帝国所属勇者グレイ
帝国。それは、人間大陸が誇る最大最強の軍事国家である。
その軍事力は絶大で、建国からたった百年で大陸の最大勢力へ上り詰め、畏怖の象徴となった。
圧倒的な科学力、統率の取れた質の高い軍……帝国軍の強みを言えば限りがない。
……らしい。(帝国出身のリゼが言ってんだから信用できるわけねーだろ)
「それに、わが軍は完全実力主義を導入しています。有能な者、戦果を挙げた者には昇格や褒賞、親族への福利厚生の保証などを幅広く用意していますよ。きっとグレイ様もお気に召すことでしょう」
「その褒賞で貸し出し期間の短縮って言うものはありますか?」
「ないです」
即答だった。なんと無慈悲なことか。
「さぁ、ここが我が祖国、ハイマール帝国です。あなたが英雄として名を刻む国ですよ」
帝都に入るなり、俺達は馬車を降りた。
そして、目の前に広がる景色に感嘆する。
まず目についたのは四角い建物。ガラスの板が張り付けられ、中で人が動いているのがわかる。
次に目に映ったのは広い道だ。広くまっすぐな通りには等間隔で鉄柱が立っており、その先端は光を纏っている。
さらに、行き交う人々。身なりがよく、どこか品があるように感じる。
明らかに異質、他の国とは隔絶した技術力を帝国は持っていた。
まったく別の文明と言っても差し支えない。
「どうですか? グレイ様。これが帝国です」
「どうしたらこうなるんだよ……魔王大陸の技術力とそんなに変わらねぇぞ。建築に至っては見たことない形をしているし……」
「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。我が帝国の技術は世界一、常識にとらわれない構造と常識を破る合理性を兼ね備えた唯一無二の技術なのです」
俺が出した感嘆の声に得意げになるリゼ。彼女は胸を張って誇らしげにしている。
まぁ、なぜリゼが威張るのかは分からないのだが、確かにすごいことだ。
ここまで発展した技術力は他の国では見れないだろう。
「ところでリゼ、俺達はこれからどこに行けばいいんだ?」
目的地がわからなければ困る。いくら何でもノープランということでもないだろう。
俺がそう聞くと、リゼは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もうグレイ様のスケジュールはすでに予定されています。自由時間はよほどのことがない限り無いと思ってください。一分一秒も無駄にできませんので」
「すんませーん、福利厚生が……」
「細かいことは気にしないのです。ともかく、まずは何よりも先行すべきことがあなたにあります。ついて来てください」
そう流されるまま、俺はリゼの後に着いて行った。
*****
「ようこそ、ここが帝国の中枢。私の家である城であり皇帝陛下……お父様のおわす場所です」
「……」
そこは城の内部だった。
装飾なども最低限に抑えられており、華美なものは一切ない。機能性を重視した作りになっているようだ。
無駄なものはいらない。帝国の主義を現した内装と言える。
そこで、俺たちは重厚な鉄の門の前に立っていた。
「この先にお父様がいらっしゃいます。グレイ様、覚悟を決めてください」
「だから待ってくれって。せめてどういう状況なのかとか説明してくれても……」
「ただでさえお父様は多忙な身。この面会も私がお父様に懇願して成立した面談なのです。時間が惜しいのであなたを端的に紹介し、私の部下だということをお父様に把握させます。……失礼の無きよう」
「無理だって無理だってぇ! ぶっつけ本番じゃダメなやつだってぇ!」
俺は必死に抵抗するが、リゼはそれを無視してどんどん進んでいく。
そして、大きな扉が開かれた。
……そこには、玉座の間に似つかわしくない男がいた。
外見年齢は俺とそんなに変わらない。なんなら幼い顔立ちをしており、リゼの年齢から推定する実年齢よりも若く見える。
しかし、その雰囲気は歴戦の猛者のそれであり、鷹のような目で俺を鋭く射抜いていた。
リゼが頭を深々と下げ、ドレスのすそを上げる。
「ご機嫌麗しゅうございます、お父様。例の者を連れて参りました」
「そいつが例の勇者か。たしか『炎弾』の相棒だったな」
「はい、お父様。以前私が話した勇者、グレイでございます。この者がいれば、この戦争の情勢は有利に働くかと。……ほら、グレイ様。挨拶を」
「は、はぁ……お初にお目にかかります陛下。グレイっていいます」
リゼに背中を突かれ、俺は渋々挨拶をする。
────────その瞬間、空気が変わった気がした。
ピリピリとした殺気。肌を刺すような感覚。
どうやら、それは俺に向けられているものらしい。
「早速だが……勇者。貴様に問う」
「は、はい?」
「貴様は争いの果てに何を望む?」
「え……ええ?」
「答えよ」
皇帝からの急な質問に困惑する。
なんだこのオッサン。いきなりすぎて意味わかんねぇ。
