エピローグ それぞれにあるエゴの形
一連の騒動があった夜。私は目の前の家族を見つめる。
お兄様が、いた。
そして私が思っていたお兄様は、お兄様ではなかった。
優しく、私を守ってくれたあの人は、私のお兄様なんかじゃない。
私達に希望を与えてくれたお兄様は、お兄様じゃない。
「……」
隣のサリアが、「やっぱり……ね。そうだと思っていた……思っていたのよ、うん」と自分に言い聞かせるように小さく呟く。
確かにサリアの言う通りだった。私達が慕っていたグレイという者は赤の他人、そしてあの魔族が呼び出した男こそ私たちの本当の兄。
「あの……その……なんというか……」
アルフォンスお兄様が家族の静寂をやんわりと切った。
その申し訳なさそうな顔はに私の胸の奥が苦しくなる。
どこが、ハッピーエンドなのだろうか。
「すみません……本当に……」
「謝ることはないアルフォンス。とりあえず帰ってきてくれてよかった」
「……」
お父様の言葉に俯くお兄様にお母様が近づき、肩に手を置く。
「アルフォンス、あなたが悪いわけではないわ。再会の形こそ悪かったかもしれないかもしれないけれど……戻ってきてくれて嬉しいわ。あとで、あなたのことをたくさん教えてね」
お兄様が微笑む。それはまるで仮面のような笑顔だった。
……でも、それでいい。
「アルフォンスお兄様」
「は、はい……?」
「お兄様は……私たちをどう思いますか?」
「……え?」
突然の問い掛けに戸惑うお兄様。それでも私は続ける。
「私たちは家族です。血の繋がりもあるれっきとした血縁です。……ですがアルフォンスお兄様。お兄様には、これまで暮らしてきた血の繋がっていない家族がいるはずです。私達の知らない、お兄様を育ててくれた大事な家族がいるのでしょう。そんな家族がいる中で、お兄様は私達を愛することができますか?」
「…………」
「お兄様にとって、家族とは何ですか?」
私の問いかけに、お兄様は黙り込んだ。お父様もお母様も、サリアもびっくりした様子で私を見る。
我ながら、すごく意地悪いと思う質問だ。私自身も答えることができないと思う。
……けれど、私は思うのだ。
────────グレイという私の理想のお兄様だった男は、この質問に答えることができたのだろうと。
どうしても、アルフォンスお兄様と重ねてしまう。理想を追い求めてしまう。
「……僕は……」
やがて、絞り出すように声を出した。
「僕は……わからない……。僕には……いままで家族がいなかったから」
「……?」
「僕はずっと独りぼっちだったんです。親もいなくて、独りぼっちだから、村の人たちから虐められて、守ってくれる人がいなくて……。だから、分からないんです。家族のあり方が」
「嬉しいんですけど、分からないんです」とお兄様が言う。
「そう、ですか……」
「ごめんなさい……」
「いえ……」
そして再び沈黙が流れる。
アルフォンスお兄様には、やはりまだ難しい問題なのだろう。
家族を知らない者が、家族のあり方を分かるわけがない。当然のことだ。
ましてや、私達のような歪な家族。その複雑さは計り知れないはず。
……なら
「お兄様、私と一つ約束をお願いできますか?」
「な、なんでしょう」
少し怯えているような表情をするアルフォンスお兄様。
そんなお兄様に「大丈夫ですよ」と安心させるように声をかけてから私は言う。
それはきっと、これから先に必要なことだと思うから。
私はワガママに、妹らしく理想を押し付ける。
「お兄様────────『自由』であってください」
「!」
「私達は王族、自由とは縁の遠い存在です。ですがお兄様だけは違うのです。お兄様だけが自由なのです」
「……」
「お兄様には好きなことをしてほしい。自分のしたいようにしてほしい。それがたとえ、私達を苦しめることになっても、お兄様は自由に生きてほしい」
「どうして……」
「私たちに、希望を見せて欲しいから」
私はお兄様に手を差し伸べる。
私は、不自由だ。これまでそれに気づけなかった。
サリアに常々言われていた『傀儡』という言葉。私は常に誰かの操り人形で、操り人形であることに甘んじていた。けれど今は違う。
私がお兄様に手を伸ばした理由は、ただひとつ。
────────私に、自由を教えてくれたグレイという兄の代わりになって欲しい。
傲慢なのはわかっている。しかし願わずにはいられない。
