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6/28完結【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる  作者: 筑紫隼人
第2章:楚漢戦争と限界キャッシュフロー

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第15話:項羽のサプライチェーンの脆弱性――「補給を軽視した組織は、必ずどこかでキャッシュアウトする」

パチ、パチ、と。


櫟陽の本社オフィスで、算盤の珠が冷たく鳴った。


深夜。


灯火は弱い。


だが蕭何の目だけは、異様なほど冴えていた。


「買い叩け」


低い声が、テントに落ちる。


「関中の良田を、市場価格の三分の一で全部押さえる。名義は、すべて私個人だ」


「……は?」


曹参が顔を引きつらせた。


「お前、自分が何を言ってるかわかってるのか? 民衆から土地を巻き上げるだと? お前が?」


「そうだ」


蕭何は淡々と土地台帳へ印を押す。


まるで感情がない。


「今の私は、民から支持されすぎている」


「……」


「それが、劉邦CEOには危険に見えている」


曹参の喉が鳴った。


前線では、劉邦が命を削って戦っている。


一方で関中では、民衆が蕭何を救世主として崇め始めていた。


それは創業社長にとって、最悪の兆候だ。


「だから、私の市場価値を暴落させる」


蕭何は冷たく言った。


「民にこう思わせる。蕭何は清廉な名臣ではない。ただの強欲な金貸しだ、と」


前世。


桜橋有限責任監査法人。


蕭何は何度も見てきた。


有能すぎるNo.2が、創業社長の猜疑心で消される瞬間を。


だからこそ、生き残る方法を知っていた。


「トップに恐れられるな。軽蔑されろ」


それが組織を生き抜く技術だった。


「だが――」


蕭何の視線が変わる。


机の上に広げられたのは、楚軍の戦況ログ。


「防衛だけで終わる気はない」


「……項羽か」


曹参が息を呑む。


蕭何は頷いた。


「項羽は強い。だが、強すぎる」


算盤の珠が弾けた。


「強すぎる組織は、バックオフィスを軽視する」


項羽。


天下最強。


剣を振れば軍が消える。


叫べば諸侯が震える。


だが、その圧倒的武力ゆえに、楚軍には欠けているものがあった。


兵站。


ロジスティクス。


つまり、補給の思想そのもの。


「項羽の組織には、CFOがいない」


蕭何は冷酷に続けた。


「彼らの戦争モデルは、現地略奪だ。勝ちながら奪う。奪いながら前進する。市場が拡大している間は、それで回る」


「だが今は違う」


曹参が顔を上げる。


「滎陽で戦線が止まってる……!」


「そうだ」


蕭何は不敵に笑った。


「市場が止まった瞬間、略奪モデルは死ぬ」


滎陽周辺は荒れ果てていた。


畑は焼け。


村は空。


奪うべき食糧がない。


つまり楚軍は、本拠地・彭城から長距離輸送するしかない。


だが。


項羽は物流を理解していなかった。


道の整備もない。


輸送管理もない。


あるのは恐怖政治だけ。


「運べ。遅れたら死刑」


そんな原始的運営で、巨大な戦線を維持できるはずがない。


「補給を軽視した組織は、必ず黒字倒産する」


蕭何は竹簡を差し出した。


「曹参。彭越へ送れ」


その頃。


梁の地。


独立ゲリラ部隊を率いる彭越は、蕭何から届いた密命を読んでいた。


そこに書かれていたのは、恐ろしく冷徹な戦略だった。


『正面決戦は不要』


『輸送路だけを壊せ』


『橋を落とせ』


『三日の遅延を発生させろ』


『それだけで項羽は干上がる』


彭越は吹き出した。


「相変わらずエグいな、蕭何の旦那は」


深夜。


楚軍の補給路。


轟音が響いた。


ガシャァァン!!


