勇者道に足を突っ込みかけるグレイ兄貴
「ああもうしゃらくせぇ! 今夜はドラゴン鍋で決定! 狩りの極致ってものを帽子男に見せてやる!」
何が悲しくてドラゴンの相手をしなくちゃならねぇんだこん畜生! 地味にめんどくさいんだぞ!
普通は物語に語り継がれるレベルの癖にひょっこり出てきやがって! そんなに俺を英雄にしたいか、俺の運命!
怒りを力に変え、剣先に魔力を集中させ放つ。
「『セイントヴァーチェ』ェ!」
光る斬撃が空気を、木を、ドラゴンを、俺の目の前にある全てを切断する。
真っ二つに裂け、キレイな断面図をさらすドラゴンを確認した後、俺は剣を乱雑に収めた。
「ったく、手間取らせやがって。せっかくかっぱらってきた剣が溶けかけたじゃねぇか。粗悪品だな」
ため息をつき、後ろを振り返る────と
「……俺の顔に何かついてるか?」
きょとんとする俺を、三人が口を半開きにして見ていた。
別に、セイントヴァーチェを見て驚かないと思っていたわけではないが、反応が無いのは少し意外だ。
「おーい、大丈夫か? 息してるか?」
「えっ……あっはい。ありがとう……ござい……ます」
俺の呼びかけに、まずはキリが反応した。
しかし、心ここにあらずといった具合。身についた言葉が無意識に口から出たという感じだ。
「なんなの、今の……」
続いて、サリアが震えた手でドラゴンを指差し言う。
なんなのって言われても……
「そりゃあ俺の技だよ。勇者なら持ち技の一つや二つ持っててもおかしくないだろ」
「いや、お兄様が勇者だとは側近から聞いておりましたが……」
「一撃でドラゴンを真っ二つにするなんて聞いてないわよ……」
「なんだ? 三枚おろしにして欲しかったならそういえばよかったのに」
「「違う、そうじゃない」」
冗談だ、場を和ませるジョークに決まっているだろ。
半ば呆れた目を二人に向ける。
すると
「ハァ……ハァ……殿下……速すぎです……」
「あ、わり」
森の奥から遅れてきた帽子男が息絶え絶えでこちらに向かってくる。
俺が走っている途中ではぐれてしまい、物事の優先順位的にそのまま放置していたのだ。
帽子男は俺のもとに着くなり、膝から崩れ落ちた。
「お前が聖域に入るのを躊躇するから……」
「ホントですよもうっ! その後に姫様の護衛の騎士から問いただされるわ殿下のことで怒られるわ殿下が心配で聖域に忍び込もうとしたら騎士たちに見つかるわ……追手を振り切るのに大変だったんですからねっ!」
「……えっ、お前追われてんの?」
嫌な予感がしたので、帽子男が来た方向の奥に目を凝らす。
……わーわーわー、女騎士が押し寄せてきてるじゃねぇか。全然振り切れていない。
この上ないピンチに、魔族大陸で培った俺の悪知恵脳みそがフル回転する。
「帽子男、囮はもちろんお前だ」
「えっ?」
「いいか、もし女騎士たちが俺の所在を聞いてきたら『殿下はここにはいません……』とそっと悲しく目を伏せるんだ。分かったか」
「そんなことできるわけないじゃないですかッ!?」
大ポカをやらかした帽子男に一方的に命令を伝え、俺はその場から逃げ出した。
それは、俺が仕方なく城に戻り一週間の謹慎処分をくらった夜の出来事だった。
「あーあ、何で下の子を助けただけで謹慎処分なんだよ。軟禁とかイマドキないだろ。あり得ねぇ」
寝そべりながらブドウを口に入れ、種のみを吐き出す作業を繰り返す。地味にくせになるのだ、これが。
あーあ、レヴィの家庭菜園で果物を作ってくれたらなー。アイツ、かたくなに野菜しか作らないんだよ。
そんなことを思いつつ、俺が自室で皿に盛られたブドウをもくもくと食べ続けていると
「お兄様、失礼します」
「……お前、大丈夫なのか?」
鍵を開け、顔を出したのはキリ。
その後ろには親に掴まる子供のようにサリアがくっついている。
二人は恐る恐る部屋に入り、俺の前に立つ。
「何だよいきなり。ブドウはやらないぞ」
「そんなものは求めてないわよ。……もっと言うべきことがあるんじゃない?」
はぁ? 言うべきこと?
俺が選ばれし勇者であることがバレたか?