「私に自由を見せて下さい、お兄様」
そう、私は生まれて初めて自分の願い言った。
グレイのように、傍若無人に。ふてぶてしく。
同時に、私は思う
嗚呼、家族のあり方とは、こうした身内のエゴから作られていくのだ、と。
***
「ぶえっくしゅっ!」
「汚いわね。ここから落とすわよ?」
「いや、寒気がしてな。なんでだろ?」
ヒルダの手を掴みながら(流石にずっと頭を掴まれているわけにはいかない。首が痛いから)、俺は鼻をすすりつつ人間大陸の情景を眺める。
草が生えたの大地がどこまでも広がり、空は相変わらず広い。
雲も少なく、青と緑が視界の大部分を占める穏やかな風景だ。
相変わらず、生きやすい環境だなぁ……と感傷に浸る。
……そういえば、雲というのは水からできているとレンバル先生から聞いたことがある。なんでも、雲は空気中のちりに水滴が付着したものらしい。
だから雲があるということは近くに水源があるという一種の目印になる……とレンバル先生は言っていた。
確かに、海の近くは雲が多い気がするなぁ。納得だ。
………………おい待て。
「なぁ、ヒルダ」
「何?」
ヒルダが上から俺の顔をのぞき込む。
「……ヒルダ、俺達ってどこに行っているんだ?」
「はぁ? なんで?」
「あのさ、さっきから薄々気づいていたんだが……この方向、魔族大陸の方向じゃねぇよな」
「……」
すると、突然ヒルダが黙り込んだ。
まるでどこかへ誘拐されているかのような、そんな感覚に陥る。
「……ヒルダさん? 聞いてますかー?」
「……なあにぃー? 何もやましいことはないわよ?」
「今、一瞬だけ間があったよな!? 絶対心当たりがある間だったよな! なんだよ、どこに向かっているんだよ!」
「うるさい。着けばわかるわよ」
「着いてからじゃ遅いんだよぉ!!」
アカン! 面倒ごとになるやつや!
嫌な予感がし、できるだけの抵抗をするもヒルダが俺の手を掴んで離さない。
痛い痛い痛い! 女子の癖に爪を切るのを怠りやがって!
「ちょ、マジでやめてくれぇ!! やばいことに巻き込まれそうなんだけど!! この期に及んで俺に不幸を与えようとするんじゃねぇ!」
「いいじゃない別に。勇者には試練がつきものよ」
「俺の試練だけ毎回ベクトルが違うんですぅうううう!!!」
必死に暴れるも、ヒルダは一向に俺の願いを聞き入れてくれる気配はない。
しかも場所が場所、木がミジンコのように見えるほどの高度から落とされれば選ばれし勇者と言えども無事では済まないだろう。
ロクな行動を起こせないまま、俺はヒルダにずるずると移動させられ……
「到着っ」
「うわっ!?」
高度を落としたヒルダがパッと手を離す。
待て待て待て! 地面に激突────────うぐっ!
「足首を……足首をくじきました……」
「いつぞやのレヴィみたいなことを言うんじゃないわよ、情けない男ね」
「いやお前のせいだよ。どう考えても俺が悪いように見えないだろ」
「自業自得。ほら、立ちなさい」
そう言ってヒルダは俺に手を差し伸べることなく俺の側に着地しあたりを見渡す。
俺もつられて顔を上げた。
すると──────
「相棒ぉおおおおお!!!!」
「うぐぼわぁ!?」
「無事なんだね! 無事だったんだね! 相棒がいなくなってから私は……私はああああ!!!」
なんかタックルされた……いや、これはタックルなんて生易しいものではない。
突進というべき程の威力だ。
「げほっ、ごほっ!」
「怪我はない!? 酷い事されてない!?」
「今お前に怪我させられたし酷い事されたよ……レヴィ。というか何でお前はここにいるんだ」
俺が咳き込みながらそう言うと、ようやくレヴィは俺を解放した。
「なんでって、それはもちろん相棒のために決まってるじゃん!」
「理由にになってねぇ……あとレヴィ、その服はなんだ。緑のまだら模様の服なんてお前持ってなかっただろ」
「そ、それは……」
レヴィが淀みながら何かを言いかけた時、突如として突風が吹いた。
木々が揺れ、葉っぱが舞い散る。
そして……俺は見た。
レヴィの後ろに立つ一人の少女の姿を……。
「おやおや、無事に目的を遂行できたようですね、魔王陛下。……それと、人間大陸での家族ごっこはいかがでしたか? グレイ様」
「げぇ!?」
ニタニタと笑いながら、リゼは顔を引きつらせる俺に視線を向けた。
その傍らには懐かしきあの女騎士、ライラの姿もある。
……んー?
