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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第4章:異性王粛清と非情なリストラ

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第25話 天下統一の歪み――軍閥化した「異性王」という名の負債

夜明け前の長安は、底冷えのする霧に包まれていた。


新築されたばかりの相国府の執務室には、百本もの蝋燭が並べられ、昼間のような白い光を放っている。


しかし、その光の中に浮かび上がるのは、新首都の栄光ではない。


床を埋め尽くし、壁を塞ぎ、天井に届かんばかりに積み上げられた無数の竹簡と木札。


それはすべて、地方の諸侯や中央の各部署から届いた未処理の報告書だった。


「相国、これが現在の天下の財政一覧です」


曹参が、数日徹夜した目をこすりながら、特大の白木の一覧表を床に広げた。


そこには、漢王朝が直接統治する十五郡と、地方の諸侯たちが支配する領地の数字が細かく墨書きされていた。


蕭何は赤く腫れた目で、その数字を上から下へと追った。


指先が、ある一線で止まる。


「全体の税収の六割以上が、地方の七人の王たちに握られているな」


蕭何の声は低かった。


「はい」


曹参が重苦しく頷く。


「斉の韓信、梁の彭越、九江の英布……。異性王と呼ばれる外様の王たちです。いずれも肥沃な土地を持ち、人口も多い。徴税権も官吏任命権も、独自の軍もそのまま抱えています」


蕭何は表を見つめた。


前世で何度も見た光景だった。


大きくなりすぎた組織。


本体より強くなった地方勢力。


統一のために与えた権限が、今度は中央を脅かしている。


韓信たちは天下を取るために必要だった。


だが天下を取った今、その存在そのものが新たな火種になっていた。


彼らは中央に十分な税を納めない。


それどころか軍の維持を理由に、さらなる負担を求めてくる。


帳簿を調べようとしても拒まれる。


実質的に別の国だった。


どれほど法を整えても、この歪みが残る限り漢王朝は安定しない。


その時だった。


「だから言ったでしょう」


背後から冷たい声が響いた。


「男たちの生ぬるい理屈では、この歪みは正せないと」


呂后だった。


部屋の影から静かに歩み出る。


その瞳は蛇のようだった。


蕭何は一礼した。


呂后は一覧表へ近づく。


そして韓信の名を爪でなぞった。


「韓信は監査を拒んだ。彭越は兵を減らさない。英布は武器を集めている」


静かな声。


だが一言ごとに殺気が滲む。


「彼らはあなたのように法を読む人間じゃない。戦場で人を殺して生き残った獣よ」


蕭何は胸の奥に痛みを覚えた。


「法は人を守るためにあります」


呂后は薄く笑った。


「国を守る時は別よ」


その言葉に温度はなかった。


「放置すれば国は裂ける。だったら取り除くしかないでしょう」


「理由なき処分は反発を招きます」


「理由なら作ればいいわ」


呂后は即答した。


「監査拒否もある。兵の蓄えもある。それを謀反の兆しと呼べばいい」


蕭何は黙った。


脳裏によみがえる。


前世。


上司から命じられた退職勧奨。


法を使って人を追い込んだ日々。


あの時と同じだ。


また法を凶器に変えろと言うのか。


その時。


執務室の扉が開いた。


「夜通し何を話している」


皇帝・劉邦だった。


蕭何は頭を下げる。


「陛下」


劉邦は表を見て鼻を鳴らした。


「韓信の奴、監査を追い返したそうだな」


声は穏やかだった。


だが目は違う。


獲物を狙う狼の目だった。


「韓信は最大の功臣です」


蕭何は言った。


「まずは説得を」


「聞くと思うか?」


劉邦は笑った。


だが笑っていない。


「あいつは強すぎる」


その一言だった。


「今の韓信は国そのものを揺るがせる。そんな奴を放っておけるか」


蕭何は言葉を失う。


反論できない。


韓信を生かせば国が危うい。


韓信を殺せば、自分の心が死ぬ。


「……分かりました」


長い沈黙の後だった。


「正面から討てば内乱になります。やるなら正当な手順が必要です」


「だから聞いてるんだよ」


劉邦が言う。


「策を出せ」


蕭何は目を閉じた。


そして開く。


「一つあります」


声は震えていた。


「韓信を斉から引き離すのです」


呂后が身を乗り出した。


蕭何は地図を開く。


指先は雲夢を示していた。


「陛下が南方へ行幸する。そして諸侯を招くのです」


劉邦の目が光った。


「なるほど」


「韓信が少数の供だけで来た時、その場で拘束します」


沈黙。


そして劉邦は笑った。


「面白い」


何度も蕭何の背中を叩く。


だが次の言葉が胸を刺した。


「ただし証がいる」


蕭何は顔を上げた。


「証、ですか」


「ああ。誰もが納得する理由だ」


そして。


劉邦は言った。


「お前が探してこい」


逃げ道はなかった。


「……承知いたしました」


蕭何は深く頭を下げた。


劉邦と呂后が去る。


執務室に静寂が戻る。


蕭何は白紙の竹簡を引き寄せた。


だが筆が動かない。


脳裏によみがえる。


あの夜。


漢を去ろうとした韓信。


それを追いかけた自分。


月明かりの下を馬で走った。


川辺で追いついた。


『韓信! 戻れ!』


あの日。


韓信は涙を流していた。


『なぜ私を追うのですか』


『お前が必要だからだ』


蕭何は叫んだ。


『お前がいなければ漢は勝てない』


韓信は黙って聞いていた。


そして最後に笑った。


『分かりました』


月光の下。


若き天才は頷いた。


『二人で天下を変えましょう』


その声が今も耳に残っている。


だが今。


自分が作った法が。


最初に裁こうとしているのは、その韓信だった。


「俺が……お前を呼び戻したのか」


自嘲が漏れる。


涙で視界が滲む。


それでも筆を取った。


墨が白い竹簡へ落ちる。


最初の一文字。


『韓』


それは友を救うための文字ではない。


友を裁くための文字だった。


かつて月下で結んだ約束を。


自らの手で断ち切るための最初の一筆。


漢王朝の裏側で。


最も血生臭い粛清の幕が上がろうとしていた。


第25話 了

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『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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