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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第4章:異性王粛清と非情なリストラ

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第28話:鐘室の悲劇――友を切り捨てるための最終監査

 肉の裂ける音が、鐘室の闇に響いた。


 未央宮の地下。


 窓のない石造りの部屋。


 湿った空気のなかで、何本もの竹槍が振り下ろされる。


「がっ……!」


 韓信の身体が大きく揺れた。


 白い衣が赤く染まる。


 血が床を伝い、蝋燭の光を鈍く照り返した。


 かつて項羽を破り、天下統一へ導いた男。


 国士無双。


 その最期はあまりにも小さく、あまりにも静かだった。


 蕭何は部屋の隅に立っていた。


 足が動かない。


 声も出ない。


 ただ目の前で起きている光景を見つめることしかできなかった。


 韓信がゆっくりと顔を上げる。


 唇から血が流れていた。


 それでも瞳だけは不思議なほど澄んでいる。


「蕭何……さん……」


 掠れた声だった。


「あなたに追われた、あの夜から……私の命は……あなたのものだった……」


 蕭何の胸が締め付けられる。


 月明かりの下を馬で駆けた夜。


 誰よりも先に韓信の才を見抜いた日。


 漢の未来を託した瞬間。


 すべてが胸の奥によみがえった。


「だから……いいのです……」


 韓信は微かに笑った。


「あなたが終わらせるなら……」


 そこで言葉が途切れた。


 身体から力が抜ける。


 竹槍が引き抜かれる。


 そして韓信は静かに床へ倒れた。


 二度と動かなかった。


 部屋を包むのは荒い呼吸だけ。


 女官たちも言葉を失っていた。


 呂后だけが違った。


「終わったわね」


 淡々とした声だった。


 まるで長く積み上がっていた案件が片付いたとでも言うように。


「相国」


 呂后が振り返る。


「まだ仕事は残っているわ」


 蕭何は返事をしなかった。


「淮陰侯の財産を没収する。一族も処理する。すべて法に従って進めなさい」


 しばらく沈黙が続く。


 やがて蕭何は小さく頭を下げた。


「……御意」


 自分でも驚くほど冷たい声だった。


     ◇


 相国府へ戻った頃には夜が明けかけていた。


 蕭何は机の前へ座る。


 目の前には白い竹簡。


 山のような書類。


 韓信の屋敷。


 財産。


 家臣。


 親族。


 処理しなければならない案件が積み上がっている。


 だが蕭何の目には文字が入ってこなかった。


 先ほどまで生きていた男の顔だけが浮かぶ。


「相国」


 曹参が入ってきた。


 顔色が悪い。


「韓信の一族についての報告です」


 蕭何は受け取った。


 竹簡には親族の名が並んでいる。


 幼い子供の名もあった。


「本当に執行するのですか」


 曹参が言った。


「母方の親族まで含めて」


「法だ」


 蕭何は答えた。


「大逆罪は三族連座」


「ですが彼らは何も――」


「法だ」


 もう一度繰り返した。


 今度は自分へ言い聞かせるように。


「私が作った法だ」


 曹参は黙り込んだ。


 蕭何は筆を取る。


 一人ずつ名前を書き込んでいく。


 執行。


 没収。


 移送。


 処刑。


 筆先が震えた。


 竹簡の文字が滲む。


 涙だった。


 曹参はそれを見た。


 だが何も言わなかった。


「相国」


「何だ」


「後悔していますか」


 長い沈黙。


 蕭何は答えなかった。


 代わりに竹簡を差し出す。


「執行しろ」


 曹参は受け取った。


 重そうに。


 まるで石でも抱えるように。


「……承知しました」


 部屋の扉が閉まる。


 一人になった蕭何は机へ突っ伏した。


 涙が止まらなかった。


 韓信を見つけたのは自分だった。


 韓信を王にしたのも自分だった。


 そして韓信を殺したのもまた自分だった。


 漢という国は強くなった。


 だがそのために失ったものは何だったのか。


 蕭何にはもう分からなかった。


     ◇


 数日後。


 長安の市で韓信一族の処刑が行われた。


 蕭何は見に行かなかった。


 行けなかった。


 執務室に閉じこもり、帳簿だけを見続けた。


 没収された黄金。


 土地。


 屋敷。


 すべてが国庫へ組み込まれていく。


 数字だけを見ていれば何も考えなくて済む。


 そう思った。


 だが無理だった。


 数字の向こうに韓信の顔が見える。


 書類をめくるたびに思い出してしまう。


 その時だった。


 外が急に騒がしくなった。


「急報!」


 兵士が飛び込んでくる。


「陛下が陳豨を討ち破りました!」


 劉邦が帰ってくる。


 本物の勝報だった。


     ◇


 数日後。


 長楽宮。


 劉邦は蕭何を呼び出した。


「韓信の件は聞いた」


 開口一番だった。


 蕭何は頭を下げる。


「九章律に基づき処断いたしました」


「そうか」


 劉邦は酒を口へ運んだ。


 しばらく黙る。


 やがてぽつりと呟いた。


「あいつが死んだか」


 その声はどこか寂しげだった。


「項羽を倒したのはあいつだ」


「……」


「俺じゃねえ」


 蕭何は顔を上げられない。


「強すぎたんだよ」


 劉邦は笑った。


 だが目は笑っていなかった。


「あいつは強すぎた」


 再び同じ言葉。


「だから皇帝の隣には置けなかった」


 それが本音だった。


 友ではなく。


 功臣ではなく。


 皇帝としての答え。


「蕭何」


「はっ」


「お前には苦労をかけたな」


 劉邦が肩を叩く。


 温かい手だった。


 だが次の言葉で蕭何は凍りつく。


「最近、お前の身が心配でな」


「……と申しますと」


「近衛兵を五百人つけることにした」


 蕭何は顔を上げた。


「五百人だ」


 劉邦は笑う。


「これで安心だろ?」


 安心。


 そんなはずがない。


 それは護衛ではない。


 監視だった。


 韓信を消した男。


 朝廷最大の功臣。


 兵を持たぬとはいえ、官僚機構を握る相国。


 今度は蕭何が警戒される番だった。


「ありがたき幸せ」


 声が震えた。


 劉邦は満足そうに頷く。


「お前は漢の宝だからな」


 その笑顔は昔と変わらない。


 沛県で酒を飲んでいた頃と同じだった。


 だがもう違う。


 目の前にいるのは皇帝だった。


     ◇


 相国府へ戻ると、すでに兵士たちが並んでいた。


 門。


 廊下。


 中庭。


 執務室の前。


 どこにも兵がいる。


 蕭何が歩けばついてくる。


 座れば見ている。


 書類を読めば背後に立つ。


 息苦しいほどの監視だった。


 蕭何は静かに執務室へ入る。


 机の上には新しい竹簡が積まれていた。


 韓信はいない。


 だが韓信が残した言葉だけは消えない。


『お前を捨てた奴らも、いずれ同じ目に遭う』


 あれは恨み言だったのか。


 それとも予言だったのか。


 蕭何には分からない。


 ただ一つだけ分かることがある。


 韓信を飲み込んだ怪物は、まだ飢えている。


 そして今、その視線は確実に次の獲物へ向けられていた。


 蕭何は震える手で竹簡を開いた。


 その背後には、五百人の監視の目。


 逃げ場はどこにもない。


 生き残りをかけた戦いは、ここから始まる。


第28話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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