正義という名の悪
「なんなんだ、あの勇者は……」
自然と流れる涙も、ズキズキと痛む右腕も無視して、私は毛布の中でうずくまる。
どうして、こんなにも心が痛いのだろうか。どうして、あの勇者の言葉だけが棘として心に突き刺さっているのだろう。
「分からない、分からない……」
私はただ、この世界のみんなのためになろうとしただけなのに……。
ただ正しいことをしたかっただけだというのに……! 何故それを否定する……!!
「……許さないぞ」
私は拳を握りしめ、暗闇に向けて呟いた。
私は間違っていない。絶対に、私は間違ったことなどしていない。
正義とは痛みを伴うものだ。痛み無くして救えるものなんてない。あの勇者が間違っているんだ。
……ならば、どうして私は苦しんでいる?
なぜ、私の胸は張り裂けそうなほど痛むのだ。
「なぜだ、なぜなんだ……」
ベッドの上で、涙を流しながら呟く。
嗚咽を漏らしながら、何度も同じ言葉をつぶやく。
「ずいぶんとお悩みのようだね、勇者アイラ」
「……」
「まぁ、しょうがないよね。相棒は説明が苦手だから。理解に苦しむのはよくわかる」
「……『炎弾』」
赤い髪の女に、私は警戒心をあらわにする。
『炎弾』……つい最近戦場に現れ、聖教国や聖教国に連なる周辺国に甚大な被害を与えてきた女だ。
確か、あの勇者の話だと名前はレヴィとか言ったか。
「えっと……その……私をそんな目で見るのはやめてくれないかい? 私、こう見えても平和主義なんだけど……」
「……」
一ミリの油断もせず、私は炎弾を観察する。
私が寝入った瞬間、噂に聞く熱線で焼き貫かれるかもしれない。
それを避けるためにも寝てはいけなかった。
……それに
「…………炎弾」
「ん? 何?」
私はこの女に聞いてみたいことがあった。
「お前、あの勇者とはどんな関係なんだ?」
「あ? ……ああ、相棒のことね。うん、文字通り、相棒の関係だよ。対等な関係」
「恋人みたいな関係ではないのか」
「は? 相棒みたいな性格を好む女の子なんているの?」
「……」
そう言うと、レヴィと名乗った女は肩をすくめる。
まるで、「何を言っているんだろう」と言いたげな態度だった。
あの勇者、誰にでも傍若無人な態度をとっているんだな。
……自由だ。
「でも、そうだねぇ……」
何かを考えるように顎に手を当て、数秒考え込んだ後、彼女は口を開いた。
「家族の関係として言えば、相棒ほど頼りになる人はいないね」
「家族……」
「そう」
炎弾が私の言葉を肯定する。どこか嬉しそうな表情をして。
「相棒はね、身内に激甘なんだ。……あ、いや、何でもかんでも許してくれるってわけじゃないよ? 身内の誰かが困っていれば愚痴を吐きながらも協力してくれるし、誰かが間違った方向に行こうとすれば全力で正そうとしてくれる。そういう奴なんだ」
「……」
「そして、家族を守ることに命をかけるような男でもある。家族のためなら死んでもいいと考えるくらいには自己犠牲の精神があるんだよ。まぁ、その……本人は気づいていないのかもしれないけどね」
炎弾があの勇者のことについて嬉々として語る。
その姿は、どこか愛おしいものを見るような視線をしていた。
「確かに、私だって相棒のことを悪く思うこともあるよ。でもね、それでも、相棒は私の大切な友人であり、大事な相棒なんだ。それこそ、命を懸けていいと思うくらいにはね」
「……」
炎弾の言葉を聞いているうちに、胸の中にモヤがかかったかのような不快感が生まれる。
ではなぜ……あの勇者は私に対して説教染みたことを言ってきたんだ?
