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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第3章:九章律と内部統制の罠

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第20話:「九章律」のドラフティング――人治主義を排し、システムで回すための業務フロー図

「おい、蕭何。今すぐこの『戸籍確認プロセス』を省略しろ。俺の兵が、地方の検問で毎回パス確認されてブチ切れてるんだよ」


「却下します、樊噲殿」


蕭何は即答した。


「本人確認を省略すれば、そこが穴になります。スパイも脱走兵も、素通りになります」


「相国! 斉の旧王族から没収した土地ですが、功臣の身内が勝手に名義変更しています!」


「変更処理を即時停止しろ。証拠のない資産移動は、すべて横領として監査対象にする」


洛陽の臨時オフィス。


時刻は、すでに深夜二時を回っていた。


だが室内は、昼より熱かった。


墨の匂い。


積み上がる竹簡。


悲鳴のような報告。


そして、限界を超えた官僚たち。


天下統一までは良かった。


問題は、その後だった。


武将たちは、自分の領地を「個人経営の会社」みたいに扱い始めた。


勝手に税率を変える。


勝手に民を裁く。


勝手に労働を増やす。


ガバナンスは、完全崩壊寸前だった。


「……急成長した会社が、一番壊れやすい時期だな」


蕭何は充血した目を押さえた。


机の前には、大きな木板。


そこには、びっしりと業務フロー図が描かれていた。


誰が。


どこまで。


何を承認できるのか。


人情ではなく。


気分でもなく。


誰がやっても同じ結果になる仕組み。


それを、法律として固定する。


それが、蕭何の進める国家基幹システム――『九章律』だった。


「蕭何様……もう無理です……」


曹参が、死にそうな顔で竹簡を抱えていた。


「スタッフの三割が倒れました。脳が完全にオーバーヒートしています……」


「倒れた者は仮眠室へ」


蕭何は筆を止めない。


「だが開発ラインは止めるな。今ここで法規を完成させなければ、地方が来月には独立する」


曹参は、乾いた笑みを浮かべた。


「完全にブラック企業ですね……」


「国家運営とは、だいたいそういうものだ」


蕭何は、新しい竹簡を開いた。


前世の知識が脳内を高速回転する。


J-SOX。


内部統制。


監査フロー。


権限分掌。


それを、この古代中国に移植する。


秦の法律は、刑罰が重すぎた。


遅刻で死刑。


窃盗で死刑。


それでは、人が壊れる。


だが、劉邦の感覚経営では逆に緩すぎる。


必要なのは。


透明性。


再現性。


そして、例外を許さない運用だった。


蕭何は木板を指でなぞる。


『九章律』


全九章。


国家そのものを回すための、巨大な仕様書。


盗律。


賊律。


囚律。


捕律。


雑律。


具律。


そして、蕭何が追加した三章。


戸律。


厩律。


興律。


ここに、彼の思想の核心があった。


「重要なのは、戸律と興律の連携だ」


蕭何は、二つの円を線で繋いだ。


「今まで地方官は、民を無限に酷使していた。だから暴動が起きる」


「これからは違う」


「戸籍データを基準に、徴用できる労働時間を制限する。働かせすぎを、制度で止める」


曹参が目を見開いた。


「……労働基準法を、この時代に入れるんですか」


「人の善意には期待しない」


蕭何は冷たく言った。


「だから、システムで縛る」


「私が死んでも回る国家。それを作る」


竹簡が、一本ずつ積み上がっていく。


筆ダコは潰れ。


右手から血が滲む。


それでも蕭何は、止まらなかった。


だが。


最大のバグは、現場ではなく。


CEO本人から飛んできた。


「よお、蕭何!」


午前四時。


泥酔した劉邦が、女たちを連れて乱入してきた。


片手には酒瓶。


もう片手には焼いた肉。


完全に宴会モードだった。


蕭何は、無言で眼鏡を外した。


