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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる【完結済/シリーズもの/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第3章:九章律と内部統制の罠

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第19話:序列第一位の監査結果――なぜ戦わない地味な会計士が「最高報酬」なのかの証明

翌朝。


洛陽の臨時宮殿。


その大広間は、一触即発だった。


まるで決算説明会が、そのまま暴動に変わったような空気。


「おい、大将! いや、劉邦CEO!」


怒鳴ったのは、樊噲だった。


鎧をギラつかせながら、前へ出る。


その背後には、灌嬰、周勃、夏侯嬰。


漢軍の最前線を支え続けた猛将たちが、ずらりと並んでいた。


五十人以上。


全員の手に、蕭何の「却下印」が押された竹簡。


怒気だけで、広間の温度が上がっている。


玉座の上では、劉邦が片膝を立てて座っていた。


酒器を転がしながら、眠そうな顔で武将たちを見る。


その横。


一歩下がった場所に、蕭何が立っていた。


糊の効いた官服。


分厚い帳簿。


表情は、冷え切っている。


「なんだ、お前ら」


劉邦が気の抜けた声を出す。


「朝からうるせえな。今、蕭何が決算処理してる最中だぞ」


灌嬰が一歩前へ出た。


床を踏み鳴らす。


「その査定が、おかしいって言ってんだよ!」


怒鳴り声が響く。


「俺たちは五年間、命を削って戦ってきた! 項羽っていう怪物相手に、何度も潰されかけながら、それでも前線を守った!」


灌嬰の指が、蕭何を突き刺した。


「なのに、なんでだ!」


「なんで、一度も戦場に出てない、この算盤野郎が『第一位』なんだ!」


「恩賞も、土地も、全部俺たちより上じゃねえか!」


「これじゃ現場の兵士が納得するわけねえ!」


「そうだ!」


「説明しろ!」


「汗も血も流してねえ会計士が、なんでトップなんだ!」


怒号が連鎖した。


広間の床が震える。


戦場を生き残った修羅たちの殺気。


普通の役人なら、その場で腰を抜かしている。


だが蕭何は、眼鏡を静かに押し上げただけだった。


(……前世でも見たな)


年間数千億を稼ぐ営業部門。


その経費を止める監査部門。


両者が殴り合い寸前になる光景。


それが今、古代中国で再現されている。


蕭何が口を開こうとした、その時。


「おいおい」


劉邦が、ククッと笑った。


その笑いに、広間が凍る。


いつものだらしない笑いじゃない。


王の声だった。


劉邦は立ち上がる。


ゆっくりと階段を降りた。


灌嬰の竹簡をひったくる。


パラパラと眺める。


そして、床へ放り捨てた。


「お前ら、猟をやったことあるか?」


突然の問い。


武将たちは顔を見合わせた。


「そりゃありますが……」


周勃が答える。


劉邦はニヤリと笑った。


「じゃあ聞くぞ」


「山を走り回って、獲物を追い詰めて、喉笛に噛みつくのは誰だ?」


「……猟犬です」


「そうだ」


劉邦が頷く。


「お前らの戦功ってのは、その猟犬の仕事なんだよ」


武将たちの顔が引きつる。


犬扱いされた。


だが、劉邦は止まらなかった。


「でもな」


劉邦が振り返る。


階段の上の蕭何を指差した。


「その犬を、どの山へ向かわせる?」


「どこに獲物がいるか調べる?」


「飢えないように餌を運ぶ?」


「怪我した犬を補充する?」


「……猟師だろうが」


声が雷みたいに響いた。


「お前らの戦功は確かに凄い。一人で城を落とし、首を獲った。立派な成果だ」


「でもな」


「蕭何は、挙兵した日から今日まで、国家全部のデータを握ってた」


「戸籍」


「地図」


「税」


「兵糧」


「補給」


「全部だ」


劉邦は武将たちの間を歩く。


一人ずつ胸を指で突いた。


「お前ら、一回勝つたびに、どれだけ兵糧が飛んでるか分かってるか?」


「彭城で俺たちが壊滅しかけた時、翌週には数万の兵と食糧が前線へ届いてた」


「誰がやった?」


「蕭何だ」


「こいつが後方で死ぬ気で資金繰り回してなきゃ、お前らは項羽に殺される前に餓死してたんだよ」


静寂。


誰も喋れなかった。


樊噲も。


灌嬰も。


口を開いたまま止まっている。


「お前らの功績は『点』だ」


「でも蕭何の功績は『線』なんだよ」


劉邦は階段を上がる。


そして蕭何の肩に腕を回した。


「営業がどれだけ優秀でも、バックオフィスが死ねば会社は終わる」


「だから蕭何が第一位だ」


「これは経営判断として、絶対に正しい」


「文句あるなら、蕭何以上の補給網を作ってみろ」


「できねえなら、黙って判を押せ」


ドサッ。


誰かの竹簡が落ちた。


武将たちの怒りが、崩れていく。


自分たちが、国家のインフラを壊しかけていた。


その事実に、ようやく気づいたのだ。


蕭何は内心で息を吐いた。


(……本当に、この男は天才だ)


