血満ちる戦場に慟哭は鳴る
「バカだねー相棒。そこは『あー、あれね』ぐらいに相槌でもうっておけばよかったのに。無知をさらけ出したらリゼに情報を叩きこまれるのは目に見えてるじゃないか」
「しょうがないじゃないかぁ。人間だもの」
「人間の中の常識なんだけどねぇ……。まぁ、過ぎたことを話してもしょうがないか」
隣に座るレヴィが鼻歌まじりに乗り物の取り舵を北の戦場へと切る
今俺たちが乗っているのは帝国軍で主要の移動手段、『魔導四輪駆動車』だ。
運転手の魔力を原動力として動くこの機械は馬よりも速く動き、悪路もへっちゃららしい。
しかし、高機能なだけあって燃費が絶望的に悪く、操縦できるのは特殊な訓練を受けた専用の運転手だけだという。
ちなみに、レヴィは魔力にものを言わせてすぐに乗りこなしたらしい。今は愛車としてオフの日でも乗っているんだとか。
本当に帝国に染まってしまってんな、相棒。
「ところで、相棒。リゼにどんなことを教えられたんだい? えーっと、勇者アイラさんだっけ?」
「あー、思い出したくもねぇ」
耳にタコができるほど聞いたフレーズに嫌気がさしつつ、俺は勇者アイラの情報をレヴィに話す。
勇者アイラは現在人間大陸最強と名高い勇者。初代勇者のアストレイルの血を一番濃く受け継いでいるという勇者である。
その強さは折り紙付きで、最も帝国に被害を与えている勇者の一人らしい。どんなに強い勇者を雇ってアイラにぶつけても、帰ってくるのは勇者の骸だけだとリゼが言っていた。
また、アイラは勇者の中でもエリートしか入学が許されない勇者学校を首席で卒業しており、人望も厚い。
「へぇ、まさに理想の勇者だね」
「……今、『相棒がそんな勇者だったらなぁ』だとか思ってたりしてないよな?」
「……してない」
レヴィの運転が雑になる。
思いが行動に現れてるぞ。俺が理想と正反対で悪かったな。
「それで、相棒はその勇者アイラを殺すの?」
「んにゃ、生け捕りだってさ。リゼも無理難題を押し付けやがる……」
「ん? なんでさ。帝国が厄介者を生かすなんて主義に反する。あまりにも優し過ぎやしないかい?」
「優しくしねぇといけない事情があるんだとよ」
アイラを生け捕りにしないといけない理由、それは「アイラの人気」が故にだ。
勇者アイラはアストレイルの子孫という出自と自身の強さが相まって帝国の中でも絶大な人気を誇る。
もし仮にアイラを殺した場合、帝国は民衆に大きな反発をくらう。リゼはそれを避けたいのだ。
「なるほど……確かに理に適ってる」
「あーメンドくせ。サクッと殺せればこんなにも憂鬱になることもなかったのによ。どうせヒルダに対しての危険因子だ。殺すのにためらいもいらねぇ」
俺は思わず舌打ちをする。
最強の勇者なんて真っ先に殺すべき存在なのに、何が悲しくてわざわざ生かして捕らえなくてはいけないのか。
「まあまあ、私は相棒が罪を重ねずに済みそうで安心してるよ」
「はいはいどーも。……とりあえず、面倒なことは後回しにしてまずは目の前の問題を片付けるとしますかね」
俺は目を細めながら前方を見る。
今回の目的地である砦だ。
血なまぐさい空気が立ち込めており、血を血で洗う凄惨な現場だということは一目でわかる。
なんなら、ヒルダがいつも勇者を迎撃している魔王の間よりも血塗られていた。
「おーこわ。もうここに魔王城の看板立てても違和感ないんじゃねぇか?」
「これが戦争だからねぇ……」
俺たちを乗せた魔導四輪駆動車は砦の中へと入っていく。
そして、俺たちはそこで衝撃的な光景を見ることとなった。
『お待ちしておりました! レヴィ曹長! かの「炎弾」様にお越しいただき砦の兵士一同感極まっております!』
「……」
「あ、相棒。違うんだよ、うん……」