バクバクとする動悸をそのままに、俺はヒルダに問う。
「お、おいヒルダ。どういうことだよ。訳が分からねぇ……」
「……ねぇグレイ。私はね……あなたに怒っているのよ」
「ま、まぁ、俺がいつまでたっても帰ってこないから怒ったのは分かるけども……それとリゼがどんな関係があるって言うんだよ」
すると、ヒルダの目に光がなくなった。
笑顔を張り付けたまま、ヒルダは口を開く。
「だからね、グレイ。私はリゼの情報の代価として……二週間だけグレイを帝国に貸し出すことにしたの」
「……ワッツ?」
「レヴィは情報の前金兼リゼの監視として先に帝国に派遣していたの」
「相棒、そうなんだよ! 魔王が私の人権を侵害して帝国に貸し出して……私、帝国の兵として馬車馬のように働かされてるんだよぉおおおお!!」
ヒルダの言葉に続くようにレヴィは大粒の涙を流し、泣き叫んだ。
……えっーと状況を整理しようか。
ヒルダが俺を見つけるためにリゼと交渉した。うん、ここまでは分かる。
そして、ヒルダはリゼが俺の捜索をサボらないように監視役としてレヴィを側につけさせた。……かなり無茶苦茶だが、分からなくもない。
それで、リゼに対してヒルダは依頼の報酬として俺を帝国に貸し出すことにした……と。
……。
「おかしくねぇか!? 俺の知らないところで俺の人権が奪われてるんだけど!?」
「うるさいわね。仕方がないじゃない。あなたの居場所を探すためにはこうするしかなかったんだもの。それに、私達のことをないがしろにしたあなたへの罰としてはちょうどいい落としどころじゃない」
「圧倒的にオーバーキルだわ! え!? 何!? 俺、これから帝国の所属になるの!? 戦場に駆り出されちゃうの!?」
「安心してください、グレイ様。グレイ様はレヴィ様と共に私の直属として状況が芳しくない戦地の打開、及び私のお父様に対する心象の向上に利用させて貰う予定でございます。勿論それなりの待遇を用意しておりますので、ご理解の方をどうか」
「お前ら揃いも揃って俺の人権無視しすぎだろ!! そもそも俺がお前らに何をしたって言うんだ!?」
俺がそう叫ぶと、ヒルダはため息交じり俺の腕を掴みリゼに差し出す。
有無を言わせない、そんな雰囲気を纏いながら。
「リンゼッタ、グレイに何かがあったら……分かるわよね?」
「ええ、十分に心得ておりますとも。ですが陛下、グレイ様がそこら辺の塵あくた勇者とは一線を画す存在というのは陛下もお分かりでしょう。精々、勇者千人分の働きをしてもらいますよ」
「勝手に話を進めるんじゃねぇ! あとレヴィ、お前も俺の服を掴むな、離せ!」
「ごめん相棒……もうたった一人で勇者の軍団から防衛戦線をもたせるのは嫌なんだ。……でも、相棒がいてくれれば……!」
「一人でも二人でも大変なのは変わらねぇえええ!!」
涙ながらに腰に縋りついてくるレヴィを必死で引きはがしながら、俺は雲の少ない青空に叫んだ。
キリやサリアといた頃は平穏に暮らして、何もなく、ただただグータラできたのに………………
「ああもう! 日常に戻ったとたんにこれかよ! 俺をそんなに虐めたいか、このどうしようもないエゴイスト共めがぁああああ!」
────────次回、帝国近衛騎士編、開始。