警戒レベルを上げ、姿勢を起こす。
しかし
「ちょっとサリア、高圧的に問いただしても無駄でしょう? ……申し訳ございません。私達の聞きたいことはお兄様の聖属性についてでして」
「聖属性? そんなことを聞いてどうするんだよ」
二人が聞いてきたのはそんなことよりも初歩の初歩のことだった。
「とぼけないで下さい。あの時、あなたが使った技は確実に聖属性の技だった」
「いや、とぼけてないぞ。確かに俺は聖属性を使える。だが、それを聞いて何になるんだっているんだ」
「その……私たちは聖属性を身に着けるために日々修行している身です。ですので、聖属性を扱えるお兄様に是非ご教授願いたいと……」
「あー、なるほどね。把握」
二人にうなずきつつ、ブドウをちぎって口に放り込む。
おそらく、二人は伝統とやらのために聖属性を会得したいのだろう。
ご先祖様に聖女がいるのなら、自分も聖属性を持っているはず。
しかし自分は聖属性を扱えない。ならば聖属性を扱える者に教えを請い、自分に足りない要素を明確にしたいというわけだ。
ただ闇雲に修行して、聖属性を使えない聖職者の言いなりになるよりも建設的だ。
……つってもなぁ
「聖属性ってそもそもなんだと思う?」
「「……はい?」」
「いやー、俺も疑問なんだよね。攻撃になったり防御になったり、挙句の果てに回復までできる優れものらしいじゃん。俺は攻撃にしか使えないけど」
実を言うと、俺の聖属性は生まれつきだ。英雄譚にありがちな覚醒パートなんて存在しない。
なので聖属性の訓練もしたこともないし、求めたこともない。
むしろ、いらないとさえ思っている。
「別に、お前らにマウントをとりたいわけじゃない。ただ、今回限りは不公平を許してくれ」
「で、でも、何かしらありますよね、ねぇ! もしそうでなければ私たちの努力は無駄だったってことだったんですか?」
「すまん、俺は一番嫌いな言葉が努力なんだ。人に労力を強制させる呪いの言葉だと思っている」
俺の言葉に、二人が落胆の表情を見せる……否、嫉妬だろうか。
どうしてコイツが、そんな妬みのこもった顔だ。
……まぁ、感情を表に出してくれるだけマシだろう。
「だから初めに言っておくぜ。お前たちに聖属性の才能があるかないかは知らないが、聖属性の会得に努力や修行は必要ない。辛い思いをするだけだ」
「「……」」
「あと、聖属性を会得したところで何もいい事無いぞ。チヤホヤされて自分に付加価値がつくだけだ。そんな不確定要素に躍起になるよりも、悪しき伝統をお前たちの代で終わらせることをおススメするぜ」
俺がそう言い終わるや否や、サリアが立ち上がった。
「そんな勝手なこと言わないでッ!」
「サリア……」
キリが妹を咎めようとするも、サリアは止まらない。
威勢よく口火を切る。
「私たちがどれだけ頑張ってきたと思ってるの!? 国民の期待を背負って、お母様やお父様に厳しく言付けられて、自分を律してきたのをやすやすと否定しないでッ! ……魔王大陸でプレッシャーと縁のない生活を送ってきたくせに!!」
「舐めんな」
怒りのあまり、俺はブドウを種ごと噛み砕いた。
ガリっと砕ける音と共に、口の中に苦い風味が広がる。
「ああそうだ。俺にお前の気持ちは分からない。だが国民の期待を背負うとか、親に厳しく言いつけられるとか、自分を律するとか。それはお前が選んだ道だろ」
「そんなわけないじゃない! 私だって────」
「じゃあ気に入らないなら反抗しろよ。俺の知っているヒルダはいつだってそうして来たぞ」
「ッ……」
「教えてやるよ、お前らのやっていることは怠慢だ。自分の出自に甘えてなぁなぁに過ごしている意思表示のサボタージュ。それで何が自分を律しているだよ、バカバカしい」
サリアが口をつぐんだ。口は開くも、肝心の言葉が出ない。
俺とヒルダだって、選ばれし勇者と魔王だ。出自によって行動を制限される存在。
しかし、俺達はそれに反抗している。
眼をそらしているのではない。しっかりと向き合い、それでなお家族でいる。
そのプレッシャーは、キリとサリアには想像できないだろう。
なにしろ、世界の安寧を先延ばしにしていることと同じなのだから。世界最大級のプレッシャーがかかる。
「行動するなら早急に行いな。自分のために反抗するか、周りのために偽りの自分を演じるか。……個人的な意見だが、悔いが残らない方が生き方として素敵だと、俺は思うぜ」
そう言って俺は口の中で転がしていたブドウの種を胃の中に落とした。




