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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第4章:異性王粛清と非情なリストラ

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第27話:呂后からの裏交渉――韓信処刑計画

相国府の夜は静まり返っていた。


蝋燭の炎だけが揺れている。


机の前に座る女の影が、壁に長く伸びていた。


「もう一度言いましょうか、相国」


呂后は竹簡を指先で転がしながら微笑んだ。


「陛下は間もなく陳豨討伐へ向かわれる。長安に残るのは私とあなた。そして、牙を折られたはずの獣だけ」


蕭何は答えられなかった。


喉がひどく渇いている。


前世の記憶がよみがえる。


社長が不在の間に、副社長が邪魔な幹部を消そうとする。


権力闘争では珍しくない話だ。


だが今目の前で行われているのは、国家規模のそれだった。


「韓信は大人しくしております」


ようやく蕭何は口を開いた。


「王位を失ってからは屋敷に閉じこもったままです。兵も領地もありません」


「本当にそうかしら?」


呂后の目が光る。


「あの子は陳豨と通じているわ」


蕭何は息を呑んだ。


「陛下が前線へ向かった後、長安で兵を挙げるつもりよ。罪人や奴隷を解放し、未央宮を襲わせる計画だそうよ」


「証拠は」


「密告よ」


短い返答だった。


本当かどうかは分からない。


だが関係なかった。


呂后の中では、すでに判決が出ている。


「証拠がなければ裁けません」


蕭何は最後の抵抗を試みた。


「九章律では侯以上を拘束するには確かな証拠が必要です」


呂后は笑った。


「相国」


その声から温度が消える。


「法を動かすのは竹簡じゃないわ」


ゆっくり立ち上がる。


「人よ」


蕭何の背後へ回り込む。


香の匂いが近づいた。


「証拠が足りないなら作ればいい」


蕭何は顔を上げた。


「私に虚偽の罪状を書けと?」


「違うわ」


呂后は肩に手を置く。


「国を守るのよ」


冷たい指だった。


「あの子が牙を剥く前に始末する。それだけ」


沈黙。


やがて蕭何が問う。


「断れば?」


呂后の笑みが消えた。


「それは困るわね」


静かな声だった。


だからこそ恐ろしい。


「韓信を引き立てたのは誰?」


「……」


「あなたでしょう、蕭何」


逃げ道はなかった。


韓信が反乱を起こせば。


責任は推薦者にも及ぶ。


それが呂后の論理だった。


「何をすればいいのですか」


蕭何は敗北を認めた。


呂后は満足そうに頷く。


「あの子を宮中へ呼びなさい」


「韓信は警戒しております」


「だからあなたを使うのよ」


呂后は微笑んだ。


「あの子は私を信じない。でもあなたは信じる」


蕭何の胸が痛んだ。


「前線から勝報が届いたことにする」


「偽の勝報を?」


「そう」


呂后は頷いた。


「祝賀の宴を開く。あなたから参列を求めれば、あの子は来るわ」


蕭何は目を閉じた。


韓信は今でも自分を信じている。


だからこそ来る。


そして死ぬ。


「……承知しました」


乾いた声だった。


「期待しているわ」


呂后は踵を返す。


去り際に振り向いた。


「これは国のための処分なのだから」


闇の中へ消えていく。


一人残された蕭何は、自分の手を見つめた。


剣を握ったことのない手。


だがその手が、天下最強の将軍を殺す。


なんと皮肉な話だろう。


     ◇


数日後。


劉邦は陳豨討伐のため長安を発った。


その裏で蕭何は偽の勝報を準備していた。


曹参が険しい顔で問う。


「本当に流すのですか」


「陳豨討伐成功。陛下間もなく帰還」


木札を見つめる。


「すぐ嘘だと分かります」


「分かる前に終わる」


蕭何は答えた。


「これは皇后の意思だ」


曹参は黙った。


やがて小さく頭を下げる。


蕭何は韓信宛ての木札を手に取った。


招待状。


いや。


死への呼び出し状だった。


筆を握る。


手が震える。


『淮陰侯・韓信殿。陛下勝利の報、誠に慶賀に存じます。病の身とは存じますが、ぜひ祝宴へご参列ください。旧友として、お待ちしております。蕭何』


旧友。


その二文字を書いた瞬間。


墨が滲んだ。


涙だった。


     ◇


そして運命の日。


長安は勝報に沸いていた。


だが未央宮地下の鐘室だけは別世界だった。


窓もない石の部屋。


湿った空気。


並ぶ女官たち。


全員が竹槍を握っている。


呂后は静かに笑った。


「あの子が来るわ」


蕭何は答えない。


胸の鼓動だけが大きくなる。


やがて。


廊下の奥から足音が響いた。


近づいてくる。


ゆっくりと。


確実に。


幕が開いた。


韓信だった。


顔色は悪い。


だが微笑んでいる。


「蕭何さん、お待たせしました」


穏やかな声。


昔と変わらない声。


「祝宴の会場はどちらですか」


蕭何は動けなかった。


その瞬間。


暗闇から呂后の声が響く。


「ここよ、韓信」


重い音と共に扉が閉まった。


退路は消えた。


韓信の顔が凍る。


次の瞬間。


女官たちが一斉に飛び出した。


「なっ――!」


竹槍が突き出される。


韓信は反射的に動く。


だが武器はない。


数に押される。


服が裂ける。


鮮血が床を染めた。


そして。


韓信の目が蕭何を捉えた。


「蕭何さん……」


怒りではない。


絶望だった。


二度も自分を信じた男の。


裏切られた絶望。


蕭何は目を逸らした。


もう見ていられなかった。


呂后が前へ進み出る。


そして静かに告げる。


「これで終わりよ」


韓信が何かを叫ぼうとした。


だがその声は続かなかった。


蕭何の耳には、別の言葉が響いていた。


『次はお前たちの番だ』


かつて韓信が残した言葉。


それは呪いだった。


いや。


未来の予言だったのかもしれない。


韓信が消えても終わらない。


粛清は続く。


権力は次の獲物を探し始める。


そしていつか。


その刃は蕭何自身にも向くだろう。


鐘室に響く悲鳴を聞きながら。


蕭何は初めて悟った。


韓信の死は終幕ではない。


漢という巨大な権力機構が、人を喰らい始める合図に過ぎなかったのだ。


本当の悲劇は――


ここから始まる。


第27話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9418lx/

王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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