……だが、ここで黙っていては話が進まない。
仕方ないので俺は適当に答えることにした。
「決着。できれば俺にとって最良の」
「……どういう意味だ?」
「俺は争い自体に意味はないと思っているんですよ。よくも悪くも終わればそれまで。それ以上は何もない」
「ほう」
俺のそれっぽい答えに皇帝の顔つきが変わる。
先ほどまでの鋭い眼光はなりを潜め、代わりに興味を示すかのように目が細められた。
「貴様は戦いに意義を求めぬのか?」
「別に。どんな争いであれ、俺は早く終わることに越したことはないと思います。だから、俺は争いの果てに決着を望む。……まぁ、負けるのは嫌ですけど」
「……ふっ、そうか。面白いことを言う勇者だ」
皇帝の口角が上がり、楽しげに笑う。
一体なぜ笑っているのだろうか。まさかいい年こいて強者ムーブを演出したい中二病なのだろうか。
隣でニマニマしているリゼとは正反対に、俺は理解できず首を傾げる。
すると皇帝は
「リゼ。面白い者を手に入れたな」
「はい。昔からお父様に申すとおり、私は人を見る目はお父様に準じるものがあると自負しております」
「ハハ、そうらしい。それでこそ我が娘だ、リゼ。……おい、勇者グレイよ」
「あ? はい」
皇帝は再び俺を見据える。
そして一言、こう言った。
「我が国の妨害工作を行っている聖教国の対応を貴様に任せる。期待しているぞ」
「……はい?」
飲み込めていない俺と、満足げに微笑むリゼ。
ええ? どういうこと? 聖教国の対応? マジで何言ってんの? というかなんでリゼはガッツポーズを決めてるの?
皇帝の言葉の意味が分からない。
「リゼ、その者をすぐに北へ送れ。一人だと寂しいだろうから相棒もつけてやれ」
「承知いたしましたお父様。このリンゼッタ、すぐさま聖教国を黙らせてご覧にいれましょう」
「頼んだぞ」
「んー?」
なんか勝手に話が進んでね? さっきまでこわばっていたリゼの表情がさっきまでと違う。
なんか悪いことを企んでいる顔だし、嫌な予感しかしない。
「貴様の活躍を期待している」
「は、はぁ……」
「では、私達はこれで失礼します。……行きますよグレイ様」
「ちょ、ちょっと……!」
リゼが振り返って戻り始めたので俺も急いで後を追う。
なんなんだ、この親子。もうちょっと無知な者に対しての優しさというものをなぁ……。
俺達二人が部屋の扉を閉めたところで、ようやく俺はリゼの方を見た。
彼女は未だに上機嫌で、俺を見てニヤついている。
「あの、一体どういうこと?」
「何をそんなんボケっとした顔をしているんですか! 大金星ですよ!」
鼻息を荒くしたリゼが詰め寄ってくる。
近い近い、顔が近いから。
てか、大金星とか言われても俺は全く実感湧かないんだけど。
そもそも、なんでこんなことになったのかさっぱりわからないし。
そんな俺に意を介さず、リゼは得意げに語り始める。
「いいですか、グレイ様。お父様はあなたに聖教国の相手を任されたのです。つまり、グレイ様はこの帝国の切り札と認められたということになります」
「お、おう?」
「それは私の名声を大きく上げるチャンス! グレイ様が活躍すれば、その上司である私も同様に名を上げ、次期皇帝の座をより確かなものにできるはずです!!」
「そ、そうなの……? あのガバガバ問答がそんなものを決める結果を生み出したの?」
「ええ!! もちろん、グレイ様には期待に対しての責務を果たしてもらう必要がありますが……そこは私が全面フォローを約束します! ぜひとも聖教国落とし、完遂させましょう! 私のために!」
「お、おお……?」
テンションが高いせいなのか、やたら饒舌になるリゼ。
出世欲にまみれた目をギラギラと輝かせて、今後の展望に思いをはせる。
……が
「まぁしかし、厄介なことを押し付けられた、とも取れますね」
「ど、どういう意味だよ」
ふと、リゼが不穏な言葉を口走る。
たしかに、聖教国は人類の切り札とも言える聖女を抱える大国だ。ケンカを売ればその権威を持って反抗してくるだろう。
しかし、聖女が表立って戦争に関わることがあるのだろうか?
不思議に思った俺がその旨を伝えると、リゼが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「違うのです。聖女自体は目先の脅威ではありません」
「じゃあどうして怯える必要があるんだよ」
「……とある勇者の存在ですよ。今、帝国の目の上のたんこぶと化している厄介極まりない勇者の」
リゼが半笑いになりながら振り返り、俺に言う。
「さすがのグレイ様も聞いたことがあると思います。人間大陸最強の勇者──────『アストレイルの直系』勇者アイラの名を」
「ッ!」
その名を聞いて俺はごくりと唾を飲み込んだ。
おいおい…………
「やべぇ、まったく知らねぇわ。誰だそれ」
「ええっ!?」
眉間にしわを寄せる俺に、リゼが思いっきりずっこけた。




