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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第3章:九章律と内部統制の罠

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第21話:首都・長安の都市計画――「このインフラ投資は、100年分割の減価償却で計算します」

「正気か、蕭何! 我が社の今の手元資金を、全部ぶち込んでも足りねえような、自社ビル建設プランだぞ! 誰が承認するか!」


ガシャン、と。


豪華な青銅の杯が、床を転がった。


洛陽の臨時オフィス。


怒鳴っているのは、漢王朝のCEO・劉邦だった。


いつもなら、


「蕭何、お前に全部丸投げだ」


そう言って、側室の面接へ逃げる男である。


だが今回は違った。


彼は目を見開き、蕭何が広げた巨大な「長安都市計画図」を凝視していた。


背後には、樊噲や灌嬰たち。


脳筋役員たちも並んでいる。


図面に書かれた、異常な資材量。


狂気じみた人員数。


それを見た彼らの顔は、戦場とは別種の恐怖で凍っていた。


「相国。さすがにこれはやりすぎだぜ」


樊噲が腕を組む。


「国家破産レベルの赤字案件じゃねえか。せっかく天下を取ったのに、なんで今さら、こんな巨大な壁や宮殿をゼロから作る必要がある?」


彼らの言い分は正しかった。


楚漢戦争。


五年続いた超長期デスマーチ。


そのせいで、漢王朝は財務も人材もボロボロだった。


戸籍データはある。


税収の見込みもある。


だが、キャッシュは薄い。


にもかかわらず。


蕭何が提案したのは、咸陽南方の「長安」に、史上最大規模の要塞都市を建設するという、超巨大インフラ投資だった。


蕭何は、干からびた目を静かに瞬かせた。


そして眼鏡をかけ直す。


手には、自ら試算した膨大な財務予測の竹簡。


「CEO。役員の皆様。結論から申し上げます」


蕭何は冷静に告げた。


「この長安遷都プロジェクトは、漢王朝が今後百年以上、市場を支配し続けるための必須投資です」


「予算不足を理由に、規模を縮小することは認めません」


「寝言は寝て言え!」


劉邦が机を叩いた。


「今の国庫を見ろ! 兵士への報酬だけで赤字寸前なんだぞ! こんな城壁や未央宮を建てた瞬間、漢王朝は債務超過で終わりだ!」


「単年度予算だけで見ないでいただきたい」


蕭何は鼻で笑った。


そして一本の竹簡を、机中央へ突き立てる。


そこに刻まれていたのは。


現代会計なら誰でも知る、ある概念。


だが古代中国の人間には、宇宙語にしか見えない数式だった。


「この建設費用は、単年経費ではありません」


蕭何は図面に時間軸を書き込んだ。


「これは国家という長期存続組織における、有形固定資産です」


「よって耐用年数を百年と設定し、直線的減価償却として処理します」


「年間負担へ均せば、税収の三%未満。十分に許容範囲内です」


「げんか……しょうきゃく……?」


劉邦が呆然と呟く。


後ろの樊噲は、完全に思考停止していた。


「もっと分かりやすく言え!」


灌嬰が叫ぶ。


「今、金がないのに、どうやって資材と人を集めるんだ!」


蕭何はニヤリと笑った。


「それこそが『九章律』です」


彼は図面の物流ルートを指した。


「民から現金を搾り取る必要はありません」


「長安周辺を免税市場にする。商人には通行税免除を与える」


「さらに徴用労働は、納税義務との相殺処理にします」


曹参が目を見開いた。


「まさか……」


「そうです。現金を使わず、制度だけで人員と物資を集約する」


「紙の上の処理だけで、巨大都市を出現させます」


誰も言葉を失った。


法律。


帳簿。


物流。


それだけで、荒野を巨大都市へ変える。


それが蕭何の内政だった。


だが。


劉邦は、まだ納得していなかった。


彼は未央宮の設計図を叩く。


「この宮殿、豪華すぎるだろ」


「天下統一したばかりだぞ。こんなの建てたら、『調子に乗った成金国家』って批判されるに決まってる」


武将たちも頷く。


だが。


蕭何は即座に否定した。


