疑惑
もう駄目、耐えられない。
心にぽっかり穴が開いたようで、食欲もうせ始めてきている。
私は魔王で、国民を守る義務があって、強くあらなきゃいけないのに……。
誰もいない魔王の間で、私は一人すすり泣く、皆の前では見せない涙を。
……グレイがいれば、慰めてくれるのに。
「ダメダメ、今グレイに頼ってどうするのよ……えぅっ……」
喋れば喋るほど、私の心をせき止めていたダムにひびが入っていく。
嗚咽が止まらない。
……もうこのまま、一人でじっとしていようかしら、ずっと。
「ヒルダ、入るわよ」
「えっ」
意図しない声が口から漏れ出る。
突然の声に私は目を見開いて扉を見た。
「お母様……、お父様も……」
そこには深刻な顔をしたお父様とお母様が。
別荘にいるはずなのになぜ……。
「アニマちゃんがわざわざウチまで来て事情を説明してくれたのよ。ヒルダが心配だって」
「アニマが……」
いつにもなく、アニマらしくないことをする。どういう風の吹き回しかしら。
グレイの失踪には、あの頑固なアニマを変えるなにかがあったのかもしれない。
「で、来てみればヒルダが泣いていると……」
「あっ、ごめんなさいっ。私、魔王なのに……」
お母様に指摘され、私はすぐに涙をぬぐう。
だけど、お母様とお父様が来てくれたことで安心してしまったせいか、涙が止まらない。
「ごめんなさいっ、すぐに止めま────」
「いいのよ、泣いても。家族を失ってつらくない魔族なんていないわ」
私の体を、懐かしい感触が包む。
あぁ……ああっ……。
お母様の腕の中で、私の心の楔は完全に壊れた。
泣きじゃくる私の頭を、お母様が優しくなでる。
「つらかったでしょうね、あなたは何も悪くない」
「えぅっ……おかあさまぁぁ……」
……家族の前ぐらい、我慢するのはやめよう。
私は涙が枯れるまで、魔王ではなくヒルダとして、涙が枯れるまで泣き続けた。
「帽子、俺は本当にお父様とお母様の子供なのか?」
「……はい?」
最近、気にかかることがある。
この城で過ごし始めて、俺はこの城にどうも馴染めない。
そりゃあ魔族に育てられたからだろうが、その他にも色々と気にかかることがある。
まずは体格。あのお父様のかっぷくのある体格から俺のような健康的な体格が生まれるわけがない。ド偏見だが。
次に身長、下の妹二人が同年代の女の身長に比べて低いのに俺だけ人間の中でも背が高い部類なのはどうなのだろうか。
「し、しかし、何よりも殿下は灰色の髪をお持ちになられているではありませんか。それが何よりの証拠ですよ」
「……前々から気になっていたんだが、灰色の髪で何かいいことがあるのか?」
灰色髪の人間をまったく見たことがないとは言わないが、ほんの数回しか見たことがない。一体何があるというのか。
俺が首をかしげると、帽子男は
「もちろんですよ。灰色髪は聖属性に好かれやすい者にしか現れない性質なんですよ」
「……マジで?」
「ええ、この国の王族は代々、聖属性を持って生まれてきました。過去には聖女やその候補を輩出したこともある名門なんですよ。直近ではそうですね……王妃様のお姉様が聖女候補として聖教国へと向かいました」
「クッソ名門じゃん。じゃああの二人もゆくゆくは……?」
「まぁ、キリ様とサリア様も聖属性に目覚めたら聖女になられるのかもしれませんね」
「お、おう」
まずいな……聖女並みの聖属性を持つ家系なら、俺の選ばれし勇者としての聖属性にも説明がついてしまう。
聖属性が遺伝するのかは知らないが。
できればすぐにでも帰りたいんだけど、家族は大切にするのが俺の信条だから帰ろうにも帰れない。
……本当に、俺は魔族に騙されて生きてきたのだろうか。
そんな疑惑が心の中で大きくなる。
…………いや、ダメだ。それを見極めるためにも、俺はこの家庭のことを多く知らなければならない。