巨大な橋が崩れ落ちる。


馬車が川へ沈む。


兵糧袋が濁流へ消える。


「敵襲だ!!」


「補給路が焼かれた!!」


「米が全部流れる!!」


楚兵たちが絶叫する。


だが彭越軍は、物資を奪わなかった。


ただ壊す。


ただ遅らせる。


それだけ。


物流は、一日止まれば致命傷になる。


「……またか」


滎陽の楚軍本陣。


項羽は報告書を握り潰した。


「また補給が止まったのか!!」


怒号がテントを震わせる。


将軍たちは震え上がった。


「申し訳ございません!」


「彭越が橋を破壊し、水運も焼き払っております!」


「修復にあと数日――」


「黙れ!!」


項羽の咆哮。


「飯が届かなければ兵は戦えん!!」


その通りだった。


どれだけ勝っても。


食えなければ終わる。


項羽は、防壁の向こうを睨む。


滎陽。


あの漢軍は、一度完全崩壊したはずだった。


だが。


毎日。


毎日。


関中から兵と兵糧が、狂ったように届き続ける。


まるで無限供給。


「……蕭何か」


項羽が低く呟く。


「あの算盤野郎が、俺を窒息させる気か……」


そして。


ついに項羽は決断した。


「前線攻撃を停止する」


将軍たちがざわめく。


「俺が自ら彭越を潰しに行く。その間、滎陽は維持だ」


無敵の項羽が。


初めて。


補給問題によって、攻勢停止へ追い込まれた瞬間だった。


数日後。


櫟陽。


「項羽、本隊を東へ転進!」


「滎陽への圧力、四割減です!」


本社オフィスが歓声に包まれる。


「やったぞ!」


「項羽を止めた!!」


だが蕭何だけは静かだった。


算盤を一つ弾く。


「当然だ」


冷たい声。


「構造的に、あの組織は長期戦できない」


そして。


彼は机の引き出しを開けた。


中には、大量の土地権利書。


関中の民から買い叩いた証拠。


「こちらの決算も進めるぞ」


曹参が苦しそうに顔を歪めた。


「……お前、今じゃ民衆から完全に嫌われてるぞ」


「それでいい」


「『蕭何は悪徳CFOだ』って噂が広がってる」


「それでいい」


蕭何は迷わなかった。


「劉邦は、部下の高潔さを恐れる。だが俗物には安心する」


その瞬間だった。


バァン!!


オフィスの扉が吹き飛ぶ。


飛び込んできたのは夏侯嬰。


顔面蒼白だった。


「蕭何様!!」


息を切らす。


「大変です!!」


「劉邦CEOが!!」


テント内が凍る。


「武装親衛隊を率いて、本社へ向かっています!!」


「何……!?」


曹参が叫ぶ。


夏侯嬰は震えていた。


「民から大量の告発が届いたんです!!」


『蕭何が土地を不正取得している』


『関中で王になる準備をしている』


そう聞いた劉邦が激怒した。


「あと数分で到着します!!」


空気が変わった。


完全な破滅の気配。


「逃げろ、蕭何!!」


曹参が腕を掴む。


「今の大将は危険だ! 本当に斬られるぞ!!」


だが。


蕭何は動かなかった。


静かに土地権利書を並べる。


綺麗に。


見やすく。


監査資料のように。


そして眼鏡をかけ直した。


「逃げれば、謀反を認めることになる」


その顔に恐怖はない。


あるのは。


修羅場を潜った監査人だけが持つ、冷たい覚悟。


「来るなら来い、劉邦」


蕭何は笑った。


静かに。


狂気的に。


「あなたが欲しがっている『私が私腹を肥やしている証拠』を、完璧な形で提出してやる」


ドガガガガガッ!!


外で武装兵の足音が轟く。


次の瞬間。


テントの布が、巨大な剣で真っ二つに裂けた。


血走った目。


怒りに染まった顔。


劉邦が、親衛隊を率いて踏み込んでくる。


過労死会計士・蕭何。


人生最大の「社長直接監査」。


命を賭けた最終決算が、今まさに始まろうとしていた。


第15話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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