「それは、経営トップとしての視点が欠けています」


空気が張り詰めた。


「天子とは、市場全体を家とする存在です」


蕭何は未央宮の巨大門を掲げた。


「新興国家である漢が、最も恐れるべきは何か」


「地方軍閥や旧王族から、“ただの成金ベンチャー”だと舐められることです」


彼の声が響く。


「この宮殿の巨大さは浪費ではない」


「これは“ブランド投資”です」


「諸侯たちが、この宮殿を見て絶望する」


「“漢には逆立ちしても勝てない”と理解する」


「それにより、未来の内戦コストを消滅させる」


「これ以上、費用対効果の高い安全保障があるでしょうか?」


沈黙。


完全な沈黙だった。


やがて。


劉邦が吹き出した。


「ハハハハハ!」


彼は腹を抱えて笑う。


「聞いたかお前ら!」


「この算盤野郎、自社ビルを建てたいんじゃねえ!」


「“漢王朝”って看板で、敵をビビらせたいだけなんだとよ!」


劉邦は設計図を巻き取った。


そして蕭何の胸へ押し付ける。


「承認だ!」


「蕭何! 長安プロジェクトを今すぐ始めろ!」


「世界一ナメられねえ本社ビルを作れ!」


「御意」


蕭何は深く頭を下げた。


こうして。


国家そのものを書き換える、人類史上最大のインフラ開発が始まった。


数ヶ月後。


長安は、完全な巨大工事現場になっていた。


中国全土から馬車が集まる。


木材。


石材。


鉄。


数十万人の労働者。


すべてが、『九章律』によって制御されていた。


「相国! 北壁で地盤沈下です!」


「第十四工区を投入しろ。三日以内に遅延を吸収する」


「木材調達で不正発覚!」


「取引停止。即監査だ」


蕭何は、仮設テントに泊まり込んだ。


二十四時間体制。


毎日、数千件の進捗報告を処理する。


その結果。


荒野だった長安は、異常な速度で都市へ変貌していった。


巨大城壁。


広大な道路。


そして。


中央にそびえる未央宮。


夕陽を背負ったその骨組みは、まるで新時代そのものだった。


視察に来た武将たちは、誰も文句を言わない。


彼らは見てしまったのだ。


蕭何の帳簿だけで、世界最大都市が生まれる瞬間を。


ある夜。


未央宮のテラス。


蕭何は完成間近の長安を見下ろしていた。


「……ここまでは、ロードマップ通りだ」


資金ショートなし。


暴動なし。


建設も順調。


これが終われば。


ようやく隠居できる。


曹参へ引き継ぎも始められる。


そう思った。


だが。


蕭何は忘れていた。


どれほど完璧なシステムでも。


最後に組織を壊すのは、いつだって人間だということを。


翌朝。


曹参が、絶望した顔で飛び込んできた。


「蕭何様! 大変です!」


「どうした」


「長安の中身が壊れています!」


彼は大量の苦情報告を机へ叩きつけた。


「功臣の息子たちが飲酒暴走です!」


「旧王族が宮殿ロビーで乱闘!」


「役人は賄賂まみれ!」


「長安が、オープン初日から無法地帯になっています!」


蕭何の目が、怒りで見開かれた。


法律は完璧だった。


だが。


使う側のモラルがゼロだった。


「このままでは、長安は世界一豪華なゴロツキの巣になります!」


曹参が叫ぶ。


「どうしますか!?」


蕭何は、ペンをメキリと握り潰した。


「ならば教育するまでです」


彼は一枚の提案書を引き抜く。


そこに書かれていた名。


――叔孫通。


「曹参。魯から彼を呼べ」


「全役員対象の、コンプライアンス研修を始める」


だが。


この時の蕭何は、まだ知らなかった。


その“外部コンサル”が。


お辞儀の角度。


歩幅。


座り方。


発言順。


すべてをマニュアル化する、最悪の儀礼モンスターだということを。


長安は次なる地獄へ向かう。


静かに。


確実に。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9418lx/

王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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