世界の希望をその身に受けて
俺が放った斬撃をアイラが受け止める。
先に狙う場所を宣告していたおかげで反応はなんとかできていた。
────────しかし
「ぐっ!」
アイラが苦痛の声を上げる。彼女の美しい白銀の鎧に亀裂が走った。
アイラはそのまま後方へ吹き飛び、地面に膝をつく。
「はぁっ……はあっ……」
「おいおい、大丈夫か」
「……敵に情けを賭けられるほど落ちぶれてはいない!」
アイラは荒くなった呼吸を整え、立ち上がる。しかしその顔色は悪く、額からは汗が滲み出していた。
やはり、セイントヴァーチェを受け止めたのダメージはかなり大きかったようだな。
アイラの体から発せられる闘志はまだ衰えていない。だが、体は正直だ。
おそらく今の一撃で骨にヒビが入っただろう。
「どうだ、とんでもないやつを相手にしているのは分かっただろ。大人しくお縄に着きやがれってんだ」
「大人しくしろと言われて────────大人しくする奴がどこにいるかッ!」
アイラが再び剣を構える。その構え方は今まで俺が見てきたどの勇者よりも洗練されたものだ。
その構えだけで分かる。コイツは間違いなく強者だ。
「ここでお前を倒して……帝国の横暴を止めるッ!」
「はぁ、勝手にしろ」
アイラが間合いを詰めてくる。速い……ただ、それだけだ。
片手でアイラの攻撃を受け止める。
「なっ……聖剣でもない剣で私の攻撃を受け止めるなんて……!」
「聖剣なんかに頼っている勇者には理解不能だと思うから教えてやる。魔力で纏えば全ての剣は魔剣と化す。この世の常識だぜ」
まぁ、魔族の中での限定だけどな。
俺はアイラの攻撃を流し、そのまま腕を掴むと地面へと叩きつけた。
抵抗しないよう、アイラの首筋に剣を突き立てる。
「まだやるかい?」
「ッ……まだだッ!」
アイラは力任せに俺の腕を振り払い、距離を取る。そして再び剣を構えた。
もうやめようぜ。そんなボロボロの状態で戦っても時間の無駄だ。
「別に、お前がまだ戦いたいって言うんなら俺はテキトーに付き合うだけなんだが」
「……使いたくはないが……やむを得まい」
すると、アイラは精神統一をするように目を閉じて深呼吸をする。
次の瞬間、アイラの体が淡く発光した。
これはまさか……!
「『限界突破』」
「おいおいマジかよ!?」
アイラの周囲に白く淡い魔力が漂い始める。
今まで冷め切った態度で相手していた俺も、この激熱展開に興奮を禁じ得ない。見るのはチャーリーとかいう武闘家を連れた勇者以来だ。
流石初代勇者の子孫なだけはある、伝統には忠実だ! 仲間のバフに頼っている勇者よりもはるかに好感が持てるぜ!
……しかし、アイラが『限界突破』を使用したことによる問題もある。
この『限界突破』……五分以上の継続使用をすると命の危険があるのだ。生け捕りにしようとしている俺としては、あまり無茶をしてほしくはないのだが……。
アイラは再び駆け出し、上段からの斬り下ろしを仕掛けてくる。
「おいやめろ! 命が大事じゃないのか!」
「うるさいッ! 私は人民を救うためならどんな犠牲を払ってでも成し遂げなければならない使命があるッ!!」
「俺だってお前を生かす使命があるんですぅ!」
俺はアイラの剣を受け流すと、鳩尾に向かって蹴りを入れる。
しかし、それはアイラに避けられてしまう。
アイラはそのまま空中で一回転し、地面に着地。同時に俺に飛びかかってきた。
「『聖剣召喚・シルヴィニ』!!」
「へぇ、聖剣二本持ちですかい!」
アイラの左手に細剣が握られる。
聖剣二刀流の勇者は初めて見たぞ。ヒルダにいい土産話ができた。
アイラが右手に持つ白銀の剣が光を放つ。それと同時にアイラの動きが加速した。
「『神速剣』ッ!!!」
もはや線にしか見えないような速さの連続突きが放たれ、四方八方から俺を襲う。
しかし、その攻撃は全て俺に見切れる範囲だ。
「神速って言うには少し遅すぎやしないか!」
「黙れ! 学校の先生から教えてもらった技だ! 文句を言うな!」
「じゃあ次会う時に『音速剣』ぐらいに改名するよう伝えてくれ! その程度は十分に超えている!」
俺はアイラの剣を避けつつアイラの息切れを待つ。アイラが『限界突破』を使用している故、魔力と体力の消耗が激しいはずだ。おのずと動きが鈍くなるだろう。
アイラが剣を振るう度に魔力が舞い散る。その輝きがより一層強さを増していく。
「これで終わりだッ!」
アイラが剣を振り下ろす。
俺はそれをギリギリまで引き付けてから避け、アイラの手を掴み、再び地面へと叩きつけた。
「ぐっ!」
「いい加減諦めろ! 体がもたないぞ!」
「まだだ……私は負けられない!」
アイラは起き上がり、再び剣を構える。
そして、今度は
「『精霊召喚・ウィンディーネ』! ピューラ、お前の助けがいる! 力を貸してくれ!」
「了解だよぉ! アイラちゃんを傷つける人にはお仕置き! それー!」
アイラの背後に水の塊が出現し、そこから青い髪の少女が現れる。
少女は両手に水でできた槍を構えていた。
どうやら、アイラは覚醒勇者だったようだ。
「いくよ、ウォーターランスッ!」
「あっ、まずい」
目の前の精霊の後ろに出現する無数の槍に、俺は冷や汗をかく。