ヒルダ達には悪いが、真実がわからないと俺は帰れないんだ。
「なぁ、帽子」
「はい、何でございましょう」
「そのこの国を襲った魔族、どんな種族だったか、知ってるか?」
「いや……分かりかねますね……」
「……お前、まさか魔族を見てもないのに、魔族が犯人だと決めつけてるんじゃないだろうな?」
帽子男の反応に、俺は疑問に満ちた視線を向ける。
しかし、帽子男は
「ち、違います! 国民の中に人間ではない者が上空を飛び去るのを見たという者が何人もいたのですよ。たしか角が生えてて、爪が長く伸びていて、肌が黒かったそうです」
「本当か?」
「本当でございます。憲兵の聴衆で全員の証言が一致したそうですから」
帽子男が力強く頷く。嘘をついているようには見えない。
帽子頭の言い分を聞いて、俺は頭を回転させた。
角が生えてて、爪が長く伸びていて、肌が黒かった……んー、俺の知っている魔族ではない。そんな特徴のある魔族なんて俺は見たことがない。
しかし、魔族なんて俺が把握している以上に多種多様だ。コユミ然り、突然変異なんていくらでもいる。
過去に、そんな魔族もいたのかもしれない。
「うぬぬ……、圧倒的に情報が足りなさすぎる」
「なんの話ですか?」
「……いや、何でもない。個人的なことだ」
くよくよしてたって何も始まらない。地道に情報を集めなければ。
「帽子、合法的に町におりる方法ってあるか?」
「ええっ!? また町に行かれるおつもりですか!? 陛下にお叱りを受けたばかりなのに!」
「だから合法的におりるって言ってるだろうが。俺だって時間のくうことはやりたくねぇよ」
俺が手を合わせて頼み込むと、帽子男は顎に手を当てる。
「それなら……『狩り』が名目的によろしいでしょうか」
「狩り? なんだ? キマイラとかドラゴンとかを狩るのか?」
「そんな危険な魔物は狩りませんよ!? シカやウサギなどの動物を狩るのです。貴族や王族のたしなみ、スポーツ的な要素です。その道中で必ず町を通らなければなりませんので」
そんなものを狩って楽しいのか? やってることが弱い者いじめだ。
だがまぁ、それが町へ出る唯一の方法なら致し方なし。
「わかった、仕方がないから狩りに行くわ」
「了解しました。城の者には私から通達を出しておきます」
そう言うと、帽子男は手帳を取り出しぺらぺらとめくる。
……。
「もしかして、帽子もついていくのか?」
「え? もしかしてお一人で行くおつもりだったんですか?」
「逆になんでついていく気満々だったんですか?」
人はなるべくついてこない方が動きやすくなるからいいのだが……。
「いいよ、別に。狩りで死ぬようなことは絶対ないから」
「容認できません。殿下のお目付け役として私がいるのです。もし殿下がお一人で狩りへ出ていかれでもしたら、私が陛下からお叱りを受けてしまいます」
「……チッ、分かったよ」
町におりさせてもらえるのだ、軽い条件はのもう。
「狩場って、どの方向だ?」
「えーっと……この国の北に森がございます。その場所ならきっと動物がいるでしょう」
「おう」
「……あと、どうかその奥の森には決して入らぬようにお願いします」
「なんでだ?」
「殿下は魔王大陸にいたのでご存じでないと思いますが、森の奥には聖域があり、その聖域で王族の女性は皆聖属性を目覚めさせる修行するのです。そこがまた男子禁制で……」
「んー成程。了解だ」
資格のある人間しか入っちゃいけないタイプね。レヴィの空中庭園やドローレスクの遺跡がそうだったからおおむね理解できる。
「……ちなみに、そこには聖遺物とかないよな?」
「? 三代目聖女の刻印が刻まれた壁画しかございませんが……」
「よし、アストレイル関連じゃ無ければそれでいい。アイツの使う道具は厄介だ。俺の今後が面倒になる」
そんなこんなで、俺(と帽子男)は狩りへと出発した。




