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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第3章:九章律と内部統制の罠

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第22話:終わらないコンプライアンス研修――コンサル叔孫通に丸投げした宮廷マニュアルと社内規程

「右足から入室! 遅い! 歩幅が三寸広い! やり直し!」


長安の新築役所。その一階ロビーに、甲高い怒声が響いた。


叫んでいるのは叔孫通だった。


漢王朝が大金を払って呼んだ、外部コンサル。儒学者。

真っ白な礼服を着ている。袖だけは妙に長い。実務には絶対向かない。


その手にある竹尺が、床を叩いた。


目の前では、猛将・樊噲が震えていた。


何万人も斬ってきた男だ。

だが今は、生まれたての鹿みたいに膝を震わせている。


額の汗が止まらない。


「あ、あのよ叔孫通先生……。俺、一応は副社長格だぞ? なんで廊下の歩き方だけで三時間も説教されなきゃならねえんだ。右足から入るとか、業績に関係ねえだろ!」


「大ありです!」


叔孫通は髭を撫でた。


「樊噲役員。あなたの“前線気質”が、漢王朝の威信を損ねているのです。昨日も会議中、酒に酔って柱を剣で削ったそうですね? さらに社長へ向かって、“次のボーナスどうなってる”と叫んだとか」


叔孫通は鼻で笑った。


「ここは沛県のゴロツキ集団ではありません。超巨大国家です。礼儀を守れぬ役員は、即刻更迭です」


「ぐ、ぬぬ……!」


樊噲は拳を握った。


戦場なら斬っている。

だが今の漢には、九章律があった。


蕭何が作った絶対規程。

叔孫通に“違反”と判定されれば、武功も関係ない。


役職も領地も、一瞬で消える。


ロビーの端で、蕭何は深いため息を吐いた。


徹夜続きの顔色。完全に死人である。


「……曹参。私は“簡単で分かりやすい礼儀教育”を頼んだはずだが?」


曹参が震える手で竹簡を差し出した。


「こ、これが納品物です……。“漢王朝・宮廷儀礼マニュアル初版”になります」


竹簡の束。異様に分厚い。


蕭何は無言で開いた。


【天子への拝礼規定】


一、衣服の乱れを事前確認すること。

二、二十二歩で玉座前へ到達すること。

三、お辞儀は三十五度。三秒静止。

四、発言は一分以内。超過は罰金。


「……何だこれは」


蕭何はこめかみを押さえた。


前世でも、業務改善マニュアルは山ほど見た。

だがこれは違う。


改善ではない。


ルールを増やすためのルール。

形式主義、そのものだった。


「叔孫通!」


蕭何は立ち上がった。


「現場を完全に無視している。役員は元農民や元猟師だぞ。歩数や角度まで縛れば、決裁速度が死ぬ」


だが叔孫通は笑った。


「甘いですね、相国」


完璧な角度で頭を下げる。


「荒くれ者を制御するには、過剰なくらいでちょうどいいのです。少しでも例外を認めれば、彼らはすぐ沛県時代へ戻る」


蕭何は黙った。


反論できない。


実際、長安開業初日は地獄だった。


飲酒騒ぎ。

経費横領。

役所での怒鳴り合い。


教育は必要だった。


だが。


「では本日より、一ヶ月間の合宿型コンプライアンス研修を開始します」


叔孫通が宣言した。


「通常業務は停止。全役員、強制参加です」


「業務停止!?」


曹参が悲鳴を上げた。


「税収確認が山積みなんだぞ!」


「ガバナンスなき利益は不正蓄財です」


叔孫通は竹尺を鳴らした。


「さあ諸将。第一章、“正しいお辞儀”です」


こうして漢王朝は、戦場以上の地獄へ入った。


毎朝。


鐘が鳴る。


そのたび、周勃や灌嬰が研修室へ連行された。


「声が小さい!」

「歩きながら書類を見るな!」

「雑談禁止!」


武将たちの絶叫が毎日響いた。


項羽にも屈しなかった男たちが、一枚のチェックリストで壊れていく。


現場も崩壊した。


「相国! 周勃将軍が承認印を押してくれません!」


「なぜだ!」


「余白確認に三時間必要だと!」


別の役人も駆け込む。


「報告書が統一書式ではないと、受付拒否されました!」


蕭何は机を叩いた。


「叔孫通の奴……。内部統制を、権力ゲームに変えやがった」


前世でも見た。


安全のための制度が、現場を殺す。

生産性を潰す。


まさにそれだった。


だが。


この状況を一番喜んでいる男がいた。


劉邦である。


一ヶ月後。

未央宮。


最初の公式朝会が開かれた。


鐘が鳴る。


扉が開く。


数百人の将軍たちが、全員右足から入室した。


歩幅まで一致している。


誰も喋らない。

誰も笑わない。


「臣、周勃。御前へ進み出ます」


完璧なお辞儀。


かつての周勃なら、


「腹減った。早く終われ」


と言っていた男だ。


今は機械みたいだった。


会議が終わる。


劉邦が玉座を叩いた。


「素晴らしい!」


大笑いする。


「初めて“皇帝になった”気分だ! 誰も俺に逆らわねえ!」


叔孫通の手を掴んだ。


「黄金五百斤だ! お前を最高礼儀責任者に任命する!」


「恐悦至極にございます」


叔孫通が頭を下げる。


その横で。


蕭何だけが寒気を感じていた。


まずい。


劉邦が“支配の快感”を覚えた。


ルールで現場を縛る。

トップだけが気持ちよくなる。


それは秦そのものだった。


曹参が小声で言う。


「相国……本当にこれで良かったのでしょうか」


将軍たちの目は死んでいた。


風通しも最悪。


「システムは完成した」


蕭何は呟いた。


「だが、人間が窒息している」


その夜。


蕭何は一人、修正版マニュアルを書いていた。


実務と規律。

両立できる形を探していた。


時刻は午前二時。


その時だった。


ベルが鳴る。


劉邦からの緊急呼び出しだった。


蕭何は木札通信を取る。


「……相国・蕭何です」


『起きてたか』


声が低い。


昼間の陽気さが消えている。


獣みたいな声だった。


『裏口案件の相談だ』


蕭何の指が止まる。


「……裏口案件?」


劉邦が笑った。


『ルールってのはな。下を縛るには最高だ』


笑い声。


冷たい。


『でも作る側は、例外を使えるだろ?』


嫌な予感が走った。


『実は身内がな。盗律に引っかかって横領した。本来なら死刑だ』


蕭何は息を呑む。


『だが、お前なら帳簿も法律も動かせる。例外規程、一本作ってくれよ』


「……何を言っている」


『隠蔽してくれって話だ』


空気が凍った。


九章律が機能していた理由。

それは“全員に平等”だからだ。


だが今。


皇帝自身が、その根幹を壊そうとしている。


拒否すれば粛清。

認めれば制度崩壊。


劉邦の笑い声が響く。


『頼むぜ、蕭何』


蕭何は黙った。


完璧な法律。

完璧な首都。


だが。


組織を壊すのは、いつだってトップだった。


蕭何が下す決断とは――。


第22話 了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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