最凶の勇者VS最強の勇者
「ん……」
次の日、俺はけたたましい喧騒で目が覚めた。
何かが破裂するような音、地面がえぐれる音、人の叫び声と様々だ。
「おはよう相棒。今忙しいから静かにしてて」
「……何やってんの」
俺が体を起こして部屋を見渡すと、レヴィが窓から鉄製の長い筒のようなものをつぎだして外を見ていた。
片目をつぶり、極限なまでに集中している。
「あの、レヴィさん? これは一体……」
「見て分からないの。狙撃だよ、狙撃。ここから熱線を撃って味方を援護するんだ。……そいっ」
「相棒。この前の件でも思ったんだが俺のいないところで謎に強くなってるのはなんでなんだ?」
なんかもういいやと思いながらベッドから飛び降りレヴィの後ろから外の景色を覗く。
よく見ると、今は交戦中のようだ。奇怪な鉄の塊が動いたり、敵側の勇者がその鉄の塊を切り裂いたりしている。戦況はレヴィのおかげで帝国が微有利と言ったところか。
……なんか、本当に戦争って感じだな。俺が血を見慣れていなかったら発狂している自信がある。
「相棒は机の上に置いてある携帯食料を食べておいてて。今後しばらく食べる余裕はないと思うから」
「携帯食料? ……この缶詰めか? これ食えるのかよ」
「大丈夫だ、お腹壊したりしない。……味は保証しないけど」
「不味いのかよ!」
仕方なく俺は缶詰めの蓋を開ける。
中に入っていたのは、茶色のペーストであった。
「………………」
これを、食べろと言うのか……。
正直食欲はないが、食べ物に罪はない。それに、これから当分まともなものにはありつけないらしいし……。
意を決して一口食べる。
……結果、グレイの気力と体力が大幅に減った。
「おぇええぇええ……」
「あーあ、持ったいない」
結局、俺がまともに食べられたのは半分ほどであった。性転換薬の次くらいにまずい。
こんなものを好んで食べている奴らは気が知れないな。
「ごちそうさま……」
「もー、今回の戦いの主役は相棒なんだからしっかりと食べてもらわないと困るのに……」
「それで、何をすればいいんだよ」
俺が問うと、レヴィは片目をつぶって標的へと照準を合わせながら
「んー、とりあえず待機。私達が大方の敵を片付けるから。勇者アイラが出てきたら相棒の出番。一対一で戦ってもらうよ」
「お前は参戦してくれないのか……」
「だって神龍だもん。相手が二対一を仕掛けてくるならいざ知らず、基本的には勇者同士の争いには介入したくない。こうして勇者の聖剣を狙撃で砕くのが私ができる最大限の譲歩だよ」
レヴィが筒の引き金を引き、熱線で敵の勇者の聖剣を破壊する。
あ、相棒が有能過ぎて怖い。
しかも戦場に走る赤い閃光の数を見る限り、レヴィが炎分身を使って同じように勇者の聖剣を壊しているらしい。
こりゃあ八階級特進できるわけだ。敵だったらぞっとする。
──────と
「ん! ……相棒、そろそろ準備して」
「んあ?」
「敵軍が撤退し始めた。もうすぐ出てくるかも」
「ああそうか」
俺は洗面所に行き顔を洗い、歯磨きをして寝癖を整える。
そしてリゼから支給された帝国軍の制服……迷彩服を着て、腰に剣を差した。
「よし、行くか」
「本当は勇者アイラとの戦いが始まるまで見送っていたいんだけど、私はこの砦を守らなくちゃならないからね。ここから見てるよ」
「まぁ、期待して待ってな。もっとうまい飯を用意して」
俺が勝つと疑いもしないレヴィに見送られ、俺は戦場へと駆け出した。
***
────自分を押し殺し、私は戦場と向き合った。
辺りには硝煙と血の匂い。これを人間が作り出したとは世も末だ。
本当に、帝国の科学力には脱帽するしかない。
普通の人間でさえ、銃を持てば並みの勇者と渡り合える。少し練習をすれば戦車で並みの勇者を蹂躙できる。