勿論、ピューラとかいう幼げな水の精霊に恐れおののいているわけじゃない。
だって精霊と言えば……あっ、やっぱり。
────俺の後ろにある要塞から放たれた熱線が、水でできた槍を蒸発させた。
「なッ!? 私の槍が!?」
「精霊……コロス……」
「あちゃー」
ふと背後をを見ると、そこには目の焦点を失い、バーサーカーと化したレヴィが炎を纏いながら歩いてくるところだった。
熱に揺らめく景色が、レヴィの怒りを鮮明に表す。
かつてなく、レヴィは激昂していた。
「相棒……私……言ったよね? 二対一は卑怯だって」
「お、おう。確かに言ったな。……レヴィ、そこの精霊消していいよ」
「言われなくても……消し炭にする。塵も残さない」
すげぇ、俺よりも悪役を演じきっている。
ここまで怒ったレヴィを見るのは初めてかもしれない。
「だ、誰だ……?」
「何を言っているのアイラ!? あれは……あれは恐らく幻の神龍! 絶滅危惧種だよ!」
「どうして精霊は全員口が悪いのかなぁ……!」
ピューラが焦り、手に水を溜めて打ち出す。
しかし、そんなものはレヴィの炎によってかき消されてしまった。
イフリートの技術と潜り抜けた死線により、レヴィは並みの精霊を凌駕する力を手に入れている。相性が不利な水の精霊とはいえ、もはやレヴィの敵ではなかった。
「精霊……コロス……!」
「きゃあああ!!」
レヴィと精霊の追いかけっこが始まり、俺は呆然と立ち尽くす。……なんか、ナイスだ。
邪魔者がいなくなったところで、俺はアイラとの勝負を再開することにした。
「切り札は流石に出し尽くしただろ。もう『限界突破』の疲れも出てくる頃合いだ。悪い事は言わない、降参しろ」
「誰がするか! 私は負ける訳にはいかないんだ!」
「なんでそこまで頑張るんだよ。俺ならすぐに逃げだすぜ?」
「お前のような偽善者に何が分かる! ……私が負ければ、皆は救われないだろう。聖教国の民が苦しむことになる!」
「勇者ほど偽善な存在があるか」
切り結びながら説得を試みるも、アイラは聞く耳を持たない。
しかし、ここで火に油を注ぎ、アイラに死んでもらっては困る。
俺の目的はあくまでもアイラの捕縛だ。
「……仕方ねぇな。ちょっと痛い目を見てもらうぞ」
「無駄な事を! 私は絶対に引かない!」
俺は剣を引き、アイラの剣を弾く。アイラの体勢が崩れたところへ、俺は回し蹴りを放った。
アイラはそれをしゃがんで回避し、そのまま足払いをかけてくる。
だが────
「剣に頼らなかったことは褒めてやるぜ!!」
「なっ!?」
俺はジャンプすることでアイラの攻撃をかわし、剣の柄をアイラの額に叩きこんだ。
アイラの額が割れ、血が流れる。
「ぐぅっ!」
ひるんだアイラはよろめきながらも立ち上がり、すぐに剣を構えた。
どうやら今の一撃でも戦意喪失しなかったらしい。
「なんと諦めの悪い奴だ……。勇者らしいといえばそれまでだが……」
「お前には……お前だけには負けられない!」
アイラが再び剣を振るう。それを避けつつ、俺はため息をついた。
「……全く、どうして勇者は馬鹿ばっかりなんだ」
アイラの攻撃を受け止め、鍔迫り合いになる。
俺が押し返そうと力を込めたその時、アイラはその勢いで後ろに大きく跳躍。
「……どうした、降参か? できる剣士はつばぜり合いで相手の力量を把握するんだがな」
「…………把握した」
「は?」
アイラがにやりと笑い、自分の手を見下ろす。そして、再び顔を上げた。
その表情は先程までの絶望に満ちたものとは違い、自信に満ち溢れていた。
「お前は言ったな、剣に魔力を纏わせることで剣を強化できると」
「あ、うん……。言ったよ」
「ありがとう。それが……私が長年求めていた最後のピースだ。私の先祖が使った、最終奥義の」
アイラの聖剣に膨大な量の魔力がまとわりつく。
まるでそれは純白の結晶のように光輝いていた。
この戦いの中で俺の技術を盗んだのか。間近で学習するためにも、何度も俺に立ち向かっていたと。
こりゃあ一本取られた。天才だな…………っておまっ、アストレイルの最終奥義って言ったら……!
目を丸くする俺に向かって、アイラが剣を構える。
「……この技があれば、お前を倒せる」
「その技を使うのはやめとけ! それをドローレスク無しで使ったら腕がもげるぞ! バカなのか!?」
「うるさい!! 私は……私は『アストレイルの直系』勇者アイラだ!」
俺の言葉を無視して、アイラは地面を踏み抜く。
次の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、大地がひび割れた。
「『セイント────!」
「ああもうクソっ! 無知とは恐ろしいものだなッ! どうせ使うなら『セイントヴァーチェ』から練習しとけっつーの!」
俺は急いでアイラを止めようと駆け出した。
おそらく、人間大陸には断片的にしか伝わっていないのだろう。ドローレスクのあった遺跡にも描かれていたのは、片方の技の存在だけ。
そして、多分……アイラはその技の代償の存在を知らない。
俺の奮闘も空しく、あの技は最悪の形で完成する。
掲げられた光が、天を貫く。
「ネビュラ』ァアアアア!!」
振り下ろされた聖剣からは眩い閃きが放たれ、戦場の曇天を割った。




