閑話 魔王が魔王たる由縁
「突然呼びつけて、何の用ですか。魔王陛下」
魔王の間に用意された長机の対岸に、幼い少女が不敵に笑う。
まるで、狡猾な蛇を見ているかのようだ。
……そんな少女に、私は
「今だけよ。今だけ、私と対等に話すことを許してあげるわ。────リンゼッタ」
「あら、魔王陛下は寛大ですねぇ。普通、王は口が裂けてもそんなことは言わないのですよ?」
目の前の少女、リンゼッタは私の言葉に口元を面白おかしく覆った。
リンゼッタと話すために、私はアゼル先生に頼んでまた攫ってきてもらったのだ。
まさに魔王の所業。私も過去の愚行に手を染めることになるとはねぇ……。
……でも、後悔はしていない。これは必要なことだ。
たとえ、何が起こっても。
「まぁ、いいでしょう。陛下のご様子から大体の予想はつきます。……相当焦っておられますね? 私という得体のしれない者にすがりたいほどの何かに」
「……その通りよ。忌々しいけれど」
見透かした目でリンゼッタが口を開いた。
悔しいけれど、頷くしかない。私にはどうにもできない。
……けれど、このお姫様は違う。私にできないことができる。
「私は、あなたに頼みごとがある。今回はそのためだけにあなたを攫わせた」
「そんなことだろうと思っていましたよ。……では、単刀直入にお聞きします。その私に頼みたい依頼とは?」
リンゼッタから絶対に踏み入れてはいけないオーラを感じる。強い勇者の魔力だとか、コキュートスのような威圧感とは別のなにか。
その目を見ているだけで、底なしの穴に呑まれてしまうような気がした。
それでも私は────グレイのためにその穴に飛び込む。
「私が依頼したいのは、人間大陸にいるグレイの所在の調査よ。グレイを探し出してほしいの」
「はて、グレイ様? グレイ様が現在人間大陸にいらっしゃるのですか? 知りませんでしたねぇ」
リンゼッタの目が鈍く光った。おそらく、グレイが人間大陸にいると知ってよからぬことを企んでいるのだろう。
グレイとレヴィがリンゼッタを警戒する理由がわかった気がした。
「あなた、人間の国の姫なのよね? それもかなり大きな国の」
「ええ、そうですよ。魔王陛下の国には遠く及びませんが、現在の人間大陸で最大の国家です。小国の王くらいなら喜んで私の靴を舐める程度に大きい国ですよ」
「そう、……なら人脈も情報筋もたくさんあるわよね。ひと一人の所在を洗い出すことぐらい、簡単よね」
私が目を細めながら言うと、リンゼッタは
「ええ、可能ですよ。情報戦は私の得意分野です。特にグレイ様は人間としても勇者としても明らかに異質。きっと所在だけとは言わず、彼の周辺状況や人間大陸を訪れた経緯、秒単位の足取りも調べることができますよ」
そんな大言を自信たっぷりに言ってのけた。
私はその言葉にほっとする同時に後戻りはできないと腹をくくる。
おそらく、向こうも私が何を言いたいのかを察していることだろう。
────リンゼッタが口を開く。
「……ですが、いくら魔王陛下からの嘆願とはいえ、タダでグレイ様を探すことは少々承諾しかねます。やはり、それなりに対価を頂かないと」
「その、対価って何よ」
「さぁ? それは陛下が提示するものでは? その依頼を受ける受けないは私の一存。極端な話、このまま机をひっくり返してこの部屋を出ていくことだってできます。……是非とも魅力的な報酬を示していただきたいものですね」
この女……私の足元を見ている。
いかにも交渉慣れした、場数を踏んできた胆力だ。人間の狡猾さが濃縮されている。
私は考える、見合う報酬を。
このまま人間に舐められたままじゃ、私のプライドが許さない。
しかし、私が提示できるものと言えばそれこそ少ない。
そもそも、人間と魔族では物の価値観が違う。魅力的か否かを判断するにはあまりにも情報が少なすぎた。
この前グレイと外交について話したが、思ったよりも難しい。
すると、悩む私を見かねたのか。おもむろにリンゼッタが
「そういえば陛下。以前お話したこと、覚えておられるでしょうか?」
「以前? 何かあったかしら?」