これまで教えられてきた『人間は勇者に勝てない』という私の常識が、帝国の技術力によって簡単に覆された。
……だが、あくまで技術は付け焼刃。帝国が持つ強さは本当の強さではない。
事実、私は戦車の残骸の上に立っているのだから。
帝国は数ではこちらを大きく上回っているが、個々の能力では圧倒的に劣っている。
私がいる限り、この戦いで負けやしない……負けさせやしない。
「……ん?」
……と、急に帝国軍が砦へと撤退しはじめた。
一瞬、戦場に現れた私を恐れて逃げたのかとも思ったが、統率の取れた行動を見る限りそんなことはなさそうだ。
ならば何故撤退を? ……分からない。
疑問を感じ、首をかしげる。
────しかし、私はすぐにその疑問の答を見つけることになった。
砦の門から帝国の軍服を来た一人の男が私の元へと近づいてくる。男は私の姿を確認すると
「えっ、女なの!?」
「は?」
思わず声に出してしまった。
……しまった! 私としたことが動揺した姿を敵に見せるなんて……。
男は私に背を向け、慌てたように独り言を呟く。
「ちょっとタンマ。全然心の準備ができてなかった。まさか勇者アイラが女だとは思わなかった。……やべー、どうしよう。俺が計画していた捕獲プランの八割が潰れたぞ」
「……お前、何者だ。私に何の用だ」
私は男に声をかける。
すると、彼は「や、やるしかねぇか……」と咳払いし、ゆっくりと振り返った。
「俺の名前はグレイ。まぁ、わけあって帝国に加担している勇者だ。初めまして」
男は飄々とした声色で挨拶をする。
帝国の勇者、つまり私の敵であるが、グレイという勇者は剣を抜くような仕草を見せなかった。
私の油断を誘おうとしているのだろうか。
「……何のつもりだ?」
「んー、できれば話し合いたいで解決なーと思ってさ。だって、あの……その……お前、女じゃん? 俺、お義母さんから『初対面の女の子には優しくしなさい』って言われてるからさ……」
「…………」
何を言っているんだこの男は。
「いや、もちろんこういう態度は俺に似合わないと思ってるよ? でも、流石の俺も女には剣を向けたくないって思うし……」
「ふざけているのか」
「ふざけてないよ。俺はマジメ君です」
男が苦笑いで手をひらひらとさせる。イマイチ真剣さが伝わってこない。
私は剣を抜き、男の喉元に切先を向けた。
「敵対する意思がなければここから去れ。今の私は気が立っている、容赦はしないぞ」
「……んー、それは生憎できない要求だ」
その瞬間、男の目の色が変わった。まるで私をまったく恐れず、逆に獲物としてとらえるような目つき。
剣呑な雰囲気に私は息を飲む。
「残念ながら、俺とお前は決定的な意見の食い違いがあるらしい。……まぁ、社交辞令で聞く。アイラ、黙って俺に拘束されろ。大人しくしていれば一日三食デザート付き、三時のおやつも保障してやる」
「断る」
私は即答する。誰がそんな甘言に乗るか……いや、少し魅力的に感じてしまった点は認める。
私だって、この戦場暮らしに辟易しているのだ。
私の断言に男は少し驚いた様子を見せたが、すぐに表情を引き締めた。
「交渉決裂ってことでいいか」
「ああ、それで構わない」
私は剣を構えなおす。
ここで躊躇う必要はない。今まで通り、勇者アイラを演じろ。
「……最終確認だ。投降する気は?」
「ない。お前が投降しろ」
「了解…………ああ、めんどくせぇ。どうしようもなく頭が固い勇者だこと」
男がぼやくと同時に剣を抜く。
それは聖剣ではない。何の変哲もない普通の剣だ。
しかし、なぜだろうか。私の本能が、勇者としての根幹が、この男に警笛を鳴らす。
────こいつは強い、と。
「アイラ、お前に死なれたら困るからあらかじめ助言しておいてやる────右脇腹を守れよ」
そう言って、男は剣を閃かせた。
「『セイントヴァーチェ』」