私とあの勇者は初対面なはずだ。気に掛ける意味が分からない。
すると、炎弾が唐突に話題を変えた。
「相棒はね、生まれた時から血のつながった家族がいないんだ」
「孤児なのか」
「部分的に言えばそう。しかも、戦争が原因でね」
「……そうか」
そのことを聞き、暗い気持ちになる。
私は嫌々ながらとはいえ戦争に加担している者だ。憎く見えるのかもしれない。
「だからかな……。相棒は『家族』に執着を持つようになった」
「……」
「勇者らしいといえば勇者らしい。君が世界を守りたいと思う気持ちと同じくらい……いや、それ以上に相棒は今の家族を守りたいと思っている。……でもね、相棒は理解しているんだ。自分が非力だってことを」
「あれほどの力を持ちながら……?」
「うん、それが君と相棒の違いだよ」
炎弾が顔をほころばせていう。
「君は自分の限界もかえりみずに世界を救おうとしている。周りが煽てるから、きっと頑張ってしまうんだろうね。でももし君が相棒だったなら……きっとその人たちにブちぎれて『お前らも頑張れよ! お前らの世界だろうが!!』って言うんだろうね」
「そんな無責任な……」
「無責任じゃないよ。その人たちを信頼している証さ」
炎弾は嬉しそうに、誇るように言った。
私は理解できないというように首を傾げる。
責任の放棄が……信頼? 分からない……。
すると炎弾は「ふっ」と笑みを浮かべると、ゆっくりと語り出した。
「相棒は自分が非力だとよく分かっている、痛感している。……だから、私たちを頼ってくれるんだ。本当は自分一人でなんとかしたいと思っていることでも、言い訳をしながら頼ってくれる。……勇者アイラ。君は誰かを信頼できたことがあるかい?」
炎弾の言葉に、私は考える。……信頼。
その時悲しくも、私はすぐに答えが出てしまった。
────無い。
私は勇者だ。世界を救うように育てられてきた。
そのために親にも期待され、友からも期待され、世界に期待された。私もそれにか耐えることができるように精いっぱいの努力をした。
……でも、それはあくまでその期待は私の『勇者』部分を頼っているに過ぎない。都合のいい人形としての私に。
「……そう、だな」
私個人として見られたことなんか、一度もない。
父から言われた。『ご先祖様に顔向けできるように生きなさい』と。
母から言われた。『勇者として、人々を幸せにしなさい』と。
友から言われた。『頼りにしている、世界の希望』と。
世界から言われた。『勇者様、どうか助けてください』と。
誰もが私のことを、勇者として扱う。私個人を見てくれない。
だから私は潜在的に自覚した。勇者としての私が、絶対の正義だと。
そうして、私の心は次第に歪んでいった。
私の中の正義は……他人に依存するようになった。自分の考えよりも他人の意見を優先するようになった。勇者として求められるように生きるようになった。
そして私は自分を見失い、いつの間にかお人形として生きていくことに甘んじるようになったのだ。
信頼したことなんて、一度もない。だって、誰も私個人に期待することなんてなかったのだから。
「そうだね……」
炎弾が少し寂しそうな表情でつぶやく。……その様子はまるで、私ではない誰かを憂いているように見えた。
「だから、相棒は言ったんだ。『正義に盲目になるな』って。君の正義は、歪んでしまっていたんだ。相棒はそのことを言いたかったんだと思う」
「……」
……そうだったのか。あの時、あの男は……私を心配してくれていたんだ。
私の正義を見て歪さを感じ、私の必死さから私の間違いを悟り、同情してくれていた。
あれほどの力を持つ勇者だ。一歩間違えば、私と同じように期待を向けられてもおかしくない。
そして私のことを真の意味で同情できるとしたら、あの勇者をおいてほかにいないだろう。
あの男は……ただ一人、私を見てくれていた。
「ううっ……」
「ふぅ、解説に想像以上に時間を食っちゃったな。私からも改めて言わせておくれよ。二度と正義に盲目にならないでよね。……世界のために誰かが傷つかないといけないなんて、本当に救われない」
炎弾がどこか悲しげに呟いた後、嗚咽を吐きながら泣く私に向かって優しく微笑んだ。