「CEO」


声が低い。


危険な低さだった。


「現在は、国家基幹システムの最終開発フェーズです」


「部外者を開発室に入れないでください。情報漏洩リスクです」


「固いなぁ」


劉邦は笑いながら、蕭何の机に腰掛けた。


ミリミリ、と嫌な音。


書きかけの『戸律』が、尻の下で潰れていた。


蕭何の青筋が浮く。


「……そこから退いてください」


「でないと?」


「今すぐ辞表を出します」


空気が凍った。


曹参たちが、一斉に視線を逸らす。


「国家システムは未完成のまま停止します。漢王朝は即死です」


「わ、分かった分かった!」


劉邦は慌てて飛び降りた。


「そんな怒るなって」


だが次の瞬間。


劉邦は、さらに危険なことを言い出した。


「なあ、この『盗律』なんだけどさ」


「俺の昔の仲間が、ちょっと牛を盗んだらしくて」


「そこ、見逃せない?」


静寂。


完全な沈黙。


スタッフ全員の顔色が変わった。


蕭何は、静かに立ち上がる。


その瞬間。


室内の空気が変わった。


「……不可能です」


「え? でも俺、天子だぞ?」


「それが問題なんです」


蕭何が、机を叩いた。


「トップが例外を作れば、現場は学習します」


「気に入られれば犯罪しても許される、と」


「そうなった瞬間、この法律は紙屑になる」


劉邦の酔いが、一気に冷めていく。


蕭何は止まらない。


「法律とは、あなたを縛るために存在します」


「天才の気分で組織を壊させないための、最後のブレーキです」


「もし、そのブレーキを壊すなら――」


蕭何は筆を握り潰した。


「私は、この国家システムを停止します」


沈黙。


長い沈黙。


やがて劉邦は、深くため息を吐いた。


「……お前、怖えよ」


苦笑。


だが、その目は真剣だった。


「分かった。そいつはルール通り裁け」


「俺は、お前の作った仕組みを守る側に回る」


蕭何は、静かに一礼した。


この男は、危うい。


だが同時に。


最後には、理屈を聞く。


だからこそ、まだ救いがある。


そして――。


三日三晩。


誰一人まともに眠らず。


第四日目の朝。


蕭何は、最後の竹簡に印を押した。


「……完了だ」


全九章。


九百六十一箇条。


国家基幹システム『九章律』。


完成。


その瞬間。


執務室に歓声が響いた。


曹参は床に倒れ込む。


「終わった……」


「帰れる……」


他の官僚たちも、その場で眠り始めた。


蕭何は、完成した竹簡を見つめる。


美しかった。


暴力ではなく。


感情でもなく。


論理だけで国家を回すための、巨大なソースコード。


これで。


ようやく休める。


そう思った。


だが。


数時間後。


警鐘が鳴り響いた。


「蕭何様! 起きてください!」


曹参が飛び込んでくる。


顔面蒼白だった。


「今度は何だ……」


「新案件です」


広げられたのは、巨大な都市設計図。


果てしない城壁。


巨大宮殿。


官僚街。


そして、中央省庁群。


「……何だこれは」


曹参が震える声で答えた。


「新首都『長安』建設計画です」


「劉邦CEOが、全予算管理を蕭何様に一任すると……」


蕭何の血の気が引いた。


見積もりを見た瞬間。


理解した。


これは国家規模の超巨大インフラ案件。


しかも。


予算不足。


人手不足。


さらに。


敵対勢力による襲撃リスク付き。


完全な地獄だった。


「……正気か」


蕭何は図面を握り締めた。


「これ、着工した瞬間に国家財政が吹き飛ぶぞ……」


だが。


その目には、もう諦めはなかった。


「……やるしかない」


蕭何は、再び筆を握る。


法律を作った次は。


首都そのものを作る。


漢王朝最大のインフラ戦争。


その幕が、静かに上がろうとしていた。


第20話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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