どれだけロジックを積んでも、感情は動かせない。


だが劉邦は違う。


「猟犬と猟師」


たったそれだけで、脳筋たちを納得させた。


「お見事です、CEO」


小声で言う。


劉邦がニヤリと笑った。


「へへっ。これでお前のメンツも立っただろ」


「さあ、遠慮なく経費カットしろ」


「……言われなくても」


蕭何は帳簿を開く。


視線は冷たい。


「では、第一次論功行賞を確定します」


「異議のある方は?」


誰も動かなかった。


五十人以上の猛将が、一斉に首を横に振る。


昨日まで「算盤野郎」と呼んでいた男。


だが今、彼らの目には違うものが見えていた。


国家そのもの。


巨大なインフラ。


戦争を成立させていた怪物。


畏怖だった。


こうして。


漢王朝・第一次査定戦争は、蕭何の完全勝利で幕を閉じた。


だが――。


その夜。


誰もいなくなった執務室。


蕭何は、ようやく官服の襟を緩めた。


冷えた茶を飲む。


「……終わった」


少しだけ眠れる。


そう思った瞬間だった。


バタン!


扉が乱暴に開いた。


「蕭何! 大変だ!」


飛び込んできたのは曹参。


顔が真っ青だった。


「どうした」


「また架空請求か?」


「違います!」


曹参が竹簡を差し出す。


「地方統治が崩壊しかけています!」


蕭何の眉が動いた。


竹簡を開く。


読んだ瞬間。


前世の記憶がフラッシュバックした。


J-SOX導入初期。


内部統制。


大規模障害。


地獄の修羅場。


『各領地で独自ルールが乱立』


『勝手な徴税を開始』


『中央ルールと衝突』


『地方経済が停止寸前』


蕭何は頭を抱えた。


「……あいつら」


「土地もらった瞬間、ワンマン社長になりやがったのか……!」


曹参が叫ぶ。


「このままじゃ地方が独立します!」


「今すぐ統一ルールを作らないと終わります!」


正論だった。


組織が巨大化すると、人情では回らない。


必要なのはシステム。


透明で。


例外のない。


法だった。


そこへ。


劉邦がフラフラ入ってきた。


「よお蕭何」


「昼間は最高だったな」


「これで現場も黙るだろ?」


蕭何が鬼の形相で振り返る。


「CEO」


「地方ガバナンスが崩壊しています」


「今すぐ全国共通の法体系が必要です」


「今の暫定ルールでは、この国家は回りません!」


劉邦は一瞬だけ黙った。


だが、すぐ笑う。


「なんだ、そんなことか」


机の白紙の竹簡を叩いた。


「得意分野だろ?」


「お前に全権やる」


「前世の知識、全部使え」


「最強の法律を作れ」


「俺は承認印だけ押す」


「丸投げしないでください!」


蕭何が叫ぶ。


「これは国家規模の超巨大システム開発ですよ!?」


「どれだけ工数が――」


「じゃ、よろしく!」


劉邦は手を振る。


「俺は後宮の面接行ってくるから!」


嵐みたいに消えた。


静寂。


机の上には、真っ白な竹簡の山。


蕭何の口から、乾いた笑いが漏れた。


「……はは」


第一功。


最高報酬。


その代償。


それは。


国家システム全部を、ワンオペで作ることだった。


「曹参」


「……はい」


「法務、財務、内政」


「全員招集してください」


蕭何が眼鏡をかけ直す。


瞳の奥に、狂気みたいな光。


「本日より」


「九章律ドラフティング・プロジェクトを開始します」


「全員、定時退社は諦めてください」


「イエス、サー……」


松明に火が灯る。


執務室が、不夜城へ変わっていく。


国家崩壊を防ぐための。


地獄の開発室。


だが。


その同じ夜。


洛陽の暗い屋敷で。


一人の男が、冷たい目で地図を見つめていた。


韓信。


天才。


怪物。


彼は、関中の文字を強く引っ掻く。


「蕭何が第一位、か……」


爪が割れるほど力を込める。


「だがな」


「戦場を支配するのは、数字じゃない」


「天才だ」


韓信の口元が歪んだ。


美しく。


狂気じみた笑み。


「蕭何」


「あなたの作った檻で」


「果たして私を閉じ込められるかな?」


闇の中。


漢王朝最大の火種が、静かに目を覚ましていた。


そして運命は。


最悪の方向へ、動き出す。


第19話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


突然ですが、作者からコンサル的お願いがございます。


「ブックマーク・評価」という施策を打てていない読者様、費用対効果は最高です。ワンクリック・5秒・無料。これ以上のROIはありません。


次話の更新速度というKPIに直結しますので、何卒ご支援のほどよろしくお願いいたします!


また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9418lx/

王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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