き込んだ。


人影が現れる。


「ずいぶんひどい顔だな」


聞き慣れた声だった。


召平。


沛県時代からの旧友。


今は畑を耕して暮らしている男だ。


「ここへ来るな」


蕭何は顔をしかめる。


「見つかれば危険だ」


「危険なのは俺じゃねえ」


召平は笑った。


「あんただ」


蕭何は黙る。


「未央宮へ行ったんだろ」


「……ああ」


「なら分かったはずだ」


召平の目が細くなる。


「天子はあんたを恐れてる」


その言葉は胸へ突き刺さった。


「俺は謀反など考えていない」


「そんなことは関係ねえ」


召平は即答する。


「疑う側にとっちゃな」


蕭何は言葉を失った。


「民はあんたを慕う」


「役人はあんたを信じる」


「その時点で危ねえんだ」


部屋に沈黙が落ちる。


やがて蕭何が呟いた。


「どうすればいい」


召平は即答した。


「嫌われろ」


蕭何は顔を上げる。


「何だと」


「善人をやめろ」


召平は机へ身を乗り出した。


「土地を買え」


「民から奪え」


「欲深い相国になれ」


蕭何は目を見開く。


「正気か」


「正気だから言ってる」


召平の声は低かった。


「皆が慕う蕭何は危険だ」


「皆が嫌う蕭何なら安心できる」


蕭何は拳を握る。


これまで積み上げたものを、自ら壊せと言うのか。


「名声と命」


召平が言う。


「どっちを取る」


答えは分かっていた。


だからこそ苦しい。


長い沈黙の後。


蕭何は筆を取った。


震える手だった。


白紙の竹簡へ最初の一文字を書く。


それは法案ではない。


補給計画でもない。


自分の評判を壊すための最初の命令だった。


召平は小さく頷く。


そして夜の闇へ消えた。


執務室に残るのは蕭何だけ。


筆先が竹簡を走る。


その時。


閉じたはずの扉が音もなく開いた。


蕭何の手が止まる。


立っていたのは審食其だった。


松明の火が揺れる。


その視線は真っ直ぐ竹簡へ向いていた。


書き始めたばかりの文字。


深夜の密談。


説明のつかない状況。


審食其の口元がゆっくり歪む。


「相国」


静かな声だった。


だが蕭何には死刑宣告のように聞こえた。


第32話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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