「言ったじゃないですか、もし魔王大陸と貿易がしたいのなら何が欲しいのか、と」
「あー、そんな話もしたわね……あなたまさか」
「そうですよ、そのまさかです」
リンゼッタがニタリと笑う。
……私たちの力が欲しい、か。
戦争のための圧倒的な戦力が。
「ダメよ。私は王、いかなる理由があろうとも国民を危険にさらすわけにはいかないわ。ましてや人間大陸のこと、巻き込むわけにはいかない」
「では、あなたはグレイ様を見捨てると」
「うっ……」
「いえ、構いませんよ。私に依頼するかは陛下次第です」
究極の二択に、私は頭を抱える。
家族をとるか、国民をとるか。それは私にとって身が引き裂かれるような二択だった。
頭の中に様々な思いが浮かび、視界が点滅する。
ああ、こういう時にグレイがいてくれれば助け舟を出してくれるのに。
……こんな時でさえグレイを頼ってしまうなんて、私、どれだけメンヘラなのよ。
グレイがいない今、グレイの部分を私一人で補うしかない。
グレイなら、この場合どうするのかしら……。
────そう思った時、私の口から流れるように言葉が出た。
「あまりに調子にのっていると、……あなたの国、潰すわよ?」
「ッ……!?」
グレイなら……「魔王らしくしろよ」と言うわよね。
自由でいろ、お前の好きなようにやれ、どんなことがあっても俺が守ってやる、と。
今、私の隣にグレイはいないけれど……そう思うだけで自分の発言に自信が持てた。
そのまま魔王らしく、私は自分の思ったことを言う。
「一応言うけれど、私たちは人間大陸を侵略できないわけじゃないのよ? 一度魔族は人間に負けたとはいえ、もう初代勇者のような勇者はいないし、障壁という障壁はない。あなた達の国を足掛かりにして人間大陸に侵攻し、その過程でグレイを見つけるのもありかもね」
私が示した第三の選択肢に、リンゼッタが顔を引きつらせる。
「ほ、本気で言っているのですか? 聖女様や人間大陸の勇者が黙っているとでも?」
「黙らせるわ、武力で。それが魔王っていうものよ」
「そんなことは無茶……いえ、可能かもしれませんね。それだけの無茶を押し通す力が、魔族にはある……」
リンゼッタが笑うのをやめ、代わりに焦燥を見せる。
今、全力で打開策を見つけ出そうと頭を回転させているのだろう。
しかし私の経験則からして、暴力に勝る力はない。どんなに書状を突き付けようと、どれだけ借りを作ろうと、それは暴力の前には無意味。
だって……ご先祖様と初代勇者の戦いは紙や文字ではなく、剣だったもの。
結局は暴力。世界の運命を決めるくらいの大きな力がある。
どんな手段よりも手っ取り早く、スマートで、絶対的な決定力がある方法だ。
────リンゼッタが息を吐いた。
「……分かりました。降参です。今の私には、陛下に全面勝利できる手駒を持ち合わせておりません。非常に悔しい事ですが」
「あらそう、賢明な判断に感謝するわ」
形勢逆転。リンゼッタが白旗を上げた。
なんとか体裁を保てたことに、顔がほころぶ。百点満点ね。
「じゃあ、グレイを探してくれるってことよね。無償で」
「ええ、私の回せる全人脈、全人員を用いてグレイ様を見つけ出しましょう。……ですが、無償となるのは少し……」
「何よ、文句でもあるの?」
私が目を細くすると、リンゼッタが体をびくりと震わせる。
「いえ、その代わりと言ってはなんですが……私に折衷案を提示させていただきたいのです」
「……余計なことを言うのなら殴るわよ」
この期に及んで要求してくることが気になり、リンゼッタの発言を許す。
私が黙ったままのことを確認したリンゼッタは恐る恐る進言した。
一字一句を記憶するように、耳を傾ける。
「あの……私がグレイ様を見つける報酬として────────」
「……ふっ」
リンゼッタの要求を聞き終え、私は正真正銘の魔王らしくニタリと笑った。
「へぇ、面白いことを考えるじゃない。いいわ、それをあなたの働きの報酬としましょう」
まぁ、妥当なところでしょうね。笑いを禁じ得ないくらいに。
こうして、私はリンゼッタにグレイの捜索を依頼した。