俺達が駆動車を降りるや否や、ずらーっと並んだ帝国の兵士が出迎えてきた。
……さぁレヴィ、この状況に対しての言い訳を聞こうか。
「い、いやぁねぇ……ハハハ。実はリゼの無茶ぶりのせいで各地の戦場を飛び回っていたら、いつの間にか『炎弾』なんて二つ名をつけられちゃって……」
「…………それだけか?」
「……すみません。戦線を維持していたら三等兵から八階級特進しました。生き残るためには必要だったんです」
「おいおい……」
頭を抱える俺を見てレヴィが土下座をする。
お前のせいで必然的に俺も注目されちゃってるじゃねぇか。ただでさえあんまり表舞台に立たないよう心掛けているのに。
「あのー、レヴィ様?」
「あ、あー、ごめんね。私たちは先にやることがあるから。仕事に戻ってていいよ」
レヴィが兵士たちに声をかけると、兵士が二手に分かれて道を作る。
お前、マジで何をしたんだよ。普通に兵士をしていたらこんなことにはならないぞ。
「さぁ、相棒。早く行こうじゃないか」
「はいはい……。……あー、頭痛くなってきた」
このなれない状況に、俺は重い足取りで歩を進める。
こういうの本当に苦手なんだけどなぁ……。
* * *
私は、何のために勇者に生まれたのだろうか。
私は、学校で何を学んだのか。
荒れ果てた戦場にただ一人立ち、自らの過去を反芻する。
もう、考える気力もない。私の前には何もない。
あるのは…………私の後ろには守るべき聖教国があるだけ。そのためだけに、私はこの場にいる。
「……覚悟!」
私は、背後の気配に振り向くことなく剣を抜く。
声の主が誰なのかは分からないが、敵であることに変わりはない。
…………考えたくもない。
「はぁっ!!」
力を解放し、剣を後ろに振りぬく。
あえて、後ろを見ることはしなかった。赤く染まった私の剣が、全てを物語っているのだから。
血を払い、私は剣を鞘に戻す。
そして、今にも雨が降り出しそうな曇天を眺めた。
「……どうして、こんなことになったんだろう」
誰も答えてくれない問いを呟く。
私は……孤独。だが、それでいい。
こんな思いをするのは私だけで十分だと、そう自分に言い聞かせた。
周りは勝手に期待する。私の思いも知らずに。
運命は無慈悲に進んでいく。私の願いも知らずに。
時は残酷に刻まれていく。……私の限界も知らずに。
「ハハハ……」
自身の境遇を再認識し、私の口から乾いた笑いが出た。
滑稽。その一言に尽きる。
私は己を常に律してきた。苦しいときも、辛いときも、私はいつだって努力をしてきた。
そのおかげで力も手に入れた、人望も手に入れた、名声も手に入れた。
私が笑うと、皆もつられて笑ってくれる。キラキラと目を輝かせて、私を必要としてくれる。頼ってくれる。
────なのに。なのに……
「私はなぜ……こんなにも空虚なのだろうか」
ふと、涙が流れた。
勿論、聞いているものなど誰もいない。ただの私の独り言だ。
……きっと、戦場という場所が悪いのだろう。
ここは死地。ここで戦い命を落とすものは数知れず、英雄となるものもまた同様に多い。
そんな場所では、人の悲しみも怒りも容易く飲み込んでしまう。
だから、感情の制御が効かなくなるのだ。
「……いけない。しっかりせねば」
己の頬を叩き、弱った心を叱咤する。
私の後ろには誰がいる。私がいるからこそ、平和で過ごしてくれる人々が世界に何人いる。ならば、私はどんなことがあろうとも折れてはいけない。
たとえそれが、偽りの自分であったとしても構わない。それで、救われる人がいてくれるのなら。
「……うん」
私は再び前を向く。
────私は勇者アイラ。初代勇者の子孫の誇りを胸に、今日も凄惨な戦場を駆る。
……自分を押し殺し、人々の希望を演じて。




